04:あの御方のためという免罪符とYの檻
男系男子派を名乗る人達がテレビで高らかに男絶対な伝統を語る姿に、言いようのない苛立ちを覚えていた。
(どいつもこいつも、女性の生き方を否定するマタハラ思考なうえブリーダーみたいな思考の持ち主だな。
男系男子派であることと今上陛下ご一家を敬愛すること、この国の精神レベルを保つこと、は、やっぱり両立しないんじゃ…)
男系男子派の存在そのものが、今上帝主ご一家への侮辱であると直感的に感じていた。
彼らの主張はおかしいのだと、漠然と理解している。
しかし、彼らは権力と歴史的知識と知名度を兼ね備え、それに群がる多くの信者を従えている。
まずは男系男子派の思考パターンを分析し、彼らがどのような論理で攻撃してくるかを予測できるようにしなくてはならない。
彼らの手札を知らなければ、反撃は出来ないのだ。
《宿リ子さまが帝主になったら、ご本人が可哀想だ。重圧に耐えられないだろう》
《そう。可哀想。煌族として似多門赤十字社で働かれているのに、帝主になったら職を離れ、自由もキャリアも奪われる》
《宿リ子様は優秀なんだからどこでも活躍できるから、大昔から血が繋がっててそれが続いていけばそれでいいってだけの存在にするのは気の毒》
(可哀想…??宿リ子様が、ご自身で帝主になりたいとお考えになってたとしたら?)
それらの書き込みに怒りを感じていると。
(怒っているのかね)
「声様はどう思いますか?」
声の主が労る様に、
(…ふむ。これらの声は優しさに見える仮面をつけているようだ。君は本人が可哀想だ、と言う前に本人が何を望んでいるのか、を知ってから発言するべきだろう、と…考えているんだね)
「そうですよ!時ノ御祢殿下が本当に何を望まれるのかには無関心で印象操作に使ってるって感じます。帝主という立場が、そんなにも可哀想なものだというなら、なぜ男系男子には継がせようとするのか。男子であれば誰でも可哀想な立場に耐えられるのかって話です!」
《煌位継承者は別に頭が良いとか品格があるとかどうでもいい》
《男の煌族なら旧御祢家でも誰でもいい》
《別に俺たちには関係ないじゃん》
《帝主は俺たちが決めるもんじゃないんでしょ?》
(これは…私でも分かる…。男系男子派にとっては体が男であることが最重要の象徴条件だから、男なら誰でも我が国の象徴になれる。煌族の血が一滴でも入っていれば十分、という考え方だ。
そして無関心層は無関心過ぎて、象徴の意味を理解出来ていない…。
煌族だけでなく政治家にすら、国民との信頼関係を築く上で、知性、品格、公的な対応力、自国他国の歴史・文化を理解する力、は極めて重要とされている…。
そうした資質を軽んじる人が大多数なら…と言うか、それで今の我が国の惨状があるのでは…。
だって、外国人からこの国を守った先人達を裏切って外国人入れまくって利用したり、反似多聞国人と組んだとされる議員どもや、それに便乗する国民のせいじゃ…?って、この調子じゃそれもまず理解出来ないか…。
あぁ、やだな…この国がどんどん衰えて、内からも外からも侵食されていくのも当然だ、とさえ思ってしまう…。こういう所で…この国を悪化させる全てが繋がっている…)
彼らの言葉は、議論を拒否する最後の壁だった。
それは、論理でも感情でもない。
ただの無関心。
少し顔をしかめた。
彼らが言う無関心は、彼らにとっての免罪符。
面倒なことに首を突っ込みたくない。
責任を負いたくない。
その保身の心がどうでもいいというたった一言に凝縮されている。
「この国の歴史なんて関係ないから口出さないって…。 けれど、帝主という存在とその歴史は、似多門人の精神的アイデンティティに深く根ざしているのは、私でも知っています。
反似多門国がこの国の歴史を悪く捏造することには皆怒り狂うのに…。
この国の象徴の事は、この国の土台の一つで…この国の根幹に関わる問題なのに…どうして見て見ぬふりができるんですか。
ただ思考を放棄して、他人任せにしてるだけじゃないですか。 それって、無関心じゃなくて、無責任です。思考停止です。 流されて、支配される側に甘んじる覚悟があるってことなんですかね!」
私の声には、怒りとも呆れともつかない感情が混じっていた。
(そうだね。決めない、ことで…代わりに誰かが勝手に決めていくのは確かだよ。決めない自由には、考えないまま支配される可能性もついてくる)
「その通りです声様!その無関心の結果をあとから批判する資格、ありますか?私は無いと思います!」
自分には関係ない、と切り捨てるその態度にどうしようもない苛立ちを募らせる。
今の帝后陛下、当時帝妃殿下が理不尽に猛攻撃された時に私は何もしなかった。
だからこそ無関心の壁に阻まれても諦めるわけにはいかないし、男系男子派やそれ以外の他人任せにする人々との果てしない戦いになるのは分かり切ったこと。
