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魔法生物飼育員は今日もかわいいに忙しい ~大学教授に紹介された最初の担当は、手のひらサイズの小竜でした~  作者: パラレル・ゲーマー


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15/23

第15話 手のひら小竜に初めてハーネスを付けたら、歩き方がおかしくなったらしい

 日曜日の昼過ぎ。

 水野拓海は、自室のベッドに寝転がりながら、昨日撮影したルリの動画を見返していた。

 ケージ清掃のため床へ戻した「お気に入りのコルク」を、ルリがもう一度口に咥え、高所休息棚の屋根まで運んでいく映像だ。最後には、いつもの休息位置のすぐ横へコルクを置き、そのそばで身体を低くして休んでいる。

 ケージの中を見やると、今もまさに似た光景が展開されている。ルリは屋根の上で、いびつなコルク片の横に身体を低くし、目を閉じて休んでいた。


 拓海のスマートフォンが、短い振動で通知を知らせた。

 八咫烏指定の暗号化アプリ。榊原教授からだ。


『水野君。今度の土曜日、空いてる?』

『空いてますけど、何かあります?』

 拓海は仰向けのまま返信した。定期的な確認なら事前に連絡があるはずだし、何か急な報告事項でもあっただろうか。

 少しの間をおいて、榊原からの返信が画面に表示される。


『ルリ、外に出してみようか』


 拓海の指が、画面の上でピタリと停止した。


「…………外?」


 屋根の上で、ルリが目を覚ました。

「きゅ?」

 拓海はベッドから跳ね起きた。

 拓海の頭の中には一瞬、近所の公園で、青空の下、リードに引かれたルリが楽しそうに羽ばたいて散歩する……というファンタジーな光景が浮かんだ。

 しかし、即座にそれを脳内から全力で消去する。


「いやいやいや、無理だろ!」

 ルリは表向き存在しない、国が秘匿管理している魔法生物だ。そこら辺の公園で散歩させていたら、近隣住民から通報されるか、SNSで拡散されて大騒ぎになるのがオチである。


 拓海の混乱を予測していたかのように、榊原から詳細な説明が送られてきた。

『普通の公園じゃないよ。大学が表向き管理している、山裾にある《野生動物行動・環境適応研究センター》だ』


 拓海は授業でその施設の名前を聞いたことがあった。市街地から車で一時間弱。表向きは野生動物の保護やリハビリ、希少種の行動研究、そして大学演習林との連携を行うための施設だ。

『その裏側に、秘匿生物用の屋外環境馴化区画がある。外周も上部も特殊なネットで完全に閉鎖された区画だから、万が一ルリが飛んでも施設外には出られない安全な場所だ』


 なるほど、それなら安全だ。拓海は少し安心した。

 しかし、榊原のメッセージは続く。

『でも、初めての屋外だから、念のためにルリ用のハーネスと安全索も使う』


 拓海は首を傾げた。

『ハーネス?』

『犬の首輪みたいなのを想像しないでね。首には一切荷重を掛けないし、翼の動きも邪魔しない、専用の特注品だ』

『今日持っていくから』


『今日!?』

 拓海は驚いて打ち返した。

『今度の土曜日に初めて見せるより、今日から何日かかけて、家でゆっくり慣らした方がいいでしょ』

 ぐうの音も出ない正論だった。


 ***


 数時間後。

 榊原が拓海のアパートにやってきた。

 教授は小さなアタッシュケースを開け、机の上にそっと中身を取り出した。


「…………ちっさ」

 拓海は、自分の掌の上に乗せられたその物体を見て、思わず呟いた。

 それは、非常に細く、柔らかい軽量繊維でできた帯の集まりだった。一見すると、何に使うのか分からないほど構造が入り組んでいる。


「ルリ専用の、特注超小型ハーネスだ」

 榊原が自慢げに解説を始める。

「素材は水濡れしても硬くなりにくく、毛羽立ちやほつれが出にくい特殊繊維。ルリの鱗を傷つけないように、金属の金具は極力使わず、安全な樹脂製のバックルを採用している」


