おっしゃる通り、可愛げがないようですので
「ああ、うん。完璧すぎるのは確かだし、可愛げはないね」
学園の放課後。八冊目の予習ノートを準備室に忘れてしまい、慌てて取りに戻った時。複数人の女生徒に囲まれながら、婚約者様がにこりと笑う。
うっかり聞いてしまったのは、そんなお言葉でした。
*
私、スミュール子爵家が嫡子、シャルロットは、婚約に命をかけておりました。
私の婚約者、フェルナン様は、我が国の中心であるソワソン公爵家の傍系のシャントル伯爵家の三男でした。
なぜ婚約の申し出があったのか、何が目的なのかは、いまだにわかりません。上位の伯爵家と下位の子爵家ではあまりにも釣り合いが取れていません。
それでも、ただ落ちぶれていく我が家の未来は、私の婚約にかかっているのです。
私を産んだ際に母は亡くなり、母を溺愛していた父は後妻を娶らず、政争に敗れ、結局嫡子は私しかいない。親族はみな家を乗っ取ろうとする禿鷹だらけ。
私は必死に勉学に励み、身分以上に厳しい淑女教育を受け、徹底した体型管理と過酷な美容研究の末、学園一の淑女と名高い地位を手に入れました。侯爵令嬢であられるジョセフィーヌ様にも努力を認めていただけました。
それが、完璧すぎる、可愛げがない、なんて些末な理由で捨てられるわけにはいきません。
「……私、もっと努力しますわ」
八冊目の予習ノートを抱きしめながら、馬車の中で一人決意いたしました。
つい先日までは護身術の授業でA評価しか取れなかったのが恥ずかしく、五日もかけて理論から実践、応用まで鍛錬していましたが、成せば成るのです。
帰宅し、効率的に食事を摂り、身を清めながら今日の授業を復習し、明日の予習を終え、私は考えます。
「ねぇ、カロル。完璧すぎるって、どういうことかしら」
「お嬢様そのものです。五徹なんて馬鹿なことはやめて、寝てください」
侍女のカロルもわからないようで、困りました。これは辞書を持ってこなければなりません。
「お嬢様、そこは本棚です。ベッドはあちらです」
完璧すぎる……。まず完璧の定義ってなんだったかしら。
完璧、完璧、完璧、完璧、完璧、完璧、完璧。パルフェ。パルフェパルフェパルフェパルフェパフェ、パフェ。
ふわふわで、冷たくて、甘くて、酸っぱくて、ほろ苦い。
「パフェ! そう、パフェよ」
天啓が降ってきました。天国のお母様が、哀れな娘を助けてくださったのかもしれません。
「パフェをたくさん食べればいいんだわ!!」
「お嬢様、寝てください」
本来、デザートというのは嗜好品であり、体形管理においては敵に等しい存在です。
愚かにも、ただ食べたいという感情だけで、何も考えずに食べてしまう。これは完璧とは程遠いでしょう。
「たくさん食べる君が好き、という詩が」
「寝てください」
これは良いことを思いつきました。早速実践しなければなりません。
「厨房に行くわ」
「今食べてどうするんですか、寝てください」
カロルに力尽くで止められ、ハッとしました。
わたくしは、いったい、何を馬鹿なことを。
「……そうね。今食べても、可愛げを見せられないわ」
今回の目的は、フェルナン様や他生徒に可愛げを見せつけることなのですから。
それに、あまりにも無計画すぎます。もっとよく調べなければ。
「カロル、今晩中に設計図を作っておくから、学園の厨房に食材を届けてちょうだい!」
「……お嬢様、手刀と薬、どちらがよろしいですか」
どうやらカロルは乗り気ではない様子。確かに我が家の財政状況を考えれば、巨大パフェを作るほど余裕はないかもしれません。でも、家族と同じくらい大事な使用人の給金を下げるわけもなく。
「これは先行投資よ。パフェひとつで婚約が続けられるのなら、安いものだわ!」
「手刀でよろしいですね?」
酒糖? お酒に漬けた氷砂糖のことかしら。あれは紅茶に入れるのはおいしいけれど、パフェにはちょっと向かない気が。
でも、カロルに間違いはありませんし、信じましょう。母が亡くなった時に私を育ててくれたのはカロルのお母様、つまり乳兄弟なのですから。
「書庫でパフェについて調べてくるわ」
「…………恐ろしく速い移動。五徹目とは思えません」
廊下を走るなんてはしたないことはしませんが、優雅な早歩きは得意なのでした。
我が家自慢の書庫で分類から製菓の歴史を探し、パフェに関する記述を片っ端から探します。速読ができるようになるまでは随分かかりましたが、やはり正解でした。
