8.明日も運び手達の物語は続く
「あ、多田君…今日の飲み会行く…?」
今日は同期の飲み会の日。場所は津田沼だ。私の住んでいる社員寮の近くなので個人的に良い立地なのだが、成田からは少し距離があり…いや、近いんだけどね。近いんだけど。仕事終わるかなぁ!間に合うかなぁ!
「行かない。入札対応あるから」
多田君に冷たく言い放たれた。
「あっ…そうなんだ。忙しいんだね。入札大変だね」
「夢野は行くの」
「うん。仕事終わり次第…」
「同期によろしく」
珍しく、多田君は少し刺々しい。いつもドライな人だけど、昼休みに話しかけたら結構明るく話してくれたのは、気のせいだったのかもしれない。それとも機嫌悪いとこに話しかけちゃったかな。
「夢野」
「はい」
「悪い、飲み会出るなら忙しいよな。何でもない」
「え…」
多田君が少し困っている気がする。何で?入札対応上手くいってないのかな。でも、それを私に話すかな。話されても私何も役に立てないけども。変な気がして、気になってしまった。
「大丈夫だよ、少しくらいなら。今日は急ぎの仕事ないから」
うん、大丈夫。このあたりの仕事は明日でも間に合うから…明日早く来れば…。
多田君がふ、と息を吐いた。
「客とどんな話してる?」
「え?」
「夢野の電話聞くと、客と親し気だから」
「あ~うん。よくお客さんのところ訪問してるから仲良いのかも」
「確かに、よく外出してるよな。それで残業しまくっているわけか」
「う…」
「客からよく来いって言われてるよな」
また怒られるのかな…外出ばっかりしているから、通常業務が押して残業するんだって。間違いじゃないから何も言い返せない。でも、言い方からは責められている気がしなくて、この前とは少し感じが違う気がした。
「あはは、断れなくて…頼まれたら行っちゃうんだよね」
「俺は来てくれって言われた事ない」
「…そうなの?」
「会っても、ほとんど仕事の話しかしないし」
多田君の表情は変わらないけど、声のトーンが少し低い気がした。弱い部分に触れてしまったと思い、申し訳ない気持ちになった。
「仕事の話で良いんじゃないかなぁ?だって仕事だもん。私は無駄話ばっかりで、早く切り上げたいなぁって思ってるよ」
ついに多田君が黙ってしまう。失敗した気がして焦る。
「で、でも、気になるなら教育係の太田係長に相談してみたら?営業のベテランだから、どういう雑談すればいいか私より知ってるよ」
そう言うと、多田君は眉根を寄せた。
「そうだな。じゃぁ、俺は先に帰るよ」
「えっ…あ、お疲れ…」
スタスタと歩き去る背中を見送る。入札やるはずだったのに帰ったってことは、嫌われた?せっかく同じ課に同期がいるのに、嫌われるのは辛すぎる。
「あぁ~これだから私は~」
明日謝った方が良いかな…でも、何を謝ったらいいかすら分からない。せめて飲み会には遅れないよう、急ピッチで仕事を進めることにした。
*
今日の同期の飲み会に来るのは、主に成田組と呼ばれる人達だ。
スワローエクスプレスは一部海外と日本全国に支店があり、同期の多くは各支店の営業課に配属されているのだけれど、一部の人は現場、つまりCFS課、通関課、予約課の配属の人がいる。
成田支店は営業課と総務課以外は現場の部署のみで構成されている支店だ。同期で総務課配属はいなかったので、私はこの成田組で唯一の現場以外の人間だった。
「ご、ごめん、遅くなって…」
駅から走ってきたので、私は息切れしていた。
今回集まったのはCFS課から三人、通関課から二人、予約課から二人、私を含めて計八人。現場の人達は案外残業が少ない。朝が早かったり夜勤があったりするが、シフト制なので相当現場が忙しくなければ定時上がりなのだ。
とりあえずビールを頼み、通関課の友達の万捺の隣に座った。
「夢野ちゃん、営業課、忙しい?」
「いや、そんなでもないんだけど…あはは」
「営業は客に振り回されて大変ってイメージだよな」
CFSの瀬高長廣がフライドポテトをがばっと掴み口に入れる。
「俺だったらイライラしてしまいそうデス」
予約課でグローバル採用研修員のハイデン・エリックが呟いた。
「エリックは最近イライラしすぎだ!」
「仕方ないでショ。どっかの営業さんが重量間違えたり、入力ミスが多いカラ」
肩をすくめるように言うエリック。
「ごめんねぇ…私のせいで」