 構造は複雑に見えるが、理にかなっていた。

 首には一切帯を通さない。前肢の後方、後肢の前方、腹側、そして体側の四点を利用して身体をホールドする設計だ。

 最も重要なのは、背中の皮膜翼の付け根には絶対に帯が干渉しないようになっていること。


「これ、着けたまま本当に飛べるんですか?」

「だから今日は、まずそれを確認するための第一歩だ」

 ルリは、前回の測定で31.8グラムだった非常に小さな個体だ。そのため、装具の重量は絶対に無視できない。

 榊原によれば、このハーネス単体の重量は約0.7グラム前後。前回の体重測定値に対して約2.2パーセントに相当する。


「リード……じゃなくて、安全索はこれより重くなるけど、屋外では水野君が常に余分な長さを手で保持して、ルリ自身に安全索全体の重量を引きずらせないようにするんだ」

「なるほど」

「小さい個体ほど、装備の数グラムの差が体力や飛翔能力に大きく影響するからね」


 拓海は細い安全索(リード)を手に取った。

「これで、散歩させるんですね」

「見た目は散歩用のリードだけど、用途は違う」

 榊原はきっぱりと言い切った。

「進む方向を引っ張って決めるためのものじゃない。あくまで、逸走を防ぐための最後の安全策だ。基本は常に弛ませて使う」

「弛ませる?」

「そう。ピンと張った状態で飛ばせてはいけないし、方向転換させるために無理に引っ張るのも駄目だ。ルリの進行方向を力で変えるのではなく、危険な場所に行きそうになったら、止める必要が出る前に人間側が先回りして環境を管理するんだ」