パフェは、卵黄に砂糖やホイップを混ぜて、型につめて凍らせたアイスクリーム状の冷菓が、『完璧なデザート』と呼ばれたことに由来するのですから、アイスクリームは基本。
現代ではクリームやクランチ、各種ソースなどを重ねて、綺麗に盛り付けたものが好まれているらしい。
となると、たくさん食べるには大きな器が必要。おそらくありませんから……それっぽい大きな花瓶を綺麗に洗って代用しましょう。
「ええと、今の時期の旬のフルーツと、朝から買い付けにいける市場、それから予算と……」
床の上で紙を広げ、流れや設計図、レシピなどを書いていきます。頑張っていると、脳裏にフェルナン様が浮かびます。
ふわふわなクリーム色のお髪がやわらかそうで、深いグリーンの瞳が落ち着く、優しい婚約者様。なぜかここ数年あまりお会いしていないけれど、目が合えばふわりと微笑んでくださるお方。大型犬のような穏やかさがあって、笑うと目が細くなる。
初めてのお茶会で緊張してから回っていた私を助けてくださったときから、ずっと変わらない。
「フェルナン様、わたくし、可愛げのために頑張りますから!」
長い長い夜の始まりでした。窓から差す日差しで気が付きました。目の前の紙を見るとすべてが終わっていて、隣でカロルが疲れ果てたように寝ていました。これは残業代を出さなければ、と反省しながら、カロルを使用人部屋のベッドまで運びました。日ごろから鍛えているおかげで、腕力には自信がつきました。
全ての準備を済ませ、朝一番に学園のカフェテリアを尋ねると、調理師のフロランタンさんは、困惑した表情をなさっていました。
「他ならぬシャルロット様の頼みですし、本来であれば二言返事でお受けしたいのですが、本当に、よろしいので?」
「もちろんよ。私の危機を救うと考えていただけると」
「死にませんか?」
やっぱり、私のイメージに可愛げはないようでした。隣でカロルが首を振ります。今日は休みでいいと言ったのに、聞いてくれなかったのです。
「……このお方はもう無理です。いっそ安らかに眠らせてあげてください。食べきれないようでしたら私共が責任を持って食べます」
「ああ……はい……。あの、お疲れ様です」
「お手数おかけしますが、よろしくお願いいたします」
どうにか、手筈は整いました。
世界が回っているということは、私の頭も回っていること、つまり今日も完璧なことを確認しながらも、なんだか不思議に思いながら、普段のように授業を受けます。
いよいよ、昼食の時間がやってきました。目の前に置れたのは、目線と同じ高さの巨大パフェ。
周りの方々がざわつきます。「壊れた」だとか「夢でしかない」だとか様々なお声が飛び交います。
腹を括って、長い長いスプーンでクリームを掬い、口に運びました。
「あ、甘い」
「味覚は死んでなかったんですね」
クリームってこんな、やわらかで、なめらかで、ふわふわしていて、雲を食べたらこんな味、みたいな、至福の食べ物だったでしょうか。ベリーソースのかかっているところは甘酸っぱくて、チョコレートソースの場所は、ほろ苦くも奥深い。
シロップ漬けの桃はみずみずしく、たっぷりの甘い汁が染み出てきます。そこにアイスを加えれば、バニラの香りと卵の味が混ざり……。
「お嬢様? 放心状態で手と口だけ動かしてて怖いんですけど。瞬きしてください」
クランチはザクザクで穀物の風味で落ち着いたところで、また次の層。白桃と黄桃の違いは絶妙で、上層から垂れていたアイスクリームがまた別の世界を見せてくれます。下の方に行くにつれて現れたキャラメリゼしたナッツのカリっとぎゅもっとした感覚が楽しく、飽きが来ません。またクリームをほおばって、フルーツを味わって。
「え、嘘。食べきります?」
カツン、と金属がガラスにぶつかった音がしました。
「ごちそうさまでした」
「……た、食べきっちゃいましたよ。この人」
ふぅっと息をついたとき。
──ブツン。
何かが切れた感覚がしました。
テーブルに突っ伏してしまいます。おでこが痛いです。ですが、それどころではありません。
「つか、れました」
全身から力が抜けます。こめかみが軋んでいます。目が痛いです。頭が回りません。あれだけうるさかった脳内が、妙に、静か。
なにか声をかけられたり、肩を揺らされている気もしますが、反応もできません。あれ、可愛げってなんでしたっけ?