「そうですヨ!あなたのせいでまーたフライト決めるのやり直しデス!一桁間違うとか、勘弁してヨ」
この前、十五キロの貨物を百五十キロと入力したのを思い出した。
「ま、まぁまぁ」
万捺が取りなすように言うが、苦笑いだ。通関でも私は通関の申告日を一日間違えたことがあった。その時は捺でさえ「勘弁して」という気持ちを電話口で隠しきれていなかった。
通関を許可して欲しい日=申告日なのだが、普通は前日に書類をそろえて通関課へデータ送信するのに、申告日の当日…しかも十四時頃に私は書類を送ったのである。
通関課としては「ふーやれやれ、今日の分はほぼ片付いたな」と思っているタイミングに追加できたものだから、急ぎの依頼かと慌てた捺が電話をかけてきた。
実際は申告日は翌日の間違いだった。
「そうだぜ。夢野は間違いすぎ!俺達現場の事も考えろよ」
CFS、通関、予約の全員に詰められる。こうなるのは目に見えていたが、むしろ私は謝りたくて出席したくらいだったので、とにかく謝り倒した。本当にごめんなさい。
「で、多田は忙しいの?」
瀬高君が私に聞く。そうすると、もう一人の通関課の女子が話に入ってきた。
「多田君来ないの?!」
「あ、うん。入札対応で忙しいって…」
「なんだそれ」
瀬高君は興味なさそうに言った。
「入札って、なんか格好いいね!」
「うん、多田君は仕事出来てすごいよ」
「仕事できてイケメンで頭いいって、最強だよね~。出世しそう~」
CFSの女子社員もそう言う。
「多田、この前電話したけどちょっと苛ついたわ」
予約課のエリックではないもう一人の男子が言った。
「まぁ、あいつ性格キツイっていうか、言い方酷いよなぁ」
「こっちの都合全然考えないしね」
「『こっちも客から依頼されてるんで、何とかして下さい』だっけ?あれは腹立ったわ」
会話の雲行きが怪しくなってきた。こういう時は、どちらの立場を取っても不利なので愛想笑いをするしかない。
「夢野ちゃん、春野さんって、どんな人?」
私は捺のこういうところが好きだ。
「えっ、あぁ、優しい私の教育係だよ」
「そうなんだ。穏やかで、いい人だよね。同じ課でも、そんな感じなんだ。この前、見慣れない品名があって、説明が書いてあったんだけど、よく分からなくて。電話で、質問したの。そうしたら、詳しく説明してくれて。勉強になったんだ」
「そうなの!春野さんは本当に優しいし、仕事の事よく知っているし賢くてね~」
「あぁ~春野さんね。感じいい人だよな。どんな見た目なの?」
現場の人達は電話かメールかチャットでしか営業課の人間と話さない。皆興味津々だ。
「えっと…私より年上で…いつもお花の香りを漂わせてる感じで…朝は必ず素敵なカップで紅茶飲んでてね…」
「うわーイメージ通りだ」
「話し方からそんな感じだと思ったよね」
電話口からでも皆から優雅なイメージなのかぁ…すごいなぁ、春野さん。
「大田係長は?俺この前先輩から聞いたんだけど、フルネームが大田太志って名前で「小さくて細い大田太志です!」って自己紹介するって聞いたんだけど」
「うん、そうなの。面白いよね」
「黒田さんってどんな人?」
「えっ…黒田さん…黒田さんは…」
「黒田さん感じいいよね」
「えっ」
「うん。なんか現場の事分かってるって感じ。早く搬出作業依頼してくれるし」
「指示が的確デス」
予想外にも、現場の方達に好評な黒田さんだった。
「あの、私も聞いても良い?この前CFSの山岡さんって人と電話したんだけど…」
「あぁ、あのパソコン?夢野がテンパってたって、山岡さん笑ってたわ。どうなったの、あれ?え?落ちた?」
基本的にお互い顔の見えない人達だ。でも、毎日のように話す人達であり、一緒に貨物を送る人達。
一つの貨物にたくさんの人の手が加わって、今日も飛行機に載り、私達の知らない外国へ飛んで行き、またその先の知らない人の手で、貨物は運ばれる。
誰かの元に、大切な貨物が届きますように。
多分、みんなそう思っている。
いってらっしゃい。良い旅を!
了
これは文学賞に応募したもので、1話のみの提出でした。
2話以降の話も考えることが応募要件にあったので構想はありますが、お仕事ものは難しく。書けるのか、書けたとしてどのくらい時間が必要かと思うと気が遠くなりそうです。
ただ、たくさん調べて書きましてとても勉強になりました。