 拓海は理解した。

「じゃあ、俺がルリの行きたい方向についていくってことですね」

「そういうこと」

「俺が散歩させる側なのに?」

「たぶん、水野君が散歩させられることになるよ」

 榊原は面白そうに笑った。


 ***


 榊原がハーネスを手に取った。

 拓海も手伝おうと手を伸ばしかけたが、榊原はそれを制した。

「今日はまず、置こう」

「着けないんですか?」

「初めて見る未知の物体を、いきなり自分の身体に巻き付けられたら嫌でしょ? ルリも同じだよ」


 第一段階。ハーネスを置くだけ。


 ケージのスライド窓を開け、いつもの観察マットの上に、丸めたハーネスをポンと置いた。

 ルリが固定足場をトテトテと歩いて出てくる。

 安全区画の端に、見たことのない細い帯が落ちている。

 お気に入りのコルク片とは違い、動かない。机の上に置かれたまま、細い帯だけが小さく重なっている。


 ルリが頭部を向けた。

 とて。

 すん。鼻先を近づける。

 そして、右の前脚で。

 ちょい。

 帯の端が、ぺらっ、とわずかに動いた。


 ルリは少し頭を傾け、もう一度。

 ちょい。

 それ以上は特に何もしない。


「コルク片の時ほど、食いつかないですね」

「あの時と比較できる条件じゃないからね。それに、おもちゃとして認識されていないのは良いことだ」

 しばらくすると、ルリはハーネスを完全に無視して、机の別の場所の探索を始めた。

 これで第一段階は終了だ。


「もう終わりですか?」

「最初はこれくらいでいい」


 第二段階。身体に触れる前に、掌で見せる。


 しばらく通常の探索を続けさせ、ルリが拓海の掌に自発的に乗ったタイミング。

「今なら、少しだけ帯を近づけてみようか」

 榊原の指示で、拓海は細い帯をルリの体側から数センチ離れたところにゆっくりと提示した。


 ルリが見る。

 すん、と匂いを嗅ぐ。

 拓海は、帯の先端をルリの肩から背中の鱗へ、ほんの一瞬だけ。

 ふれっ。

 軽く触れさせた。


 ルリがピクッと身体を少し動かした。

 拓海は即座に帯を離す。

「これで?」

「うん。今日は、身体にこの帯が触れるという経験だけでも十分だよ。反応を見て、続けられそうなら次へ進む」


 以前の拓海なら、「せっかく先生が来たんだから、今日中に装着まで行きたい」と焦ったかもしれない。

 しかし今の拓海は、自然に言うことができた。

「じゃあ、明確に離れようとしたり、何度も避けたりするなら、今日はここで終わりでいいですよね」

 榊原が眼鏡の奥でちょっとだけ目を細めて笑った。

「焦らなくなったね、水野君」


 しかし、ルリ側からもう一度接近してきた。

 拓海が床に置いたハーネスに、ルリが戻ってきたのだ。

 前脚で、ちょい。

 そして、帯の上を普通に、ふみっ、と踏んで通過していった。


「……じゃあ、もう一段階いってみようか」


 第三段階。仮装着。


 ここからは極めて慎重に行う。初回は拓海一人でやらず、榊原が補助に回る。

 ルリを無理やり捕まえて仰向けにしたりはしない。

 ルリが拓海の掌の上で安定している状態で、榊原が非常に手際よく、腹側から背中へ向かって細い帯を緩く通す。


 一箇所だけ、樹脂製の極小バックルを。

 カチッ。


 止める。

 数秒待つ。

 ルリが首を動かし、体側へ回った帯の方へ頭部を向けた。大きく身をよじったり、掌から離れようとしたりする動作はない。

 榊原が素早く残りの部分も装着していく。


「よし。一番重要な確認だ」

 榊原が息を詰める。

 翼の付け根。帯が干渉していないか。皮膜を挟んでいないか。


 ルリが、背中の翼を。

 ぱっ。

 と大きく開いた。


 拓海はビクッとしたが、榊原は「そのまま」と静かに言った。

 翼は左右とも大きく展開され、見た範囲では帯が可動を妨げている様子はない。

 帯も翼の付け根や翼膜へ明らかに食い込んではいない。

「よし。少なくとも、今の翼展開では干渉してない」


 初装着、完了。


 ルリが、超軽量ハーネスを装着した状態で、拓海の掌の上に立っている。

 拓海は、その姿をまじまじと見つめた。


「…………」

「どう?」

「……似合う」

「最初の感想がそれ?」

「だって、なんか冒険者みたいで、めちゃくちゃかわいいじゃないですか」


 そして、今回の最大の事件はここから起こった。


 ルリが、拓海の掌から机の上のマットへと降りようとした時のことだ。


 立つ。

 一歩、右前脚を踏み出そうとして。

 すっ……。

 ルリの右前脚が、いつもの歩幅の三倍くらい、妙に高く真上へと持ち上がったのだ。


「え?」

 そのまま、空中をかくようにして、マットへ。

 ぺた。

 次、左前脚。

 すっ……。

 やはり、妙に高い。

 そして後脚も。何故か、一本ずつ大げさに高く持ち上げる。


「…………」

「…………」

 拓海と榊原は無言になった。


 ルリは、いつものトテ、トテ……という軽快な歩き方ではない。

 よい。しょ。よい。しょ。

 もちろん、ルリが心の中で「よいしょ」と言っているとは書かない。記録に残すなら、『装着直後、四肢を通常時より高く挙上する歩容変化を確認』となる。


「……先生。歩き方、おかしくないですか!?」

 拓海はたまらず声を上げた。


 それはもう、見事なまでの『ロボット歩き』だった。


挿絵(By みてみん)