「……これはもう、接近禁止の例外だよね?」
ですが、この声だけは、わかります。
どうにか気合で、顔を声の方に向けました。
「おっしゃる通り、可愛げがないようですので、ありえない量のパフェをたくさん食べて、みて……」
「ん? ……ああ、あれ聞いてたんだ。失敗しちゃったなぁ」
動けずに突っ伏した私を、フェルナン様は流れるように抱き起こしてくれます。ふわふわな髪が頬をくすぐりました。
ああ、フェルナン様はこんなにも愛おしい存在なのに。私は。
「か、わいげ、ありますか?」
「かわいげなんていらないよ。シャルロットは何しててもずっと可愛いから」
「んぅ?」
よくわかりません。もっとフェルナン様とお話ししたいのに。
「ううん。寝ていいよ。僕が運ぶから」
フェルナン様の体が暖かくて、パフェで冷えた体に染み込みような安心感で、いい匂いで、とにかく眠いのです。
「噂に踊らされて下級貴族でも相手にしてもらえると勘違いし、シャルロットを馬鹿にして寄ってくるような蛆虫の喚く可愛げなんて、いらない」
そこで意識が途切れました。
次に起きた時、私は部屋のベッドの上にいました。
この光景を見たのは、何日ぶりでしょうか。
「何がきっかけかなんて、わからないものだなぁ」
「全くです。病的な完璧強迫心が、パフェで終わるとは」
隣では、カロルとお父様がお話ししていました。
ねぇ、カロル。あなた、色々と失礼すぎないかしら。……でも。
「あ、起きましたか」
「ええ。カロル、ありがとう」
正常な思考に戻った今ならわかります。私は色々な人に心配されていました。
お父様が成長した私とお母様を重ねて傷心中だったのは過去の事ですし、その事に気づいた私が暴走したせいで、逆に冷静です。政争に敗れていたのは私のせいでなく、ただの時勢です。こんな状態の娘がいるところに誰も嫁ぎませんし、親族も乗っ取りを狙うはずです。
それに、フェルナン様はちゃんと私を愛してくださっていました。
「よく寝たわ」
強い責任感で、何も見えなくなっていたことに、ようやく気づいたのでした。
*
しばらく休んでから、学園に戻りました。
学園のカフェテリアにはあのパフェの少々小さいバージョンの新メニューが追加され、好評なようでした。
そして、何をするにもフェルナン様が隣にいらっしゃるようになりました。
どうやら私が曲解してより努力しようとするせいで、お医者様やお父様から接近禁止令が出されていたようでした。
何はともあれ、暴走が限度を超えた結果、どうにか丸く収まったようでした。
私も新メニューのパフェを食べます。
……しかしながら。
「あの、フェルナン様。この間の皆様は? 最近、学園内でお見かけしないのですが」
「さぁ? 友人でもないし、わからないなぁ。それより、はい」
大好きなフルーツをフェルナン様が分けてくださいました。口の前に差し出されたから食べただけなのに、周りの方々が黄色い歓声をあげていらっしゃいます。確かにフェルナン様はかっこいいですけれど、私の婚約者ですよ?
「シャルロットが可愛いからだよ」
────その後、誰かさんの手によって彼女たちの婚活が上手くいかなかったのは、言うまでもない。
……い、息抜きで書いたら、とち狂った話になりました。パフェ食べたいです。読んで下さりありがとうございました。
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追記 新作短編投稿しました。下のリンクから飛べます。




