31 拘束と草刈り機
※グロ注意※
「…」
同僚にそっと肩を叩かれた。
作戦開始。スタッフたちが一斉に動き出し、準備にかかる。
所定の位置に符を貼り、両手で印を組み、不可視の力を地面へ、紋様へ流し込む。
ものの数秒で、それは完成した。
きぐるみ様がアラタを見据える。その視線に気圧されたように、アラタが一歩、後退った。
「な、なんだよ?」
その問いには応じず、きぐるみ様は一言、命じた。
「やれ」
瞬間。
──バチィッ!!
「!」
青白い火花が散り、アラタがその場に崩れ落ちた。
その足元には、微かに光る独特の紋様。木栗家のスタッフが総出で仕掛けた捕縛の術には、地球外生命体といえど抗う術はない。
「ぐっ…」
膝をついた姿勢で、アラタが苦痛に顔を歪める。その喉元に、きぐるみ様が草刈り機を突き付けた。
「──結論が出た。ヴェルデ族とやらのサンプルとして、あんたの身体は解剖班に引き渡す」
木栗家のスタッフの中でも、解剖班の立ち位置は非常に特殊だ。
未知の生命体に関する研究の最前線。ヴェルデ族なる地球外生命体との遭遇の報を受け、成実に再三、サンプルを引き渡すよう要求していた。成実はそれに応じることにしたのだ。
内心を感じさせない硬質な声で、きぐるみ様は続ける。
「殺しはしない。確か、コアさえ損傷しなければ再生するんだよね? 身体の4分の1くらいあれば連中も納得するはずだから、コアの位置を教えて。それ以外の場所を、なるべく綺麗に切り取るから」
いつもより説明が丁寧なのは、彼女なりの気遣いだろうか。
さて、アラタはどう反応するか。皆が注目する中、アラタは観念したように呟いた。
「…右腕だ」
「そう。分かった」
きぐるみ様が草刈り機を振り上げる。それを、アラタが妙に冷静な表情で見詰めていた。
一瞬、双方の動きが止まり──
「成実様!」
「!」
楓の声が響き、きぐるみ様は振り返りざま草刈り機を振るった。
何体かの巨大ゴキブリ──地底ゴキが、真っ二つになって宙を舞う。
「なっ…」
「囲まれてる!?」
スタッフの何人かが狼狽える。
一体いつの間に集まっていたのか、地底ゴキが人間たちを取り囲むように、地面、お社の壁、茂みの中に展開していた。さらに、井戸の中からも続々出て来る。
まるで何か明確な指示を受けているかのように、整然とした動きで。
「総員、戦闘態勢!」
きぐるみ様が鋭く叫んだ。
「捕縛の術はそのまま維持! 地底ゴキを先に排除する!」
「はっ!」
きぐるみ様程ではないにしても、スタッフたちもかなりの手練れだ。各々得物を即座に構え、符を放ち、拳を振るう。
あっという間に乱戦状態となった現場で、一人の男がアラタに駆け寄った。スタッフの一人、まだ若いが実力は確かと一目置かれている男だ。
捕縛の術は発動し続けていて、アラタはその場に跪いたまま。無防備なその右腕を、男が掴んだ。
瞬間、男の手が──いや、その皮膚の下に潜んでいたものが、ずるりと動いた。
指と爪の間を押し広げるように現れたのは、血にまみれたピンク色の肉塊。それが、見る間に紫色に変わっていく。ホーシャ族、その本体だ。
男はそれを見下ろしているが、目には何の感情も浮かんでいない。
他の者たちは──何人かは男の動きに気付いていたが、指先の異変までは目に入っていない。そもそも地底ゴキから意識を逸らすわけにもいかず、声も掛けられないでいる。
ずるり、ずるりと這うように移動したホーシャ族は、アラタのシャツの袖口から中へと侵入した。
ぐ、とアラタが呻くが、身動きは取れない。薄いシャツの下、紐状の物体が不気味に蠢く。
そうして──ホーシャ族が完全に指先から抜け出ると、男はハッと表情を変えた。
「…え? 今、なに」
ふらり、男が後ろによろめいた瞬間、アラタが叫んだ。
「全員下がれ!!」
肚に響く大音声に、スタッフたちが一斉に飛び退る。
出遅れたのは、アラタに触れていた──ホーシャ族に寄生されていた男だけ。楓が駆け寄り、その首根っこを掴んで退避する。
アラタが術をものともせずに立ち上がり、シャツの右袖をめくり上げた。
二の腕部分が本来の薄緑色に戻り、中で紐状の物体が暴れ回っているのが透けて見える。
「成実、やれ! 肩口からバッサリ綺麗にな!」
「任せて」
冷静な声が即応し、きぐるみ様が、鮮やかな弧を描いて草刈り機を振るった。




