宇治
宇治駅を降り橋に向かう。
「橋はもうすぐというか目の前にありますよ」
「どこ?」
「ほら、そこです」
「あれ?」
「あれです、もう少しとは言いましたがすぐそばでしたね」
「だね」
「多分そこら辺で横に曲がると……?」
「…なにか困った?」
「おかしいな、旅館がここにあるはずなのに」
道に迷ってしまったのか橋の向こうには何も見えず、一つあかりがあるだけだった。すると彼女が歩き出した。
「どうしました?」
「あれ、多分屋台でしょ?」
「……わからないです」
「歩いて行けるよ」
「えー……わかりました、行きましょう」
「お腹空いたね」
とは言え、お腹はとても空いている。旅費は余るほど持ってきている。少しのつまみ食いも可能であろう。
少し歩くとやはり屋台があった。中を覗くと焼き鳥の店だった。だが、大御所のお店ではなく、個人でやっている店だと思う。
「おじさん、ネギま三本貰える?」
「嬢ちゃんお金もってんのかい?」
「あぁ、私が払います」
「坊主はなんか食うかい?」
「じゃあ、砂肝で」
「はいよ」
「砂肝でいいの?」
「好きなんです、砂肝」
「へぇ」
旅館が分からなくなってしまったため、屋台で話そうと思った。
「どこから来たのですか?」
「私?私は東京」
「へぇ東京ですか」
「君は?」
「私は北海道から来ました」
「北海道!?遠いとこからわざわざ…」
「いえ、元々北海道に用があったので…出身は長野です」
「へぇ、なんで北海道に」
「妹が北海道に引っ越して、それの手伝い込の観光でした」
「大変だったね」
「妹と言っても、義理の妹ですがね」
「へぇ、美人さん?」
「貴方ほどじゃないですけど」
「お待ち、ネギまと砂肝ね」
そんな話をしていたところで注文していた焼き鳥が出てきた。湯気の中から出てきた白米は白い粒が何個も立っている。味噌汁はサービス品だそうだ。
「おぉ」
「美味しそう」
「「いただきます」」
出された砂肝はどこで食べる砂肝よりとても美味しかった。屋台という雰囲気だけでご飯が進んでしまう。
彼女はもう二杯頼んだ。鼻の中を刺激する焼き鳥の匂い、大将の厚い手からは焼き鳥の美味しさが伝わってくる。
「一本入りますか?」
横を見ると砂肝を食べたそうな目をた彼女がこっちを向いていた。その目からは自分の姿は確認できず、ただ一本の焼き鳥を映しているだけだった。
「ありがとう」
「美味しそうに食べますね」
「そりゃ美味しいものは美味しく食べなきゃね」
「大将、ご馳走様」
「あいよ」
「お釣りはいりません」
「いいのかい?」
「はい、構いませんよ」
「じゃあ、大事に頂いておくよ」
「おじさんありがとう、美味しかったよ」
「おう、嬢ちゃんまたな」
屋台をでて宇治橋に向かう。
橋は思ったより距離があり端から端までで百メートル弱あった。
「名前を聞いてなかったよ」
「そうですね、私は橋道 柳と言います」
「りゅうか、漢字はどう書くの?」
「柳です」
「へぇ〜、柳ねかっこいいね」
「あなたは?」
「私は代崎 悠華だよ」
「悠華さんって呼べばいいですか?」
「それね、ずっと気になってたの、敬語、凄く違和感あるから、やめて欲しいよ」
「わかり…ました」
「ほら、敬語だよ?」
「わかった」
「旅館までどのくらい?」
「そうですね、あと…二、三十分ってとこだ」
「なるほどね」
宇治の旅館にやっと着いた。旅館は風情があり、和をモチーフとした宿だった。外から見てもそそられるものがあった。
「せ、先輩!?」
隣で悠華が叫ぶように行った。
「どうも、こんにちは」
「どうも」
そこには悠華に負けず劣らない顔立ちを持った、美しい女性がいた。
「だれ?」
「私の先輩、大学の」
「どうも、悠華にさっき会ったばかりですが、橋道 柳です」
「私は頓多 秋雨って言うんだ」
男性の様な名前に少し戸惑いながら聞き返した。
「悠華に先輩と聞きましたが、本当にでしょうか」
「そうですよ?ちなみになぜ悠華と一緒にいるんだい?」
「悠華が京都駅で話しかけてきまして…」
「あ〜、なるほどわかったよ」
まだごく一部しか話して居ないのにも関わらず理解をしたような素振りをした。
「つまりは“柳君と悠華は二人で旅行している”ということでいいかい?」
「そう…ですね、ですがここに来たのは今が初めてです」
「理解したよ」
「わかりました」
「せっかくだし私も同行させて貰おうかな」
「…へ?」
「悠華の世話係も必要だろ?」