 右前脚を、高く。ぺた。

 左前脚を、高く。ぺた。

 歩くたびに、身体全体がカクン、カクンと少し上下に揺れる。

 翼は背中にきっちりと畳まれているが、短い尻尾は普段より少しだけ上にピンと張っている。


 拓海は、必死に笑いを堪えた。

「い、いや、笑ったら駄目なんだけど……ぶっ」

「きゅ」

 ルリが、高い脚のまま振り返り、意味不明な声を出した。

「ご、ごめん。でもそれはちょっと、面白すぎる……っ」


 榊原が真顔で尋ねた。

「水野君。動画は撮ってる?」

「当然です」

 二人とも、飼育者としてはひどい態度だった。


 しかし、榊原はすぐに研究者の顔へ戻った。

 かわいいだけで済ませてはいけない。

 四肢の可動域に制限は出ていないか。帯による局所的な圧迫はないか。翼の動き、呼吸のリズム、姿勢の歪み、鱗への擦れ、装具のずれ。

 ルリがロボット歩きをしている間、榊原はあらゆる角度から異常がないかをチェックした。


「痛がっているとは決めつけられないね」

 榊原が結論を出す。

「犬や猫でも、初めて服や装具を着けた直後に歩き方が変わる例はある。だから今の時点で、痛みや強い不快感が原因だとは決めつけない」

 だから、『嫌がっている』『苦しい』と感情で断定するのではなく、あくまで『装着直後、四肢を通常時より高く挙上する歩容変化を確認』と記録に残す。


 初回装着は、わずか一分程度で終了とした。すぐに長時間の装着はしない。

 榊原が素早くバックルを外し、ハーネスを取り去る。


 ルリが、マットの上を歩き出した。

 とて。とて。

 いつもの、スムーズで軽快な歩き方だ。


「……戻った」

「装着時だけだね。これも立派な記録価値がある」


 外した後、帯が触れていた部位の鱗を入念に確認する。

 そもそも硬い鱗なので「赤み」などは見えにくい。だから、鱗の浮き、擦れ、欠損、異物の付着、圧迫痕らしき変化がないかを確認する。

 異常なし。


 外されたハーネスは、安全区画の端に置かれた。

 ルリがそれに近づき。

 すん。

 ちょい。

 そして、そのハーネスの上を、ごく普通に『ふみっ』と踏んで歩いていった。


「……着てる時だけ、歩き方おかしいんだな、お前」

 拓海は呆れながらも、ほっと胸を撫で下ろした。


 ***


 この日はこれ以上装着の練習は行わず、時間を空けることになった。

 翌日。月曜日。

 大学から帰宅した拓海は、通常状態のケージ外探索の際に、二回目の提示を行った。


 ルリが接近する。今回は昨日ほど長く匂いを嗅がない。

 拓海一人での装着だ。手順は昨日榊原に教わった通り。昨日よりもスムーズにできた。


 カチッ。

 装着完了。


 ルリが一歩を踏み出す。

 すっ……。

 右前脚が、またしても妙に高く上がる。


「まだそれやるんだ」

 拓海は吹き出した。

 しかし、昨日とは違った。

 最初の数歩だけはロボット歩きだったが、その後は徐々に、少しずつ通常の歩行(トテトテ)へと近づいていったのだ。


 ここで重要なのは、「完全に慣れた!」とは断定しないことだ。

 記録には、『装着後数十秒で、前日より通常時に近い歩容が見られた』と事実だけを書く。


 そして、翼の確認。

 ルリが机の上で、翼を。

 ぱっ。

 小さく、ぱたっ、と羽ばたくような仕草を見せた。

 だが、まだ実際に飛ばせるような誘導はしない。

 榊原からの事前指示だ。『地上移動と翼の可動を先に確認する。実飛翔の確認は、装具に十分馴化してから』。


 ***


 火曜日。三回目。

 ここで初めて、『安全索』をルリに見せる。


 非常に細く、軽量な紐だ。ハーネス本体には慣れ始めたが、自分に紐が繋がるというのはまた別の刺激になる。

 まずは、ハーネスに接続しない状態で、ただ紐を見せるだけ。


 ルリが近づき、すん。

 前脚で、ちょい。

 紐が少し動く。

 ルリが、それを追うように頭を動かした。


「それ、おもちゃじゃないからな」

 拓海は紐を追わせるような動きはしない。安全索を遊び道具として定着させたくないからだ。拓海が動かさずに静置しておくと、しばらくしてルリの興味は薄れた。


 初接続。

 ハーネスの背中部分のリングに、安全索をカチャリと繋ぐ。


 拓海は、絶対に安全索をピンと『張らない』。

 手で余分な長さを持ち上げ、ルリの小さな身体に紐の重さが乗りにくいように調整する。

 ルリが机の上を歩く。

 拓海も、ルリの動きに合わせて自分の手を動かし、ついていく。

 索はずっと、緩やかな弧を描いている。


 ルリが右へ。拓海も右へ手を動かす。

 ルリが左へ。拓海も左へ。


「…………これ」

 拓海は一人で呟いた。

「俺が散歩させられてないか?」

 榊原の予言が、早くも的中しつつあった。


 ルリが急に少しだけ速く歩き出した。

 安全索が、ピンと張りそうになる。

 拓海は慌てて手を前へ出し、張らせないようにする。

 初回から安全索が急に張り、装具を介して身体へ荷重が掛かる経験をさせないためだ。


「引っ張って止める」練習はしない。

 これは、人間側の練習なのだ。拓海自身が、常に余長を確保し、家具に紐を絡ませず、ルリの翼や脚の下に索を通さないように立ち回る。


「ルリの練習っていうより、俺の練習じゃないですか、これ」

 後で榊原にそう報告すると、『そうだよ』と一言だけ返ってきた。


 ***


 水曜日、木曜日。

 一回ごとの装着時間は短く抑え、解除後には毎回、鱗や翼膜、歩行を確認しながら経験を重ねていった。

 記録の蓄積。

『四回目:装着直後の高脚歩行、数歩で終了』

『五回目:明確な高脚歩行は一部のみ』


 そして、最高に可愛い瞬間が訪れた。

 拓海がマットの上に掌を置く。

 ハーネスを着けた状態のルリが、とて、と乗ってくる。

 全長十センチの、小さなハーネス姿のドラゴン。


挿絵(By みてみん)