しかし、ごく僅かだが、良識ある男系男子派も存在した。
《男系男子派だけど、男系の時ノ御祢殿下に帝主の資格が無いのはおかしいと思ってるよ
《自分は男系男子派だけどこの国は民主主義だからねぇ…女性女系を皆が望むならそっち優先が普通だよ》
それは、この問題が単純な善悪二元論ではないことを教えてくれた。
(このままではダメ…)
一人の限界を感じていた。
あらゆる意味で素人である自分が、彼らの強固な壁を崩すことは難しい。
そんな中、ある動画コメント欄で一人の投稿者の言葉に目が釘付けになった。
《時ノ御祢帝主派の皆さん、男系男子派と戦う事を放棄してはいけません。
口先では今上帝主御一家に敬意を持っているなどと言いながら、御一家が貶められているのを平気で無視したり害を及ぼしている彼らがのさばると、御一家が今以上の危険に晒される可能性が高くなるのです、私たちが声を上げ続けなければならないのです!》
その言葉は心を強く揺さぶった。
迷わずその投稿者にメッセージを送った。
《(この人は自分と同じ思いを…ううん、ずっと先を見据えてる…)初めまして。私も同じ思いです。ですが、一人では限界を感じています。どうすればいいのでしょうか》
数分後、返信が届いた。
《はじめまして!お返事ありがとうございます。実は、私と同じように考えている方が他にもいらっしゃるのではないかと思っていたんです。すごく嬉しいです!》
送り主は、昼田と名乗った。
返信は想像以上に喜びが溢れていた。
昼田氏も仲間をずっと探していたのだ。
そこから、二人の共同作業が始まった。
昼田氏は男系男子派が主張の根拠として利用する、煌室に関係した女性蔑視的な動画や科学的なニュースの動画URLを次々と教えてくれた。
その中には男系男子派の生物的科学的な矛盾を突く鋭い視点のものも多く含まれていて、そんな動画のコメント欄ではたいてい昼田氏が男系男子派のコメントへ生物や科学に基づいているであろうコメントをしており、対して男系男子派はまともに反論出来ていなかった。
昼田氏から提供される情報に触れるたび、彼らの主張がいかに薄っぺらいものかを再認識していった。
しかし、昼田氏との対話が進むにつれて微妙な立場の違いを感じ始めた。
氏は男系男子派を批判する一方で、今上帝主の弟御祢である某系御祢家に特に強い不信感を抱いており、体調を理由に引退した上帝主夫妻にも不信感を抱いているようだった。
具体的には以下の様なもの。
《たとえば、某系御祢家改築費についてです。なぜか本家の数倍。数十億。一説にはもう百億近くとか。何を建ててるんでしょうね。伝統ではない上帝夫妻の火葬もですが墓に数百億以上とか、なんなんでしょうね…》
《震災のあと、某系御祢家の中に被災者に寄り添うって言いながら数千万の装飾品を新調した方もいました。寄り添うって、そういう意味でしたっけ。某系御祢家の他の方も、一度の旅行に数千万かけてるのに、服だけお下がりってアピールしてる。節約の演出が豪華すぎて、逆に予算感覚が心配になります。占拠してるとされる国有財産も気になりますし…》
反男系男子派の自分と同じではなく、反某系御祢家派であったのだ。
立場は同じようで少し違っていた。
とは言え、昼田氏という強力な協力者を得て安心出来たのも事実だ。
《私は歴史に詳しくは無いですが、問題も多いけど長い歴史があって比較的安全なこの国が大好きですよ。完璧な国なんて無いと思うけど完璧な国に近づける努力はしないと。だからこそ、こうした膿を見過ごすことができないんです》
その言葉は胸に、深く響いた。
昼田氏が抱える不信感と疑惑は、男系男子派に抱いていた嫌悪感とはまた違った種類の重いものだった。
(でも、このままではいけない…)
自分の知識がまだまだ足りないことを痛感した。
この国の歴史を誰よりも深く誰よりも正確に理解し、男系男子派に二度と反論の機会を与えないほどの強靭な論理を構築しなくては。
もっと深い知識が必要だ。
「レベルを上げなければ」
呟きながら何気なく、Y染色体に関する男系男子派等の言動をまとめたメモを見つめる。
《煌位継承は男系男子でなければならない。なぜなら、Y染色体は父から息子へと受け継がれる唯一の遺伝的要素であり、女系になるとこのY染色体が途絶えてしまう。これは生物学的な事実だ》
《女系継承を認める主張は感情論に過ぎない。科学的事実に基づいていない。時ノ御祢殿下の御子にY染色体が受け継がれることは不可能であり、それでは煌統の継続とは言えない》
《煌統は Y 染色体によって護られてきたんだ!》
《男系男子派は某系御祢家の出自の疑惑などに対して、
Y染色体の継承=皇統の正統性というのは、あくまで比喩的な説明であり、遺伝学的に正統性を保証するものでは無い!