「そう…ですか?」
「そうさ、とりあえず今日はここで一泊するつもりだったから明日、答えを教えてくれよ」
「はい…わかりました」
一人増えただけでは困らなかったものの、これ以上増えたらどうなるだろうか。だが悩みはマイナスなものでは無い。メリットとデメリットがあって葛藤している。メリットは悠華の面倒を見てやれる人が増えることだ。初対面なのもあるが、悠華は何を考えているのかとても分からない。妹や親友なら分かるかもしれないが。
「とりあえず、中に入ろう」
「そうだね、休みたいよ」
中も日本の文化の詰め放題と表せる様な素晴らしい空間がひろかっていた。客室に入ると、布団はやはり一つしかなかった。
「布団…布団……ないな」
「えー、どうするの?」
「わた…ここまで来たら一人称を“私”にする必要もないか」
「なんか言った?」
「いや?何も」
「そう、で布団は?」
「ないな、俺は椅子で寝る」
「なんで?」
「悠華布団使うだろ」
「一緒に寝ないの?」
「アホなのか?」
「頭はそこそこいいよ?」
「愚問だが悠華、女だろ?」
「うん」
「こんな男と一緒に寝んなよ」
「いいよ、私は別に」
その発言に少しドキッとした。とても顔立ちが良いことと、異性とまともに話したことがないことが相まって非常に胸が熱くなった。
「寝ないの?」
「…もうわかった、寝る」
「だよね」
「でも少し出かけてくる」
「今から!?」
「そうだけど、何か?」
「いやいや深夜だよ?危なくない」
腕時計を見ると午後十一時をすぎていた。
「すぐ帰るよ」
「わかった、気を付けてね」
「ご心配ありがとう」
さっきまでいた人もすっかり消えてしまった。自分一人だけの世界に来てしまったような気分だった。少し懐かしい気分になった。どことなく、喪失感に襲われ感傷的な気分になってしまった。一人の時間は大切だ。だがそれと同時に孤独も感じてしまう。そういう時は誰かとあって、コミュニケーションをとる事が一番大切だ。流れ星が空高くに光った。願い事を言う暇もなく大気圏を過ぎた塵芥はきっと誰かの元に届いているだろう。そんなことを考えながら悠華のいる宿に戻った。
「ただいま」
「あ…おかえり」
「悠華、近くに温泉があった」
「行きたい」
「もう閉まってた」
「…意地悪」
「明日いくか」
「お風呂入る」
「まだだったのか」
「テレビの怖い話見たら入れなくなった」
「ははは、入り終わったら教えてくれ」
声を上げて笑ってしまった。悠華は夜になると、いや二人きりになるととても女性らしさがでてくる。こう言い方をしてしまっては失礼かもしれないが。
悠華が怖い話の特集と言っていた。そういうのに一時期ハマっていた事がある。怖さを軽減できるかもしれない。
「上がったよ」
「はいよ、俺も入るわ」
「うん、なるべく早くね」
「わかってるよ」
風呂から上がり、悠華入っている布団に入った。最初は何も話せなかったが、慣れてくるうちにだんだん話せるようになってきた。
「ちなみに悠華がさっき言ってた怖い話って?」
「思い出さないようにしてたのに」
「ごめん、でも俺少し前までそういうのにハマってて調べてたことがあったから、話の内容次第では怖さを軽減できるかなって」
「うーん…なら話すね」
「うん」
「人体発火現象っていうの知ってる?」
「あぁ、もちろん、有名な話だからな」
「体が勝手に燃えちゃうっていう、骨すら残ってなかったよ」
「それはな、説が何個もあるだけど、その一つとして……」
対して根拠もない持論を朗々と話す。嘘とバレても悠華の心が落ち着けばそれでいい。
そう思っていたが、いつの間にか悠華は寝ていた。天使のような寝顔で。
「俺も寝よう」
時計の針は午前一時半を指していた。
「おはよう」
隣でそう聞こえたから体が起きた。口呼吸だったのだろうか喉も少し痛い。
「おはよう、柳」
「よく寝れたか?」
「もちろん、寝落ちしちゃってごめんね」
「いいよ、心を落ち着かせるためだったしな」
扉がノックする音が聞こえた。ドアから覗くと昨日あった秋雨さんが立っていた。
「どうぞ」
「ありがとう、失礼するよ」
「悠華、よく寝れたか?」
「はい、先輩もちろんです」
「布団、一個しかないが…」
「一緒に寝ました」
「そ、そうか…そうだよな」
「はい」
「悠華、何もされてないよな」
「怪しまれすぎじゃないですか」
「大丈夫ですよ先輩、柳はそういう人じゃないので」
「なら良かった」
「それで、本題はなんですか?」