「…………散歩に行く前の、犬っぽいな」

 一秒後。

「いや、犬じゃないけど」

「きゅ?」

 首を傾げるルリは、反則級にかわいかった。


 ***


 金曜日。

 ここまでの短時間装着では、初日に見られた大きな歩容変化はかなり短くなっていた。

 今日は安全索を繋がず、ハーネスのみを装着した状態での最終確認だ。


 ルリが机の上から、新設した安全着地点Aの方を見上げた。

 身体を低くする。

 翼を、開く。


 拓海は息を止めた。

 ぱたっ。

 短距離飛翔。三十~四十センチ程度。

 安全着地点Aへ、見事な着地。


 着地後に確認した範囲では、ハーネスの明らかなずれはなく、翼膜への接触も外見上確認されなかった。

「飛べた……」


 ただし、一回飛べたからといって「問題なし確定!」として連続で飛ばせるような無理はしない。

 記録。

『ハーネス装着状態で、短距離の自発飛翔を一回確認』

『着地後、明らかな歩行異常なし。装具のずれ、翼膜との接触は外見上確認されず』


 金曜日の夜。

 拓海はスマホのアプリから榊原へ最終報告を送った。

『明日、行けそうです』

『記録見たよ。装着時の歩行も、だいぶ普通になったみたいだね』

『先生。「普通になった」じゃなくて、「装着直後の歩容変化が減少しました」です』

『よろしい』

 榊原から合格が出た。


 明日の条件の再確認だ。

 初めての屋外。完全閉鎖区画のみ。

 最初はキャリー内から外を観察させる。自発的に出るのを待つ。

 ハーネスと安全索を使用。索は基本弛ませる。

 飛翔距離を伸ばす試験はしない。草、土、風、日光などへの反応を観察するだけ。体調変化があれば即終了。食餌による誘導はなし。無理に歩かせない。


『これ、散歩って感じじゃないですね』

『そうだね。初回は、「屋外環境に出たら、ルリが何をするかを見る」だけだよ』


 ***


 夜。

 拓海は明日の準備をテーブルの上に並べていた。

 指定のキャリーケース、認可撮影端末、紙のバインダー、マナ簡易測定器、温湿度計、緊急連絡端末、ハーネス、安全索、予備の固定具、清潔な布。明朝は榊原が研究用車両で迎えに来る予定になっている。


「たった十センチの竜を一匹連れて行くだけなのに、荷物多くないか?」

 拓海は苦笑した。

 ケージの中を見る。高所休息棚の屋根の上。ルリが、お気に入りのコルク片の横で丸くなっている。


「お前、明日、初めて外行くぞ」

「きゅ」

 その声が何を意味するのかも、拓海の言葉をどこまで認識しているのかも分からない。


 拓海は、テーブルの上の極小のハーネスを指でつまんだ。

 数日前、初めてこれを着けた時。

 四本の脚を、一歩ずつ、妙に高く上げて『ロボット歩き』をしていたルリの姿を思い出す。

 拓海は一人で声を出して笑った。


「明日は、外であの歩き方、やめてくれよな」

 ルリは目を閉じたまま、コルク片の横で身体を低くしていた。


 翌朝。

 出発前の最終準備。

 拓海は机の上で、ルリにハーネスを装着した。

 カチッ。


 ルリが立つ。

 一歩。普通だ。

「よし」

 二歩。三歩。ごく自然な歩き方。

「よし。完全に慣れたな」


 ルリが、キャリーケースの入り口の手前まで来た。

 そして。

 何故か、最後の一歩だけ。


 右前脚が、すっ……と妙に高く上に上がった。


「……まだやるんかい!」

 拓海のツッコミが部屋に響き渡った。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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