なーんて言ってるけどさ、遺伝学者や脳科学者の中には、
Y染色体を持ち出すなら、生殖医療や遺伝子操作も認めるのか?
と逆に批判する声もあるのにねー。科学的事実(Y染色体は父から息子に伝わる)と、政治的主張(だから男系が正しい)を混同しているのが男系男子派の特徴だよねー》
昼田氏に何気なく、男系男子派が掲げまくっているY染色体について聞いてみた。
やはりと言うか、氏の専門は生物学で、特に遺伝子分野に詳しいそうで説明してくれた。
《Y染色体って変異しやすくて壊れやすいの知ってます?
加齢や喫煙によって男性の血液細胞からY染色体が失われる現象(LOY(loss of Y))すらあります。遺伝的に同じ男系なんて幻想ですよ》
《そう言えば…そういう科学的?生物学的?な話、あの人たち絶対しませんよね》
《都合が悪いからね。でも恐れずに言い返せばいい。私はそうしているから》
小さく頷きながらも、
《言い返そうにも、どう言い返せばいいのでしょうか…》
《確かにY染色体は男性だけが持つ染色体で、子の性別を決めるだけでなく精子の形成にも関わっていますし、父親から息子へほぼ形を変えずに受け継がれるのは事実ですけども。
男系男子派はY染色体という遺伝情報全体から見れば、ほんの2%にも満たない小さな遺伝子にアッフォの如く固執しています。
男系の血筋の証拠などと主張し、女性にはY染色体がないから女系継承になるとこの血筋が途切れてしまう、などと愚かしく考えています。
あの人達の頭は科学という広大な海ではなく、乾きかけの小さな水たまりですよ》
吹き出しそうになる。
《そうなんですね…。(あの人達、血統の神秘性とか純粋性とかよく言ってるよなぁ…)》
《私たちの血筋はY染色体だけでは無いです。
母方から受け継がれるX染色体やミトコンドリアDNAなど、両親から受け継がれる多くの要素で構成されています。Y染色体だけを根拠とするのは、あまりにも不十分なんです》
《なるほど。ありがとうございます。(声様、昼田氏の声はどう…?)》
(うむ。たった一つの遺伝子に永遠の価値を見出すなどとは科学とは相容れない考え方だ…と、強い信念を持っているね。科学は生命を常に変化し続けるものとして捉えている、と考えている)
《もっと言えば煌室も似多門人の一部なんだから、その血筋も当然、この国の先住民である錠紋人系(D1bなど)と、その後大陸から渡来した夜宵人系(O系統など)の混ざったものだと考えるのが自然です。
純粋な錠紋人や純粋な夜宵人と言うのはまず存在しません》
《あ…すみません、D1bやO系統って何でしょうか?》
《こちらこそすみません、似多門人男性の Y染色体ハプログループ(父系遺伝子系統) は、錠紋系(D1b)と夜宵系(O系統など)に分けられると言われます》
《説明Thanks》
《いえいえ。
これは遺伝子学者の間で混血説(二重構造モデル、三重構造モデル)と呼ばれていて、現代の似多門人は、主に錠紋人と夜宵時代以降に
弔浅半島経由で渡来した人々(大陸系東1ジア人の事で、俗に言う渡来人=龍国大陸や弔浅半島から渡ってきた人達とその子孫)
との混血によって形成された、と見られています。
あと、私は錠紋人の生活については詳しく無いですが、錠紋時代の社会では母親の血筋…つまり母系が重視されていたとされていて、父系だけにこだわる今の男系男子派の考え方とは違っていたらしいです》
《(やっぱ遺伝子学方面の人達は、DNAのデータとかルーツに強いなぁ…)そうなんですね!とりあえず歴史や政治の話と、遺伝子の事実はちゃんと分けて考えなきゃいけないって事ですね。
お陰様で、男系男子派がよく言う純血な血筋が幻想だったんだと分かりました》
《ええ。何度も言いますが、私たちの遺伝子は一つの系統だけでできているわけじゃありません。
なのに男系男子派の中には、誰も調べていないはずの煌室のY染色体は錠紋系(D1b)だって断言する人がいる。
まるで煌室が似多門固有の純血だと信じたがってるように見えます。
でもこれだって、似多門の一般国民の中にごく普通に存在していて、かなりの似多門人男性が錠紋系(D1b)を持っています。
しかし母系の遺伝子(ミトコンドリアDNA(mtDNA))は、男女問わず母親から受け継がれるものです。
女系帝主を支持する人達の中にはこの母系の継承を象徴的に大切にしている方も沢山いるようですが、そっちの方がよほど自然だと思いますよ》