「忘れたとわ言わせないよ?」
「あ〜、昨日の返事ですか」
「そう、どうだい?」
「いいですよ、ついて行っても」
「いいのかい?」
「はい、なんで“いいのかい”なんて…?」
「半ば諦めてたからさ、意外だったよ」
「旅費は後日請求させていただきます」
「ふふっ、そういうところはしっかりしてるね」
秋雨さんは静かに笑った。
「俺はいつでもしっかりしてると思いますよ?」
「そういうのは自分で言ったらダメだよ」
「先輩も同行するんですか?」
悠華が話に入ってきた。
「そうだよ?」
秋雨さんがすかさず答えた。
「なら、これを」
悠華がバックから取りだしたのは神社のお守りだった。“貴船神社”そのお守りにはそう書いてあった。
「なんで今更」
「もう少しで正月だよね」
悠華がそう聞いて来たから答える。
「そうだけど……あ、お焚き上げのために?」
「そう、私は別の神社のお守りもバックの中に入れてるから、一件ずついってたらキリがないですよ」
「私に頼もうと」
「はい」
「わかった、いいよ」
「ありがとうございます」
悠華と秋雨さんが話している間に首を突っ込む。
「なら、俺が行きます」
「なんでだい?」
「俺、今回の旅行で貴船にも行く予定なので」
「なるほど、じゃあ三人で行こうか」
「まだ行かないでくださいね?」
「なんで?早めに行った方が、時間にも余裕が生まれるんじゃない?」
悠華はそういった。
「宇治、ここも有名な神社仏閣、観光、パワースポットが沢山あるだろ?」
悠華の言ったことにタメ口で答える。
「まずここを観光してからにするか?」
秋雨さんが提案してきた。
「はい、もちろんそうします」
秋雨さんは状況判断、分析がとても早い。話を多少端折っても上手く、正確にまとめてくれる。とてもありがたい。
「どこから行く?私はどこでもいいけどね」
「平等院でいいですか?」
「ここから近い?」
「そうだな、だいぶ」
「歩いて行ける距離だよ」
秋雨さんが俺に続いて喋った。最後までま喋らせて欲しいと思う反面、伝えてくれてありがたいという感情が混じっている。なんとも複雑な気持ちだ。
「まぁ、とりあえず朝食を取りましょう」
「私は食べたからいいんだけど、何か買ってくるかい?」
「いえ、大丈夫です、秋雨さんは自分の部屋で荷物をまとめていてください」
「了解したよ」
「……?」
悠華が不思議そうに首を横にかたむけた。
「どうした?」
「いやなんでも?なんか違和感を感じたから」
「じゃあ行ってらっしゃい、私は部屋で待機しているよ」
「お願いします、行ってきます」
どこでも朝食を摂るか……
「柳、柳って北海道から来たんだよね」
「うん」
「ここら辺のこと、分かるの?」
「……少し」
「そっか…」
「先輩の話をしていい?」
「いいよ?別に」
「先輩はね私と同じサークルにいるんだけど、学んでる学科が違うの」
「ほう」
「私は物理学を専門にしてるんだけど、先輩は考古学を専門にしてる」
「俺は大学通ってないからわかんないわ」
「ちなみに何歳?今年で」
「二十一歳、成人式は去年した」
「同い年だね」
「二年生?」
「そうだよ」
「大学は?」
「うーん…秘密にしとくね」
「そうか…ちなみにコンビニは駅の中にあるけど」
「そこで買って食べる?」
「そうだな、なるべく早く済ませたい」
「一緒に行く?」
「一人でもいいけど…連れ去られても困るしな」
「さすがにそれは……」
「ある」
「えー……」
「で、コンビニでいいか?」
「いいよ別に」
「じゃあ行くぞ」
「コンビニってこんな人いるっけ?」
「居ないと思うよ」
レジの前に人が列を生して並んでいる。北海道から来た俺はこのような場面に遭遇したことがない。だが、悠華もこの場面には遭遇したことがないようだ。
「やっとレジだ、疲れた」
「お会計お願いします」
待っていた疲れを見せずに悠華が隣でそう言った。
「何買ったんだ?」
「サンドウィッチ」
「足りるのか?」
「ダイエ……なんでもない」
「すまん、ところで悠華」
「ふ?なんふぇふか?」
口に入れたまま話したことによりあまり聞こえなかったが、そのまま話す。
「彼氏とか居ないのか?」
「なんで」
「俺、男」
「うん」
「今、旅行中」
「いないよ?」
「なら別にいいか」
「柳は?」
「いるわけ……」
「ごめん」
俺の話を遮るように「ごめん」と一言だけ言い放った。
「うるせぇ、泣くぞ」
