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[第86話] 物流

 まさか、こんな地へ左遷(させん)されるとは…と、吉岡久司は、がっくりと肩を落とし、溜息(ためいき)混じりに社屋(しゃおく)の窓から外を見た。リストラされなかっただけでも、まだよかったじゃないか…と心の片隅で慰(なぐさ)めるもう一人の自分が呟(つぶや)いた。まあ、それもそうだな…と吉岡は、ふたたび書類に目を通し始めた。

 吉岡が異動した商社は本社の子会社で、課長の吉岡は、形だけは次長ポストという昇任人事で、子会社へ遷(うつ)されたのである。

「まあ、そうガックリしなさんな。また日の目を見る日もあるさ…」

 一杯飲み屋、蛸足(たこあし)で杯(さかずき)に酒を注(そそ)いでくれた同期入社、小野辺(おのべ)の言葉が、ふと浮かんだ。

「俺は、もう駄目だよ…」

 吉岡は突き出しの蛸足の酢のものを摘(つ)まみながらショボく言った。

「俺達は会社の物だ、流れるだけさ。帰ってきたやつもいる、諦(あき)めるなっ!」

「ああ…」

 吉岡はこの言葉に勇気づけられ、会社を辞(や)めず努力した。その結果、吉岡の実績は積み上げられていった。右肩下がりだった子会社の営業利益は飛躍的に(の)伸び、会社経営は立て直されたのである。

 それから一年が経(た)とうとする春先だった。

「あっ! 吉岡君。君、四月から本社へ戻(もど)れることになったぞ! おめでとう」

 部長の烏賊墨(いかすみ)は握手を求めながら笑顔でそう言った。

「ありがとうございます!」

 吉岡の脳裡(のうり)にふと、同期、小野辺の顔が浮かんだ。あいつのお蔭(かげ)だっ! 戻ったら礼を言わなきゃな…と吉岡は心に記(しる)した。

「それで、私のポストへは誰が?」

「ああ、それな。よく分からんが、本社からの電話では、確か…そうそう、小野辺とか言ってたな」

「ええっ!」

 吉岡は本社へ返送され、本社から入れ換わりに小野辺が流れてくる・・という物流がすでに出来ていた。

 春先、一杯飲み屋、蛸足で小野辺の杯に酒を注ぐ吉岡の姿があった。

「俺達は会社の物だ、流れるだけさ。帰ってきたやつもいる、諦(あき)めるなっ!」

「ああ…」

 どこかで聞いた言葉だった。


              THE END

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