昼田氏の言葉を読み返しながら、
《勉強になります!(声様、昼田氏が男系男子派に不快感持ってるのは信じて良さそうですね。それに煌位継承は遺伝子だけでは無いのがはっきりしました。祭祀や文化といった要素によっても成り立っているって分かりました)》
(うむ。この人物は男系継承が科学や客観的事実に基づいたものではなく、特定の思想に基づいた願望に過ぎないと考えている…。彼らの主張は、まるで過去の遺物だ、ともね。その遺物に固執する人々がいる限り、その問題は終わらないのだろうとも考えているようだよ)
昼田氏の話はそこから見えない血の痕跡を可視化する装置について、に続いて行く。
それはY染色体の変異を追跡する技術で、人類のルーツを辿るために使われているという。
氏はその技術が骨髄移植の定着状況を確認するなど、医療の現場で役立っていることを説明した。
まるで異世界の話を聞いているかのようだった。
昼田氏の話は、自分がこれまで持っていた血筋という概念を根底から揺さぶった。
[※ギネスの「世界最古の世襲君主制」は世襲(※男女問わず子孫継承)が素晴らしいと評価している。(※男系だからでは無い)※]
・ギネスの表記は大和王朝(Yamato Dynasty=皇室) を
Oldest continuing hereditary monarchy(現存する最古の世襲君主制)
Oldest ruling house(最古の統治王家)
として記録している。longest-surviving hereditary monarchy(最古の世襲君主制)の場合もある。
男系男子派が
patrilineal succession(父系継承)
male succession(男子継承)
father-to-son succession(父から子への継承)
longest surviving male-line dynasty(最古の直系男子による王朝)
などと持ち出す場合があるようだが、それ自体が印象操作の可能性がある。(そもそもこれら四つは記録説明の一部?解説?注釈?)
正確には神武天皇を初代とする伝承(※科学的根拠は無い)から血統の連続の中に(推古天皇、持統天皇、元明天皇、元正天皇など)歴代8名女性天皇も存在(双系継承)している事も含まれる。
よってギネスの正式タイトルは
Oldest continuing hereditary monarchy(現存する最古の世襲君主制)
Oldest ruling house(最古の統治王家)
であり、男系限定の評価ではない。
・王朝の定義は制度によって変わる。法改正により「皇統」として継続させることは可能。その場合は仮に旧宮家の誰かもしくは絢子女王の御子や小室夫妻の子が天皇として即位してもギネス記録としては継続する可能性が高い。が、公式な判断はギネス側の裁量によるようだ。
※皇室が男性が続いて素晴らしい、などと表明している国が存在するなら教えて欲しい。※
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[※余談※]
・天皇は国民統合の象徴(憲法第1条)として位置づけられており信仰による権威とは別物である。
宗教指導者の資格が性別や血統などの条件で厳しく制限されているのは、その権威の神聖性を維持するため。
ローマ教皇は歴代すべて男性であり、カトリック教会の教義上、女性が教皇になることは認められていない。
チベット仏教のダライ・ラマも歴代すべて男性の転生者として認められてきた。
イスラム教の宗教指導者やユダヤ教のコーヘン(祭司)も父系血統や男性であることが伝統的に厳格に求められている。
一方で、天皇は「日本国憲法」と「皇室典範」に基づく世襲の象徴君主であり、宗教的な指導者では無い。
「ローマ法王=選挙」、「ダライ・ラマ=転生」、「天皇=世襲」である。
継承の原理も選出の方法も違いすぎて比較にならず、しかも宗教的信仰に根ざしているため、天皇と同列に論じることは誤り。
よって男系男子派がこれらを持ち出す意図は、男性継承の強調と天皇と言う存在の神秘性(長い伝統、特別な血筋、神格性)と重ね、宗教的信仰のような絶対性を持つと印象操作を行う為だと思われる。
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