とても失礼な言葉を並べては居ないか、行動の節々に俺への侮辱してきた。とても気持ちの良いものではない。Mじゃないから…。
「とりあえず、食べながら帰ろう」
「そうだね」
「秋雨さんも待ってる」
「うん」
宿に戻ってきた。右手にスマートフォン、左でにサンドウィッチとパンのゴミの入ったコンビニのレジ袋を持って…。右にいる悠華は何も持っていなかった。
自分の部屋の鍵を開け、中に入った。合鍵を持った秋雨さんが窓辺の椅子に座って小説を読んでいた。その姿は静かに佇む秋の神様のようだった。
「おかえり」
秋雨さんがこっちを向いて言った。
「ただいま戻りました、ありがとうございました」
「いいよ別に」
俺が感謝を伝えると軽くあしなわれた。
秋雨さんが話し始める。
「話しは変わって、今日の宇治を回るコースだ」
「はい」
「これを見てくれ」
そう言いながら俺と悠華にiPadを差し出した。そこには、京都宇治の拡大した地図と神社仏閣の場所そして、赤ペンでルートが書かれていた。秋雨さんは続けて言う。
「まず、抹茶を飲もう、私も久しぶりに飲みたい」
「わかりました、そこから平等院ですね」
「あぁ、宇治上神社や橋姫神社にも行けるぞ?」
「そのルートで行きましょう」
今回のルートは秋雨さんの通りにした。だが橋姫神社は聞いたことがなかった。
「あの、橋姫神社とは…」
「あぁ、有名な神社はいっぱいあるがな、丑の刻参りって知っているかい?」
「はい、五寸釘と藁人形ですよね」
「そうそう」
丑の刻参りと橋姫神社がどのように関係があるとのだろうか。秋雨さんは淡々と話始めた。
「丑の刻参りっていうのは、橋姫様の物語だ」
「なるほど、だいたい予想がつきました」
「どういうこと?」
理解が追いついていない悠華が話に入ってきた。俺は急いで説明する。
「橋姫神社には橋姫様が祀られてるって話」
「なるほど」
簡単にまとめたものを悠華に話す。
「そうとなれば、十時には出発だ」
「そうですか?」
「もう少し早くてもいいと思うのですが」
悠華も俺も同じ意見のようだ。今は八時過ぎ。そこまで待つ必要もないと思った。
「橋姫神社にはいつ行っても人はいない、だが平等院はお昼時が一番好かなくなるんだよ知っていたかい?」
秋雨さんが自慢するように鼻を高くして言った。
「わかりました、悠華もそれでもいい?」
「うん、大丈夫」
悠華の同意も得た俺達は雑談タイムに入った。だが特に話すことはなく、無駄な時間が過ぎていった。その時だった。
「着替えするかな」
秋雨さんが“着替えをする”と言った。
「自分の部屋でお願いします」
「なんで?」
秋雨さんはそう返した。意味がわからずもう一度聞き返した。
「自分の部屋で、お願い、します」
さっきより声を張ってお願いをした。
「外に出たくない」
「ていうか、着替えしてなかったんですか?」
着替えを荷物をまとめて置いてとは言ったものの、それだけしかしていないとは思ってなかった。
「じゃあ、お風呂場でお願いします」
「はいよ、借りるよ」
秋雨さんが風呂場、洗面所とトイレの扉を閉め着替えを始めた。悠華と再び二人きりになったが着替えが心配で心置きなく休憩できなかった。
「うわっ」
いきなり肩を叩かれ少し驚いた。無音で近づいてきていたのに気づかなかった。
「ソワソワしてるけど、大丈夫?」
「トイレに…行きたい」
いきなりお腹が痛くなってしまった。
「秋雨さん…早く…なるべく……早くお願いします…」
「わか……大丈夫かい!?」
秋雨さんが焦ったような口調で話した。
「お腹が痛くて」
「トイレと洗面所に一枚の扉がある」
「それで?……あぁなんとなくわかりました」
「入ってもいいよ?柳君が、良かったらだけど」
「使わせていただきます」
扉を思っいっきり開けトイレに入った。音は出なかったが声が漏れてしまった。一枚の扉の向こう側で2人の笑い声が聞こえた。秋雨さんはもう着替え終わったようだった。
トイレから出て手を洗う。よく石鹸で洗った後ポケットに入っていたハンカチで手を拭いた。
「ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ済まないね」
秋雨さんは謝ってくれたが決して悪くない。言い出せなかった俺が悪いのだ。
「お腹は大丈夫?」
一応悠華も心配してくれているのだろうか。
「あぁ、もう大丈夫心配要らない」
時計を見ると九時四十分頃を指していた。
「時間です、出ましょうか」




