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episode.00



王都から程近い森の奥深く。


誰でも知っているが、誰も足を踏み入れる事はないその場所に、魔女の里エルシアは存在している。


エルシアの冬は静かだ。雪に覆われた石畳を、この里で生まれ育ったリゼは一人で歩く。


吐いた息は白く、空は曇っている。森を渡る風の音以外、何も聞こえない。


かつては十数人の子供が駆け回っていたと言う通りも、今では灯りのつく家の方が少なかった。


閉ざされた窓。人の気配を失った工房。誰も使わなくなった井戸。


それらを見ても、リゼは何も言わない。幼い頃から見慣れた景色だった。


「……今年も、冬至祭は中止だそうだねぇ」


背後から声をかけられ振り返ると、薪を抱えた老魔女が立っていた。


リゼは軽く目を伏せ、自分の足元に視線を落とした。


「そのようですね」

「残念だねぇ」

「仕方がありませんよ。必要な人数が集まりませんから」


淡々と返すと、老魔女は少し困ったように笑った。


「お前は相変わらず、感情を表に出さない子だ。だけど、不満があるなら少しくらい漏らしても良いんだよ?」


リゼは答えなかった。


感情は魔力を乱す。悲しみも、喜びも、怒りも。そして恋情は、魔女を壊す。嫌と言うほど教わって来た。


だからエルシアでは、誰も激しく笑わない。声を荒げて怒る事もない。それが魔女としての正しい在り方だった。


――少なくとも、昨日までは。


ゴーン、ゴーン…


「!?」


里の鐘が鳴り、リゼは思わず肩をすくめた。


低く、重い鐘の音はこの里に来客が来たことを知らせる音だ。


リゼはわずかに眉を寄せた。エルシアに外の人間が来ることなど、滅多にないのだ。


老魔女が険しい顔になる。


「……王都の使者だね」


雪の向こうに、黒い外套が見えた。


王国魔術監視局


銀の紋章を胸に付けた男が、こちらへ歩いてくる。


冷たい濃紺の瞳が、真っ直ぐリゼを捉えた。


その瞬間。


胸の奥で、何かが微かに揺れた。


それが、彼女が初めて自覚する“感情”の始まりだったことをこの時のリゼは知る由もない。


「王都より、とある命を受けてここへ来た。約束は取り付けてある。里長の元へ案内して貰いたい」


淡々と、だが威圧的に述べる男の言葉に、リゼと一緒にいた老魔女が半歩ほど身を引いた。その役目は里長の孫娘であるリゼにあると言いたいのだろう。


その意図を汲んだリゼは、小さくため息を吐いた。


「こちらです」


その短い言葉に、リゼの感情が乗ることは無い。


リゼが歩みを進めると、少し後ろからズズッと雪を踏む音が続く。


その間、男は何を言うでも無かったが、周囲を警戒するようにあちこちへと視線を動かしている事は何となく感じた。


やがて、里の奥にある古い館が姿を現し、リゼはその館へと続く石造りの門を開けるべく手をかけた時…。


「お前、感情を隠すのが上手いな」


突然声をかけられた事に驚いたリゼだったが、それを悟られまいとゆっくりと振り返った。


切れ長の目元から覗く濃紺の瞳が、リゼが隠している全てを見透かすようで恐ろしい。


「魔女は皆そうだと思いますが」


淡々と答えたリゼの回答に満足したのかしてないのか、リゼからしてみれば目の前にいるこの男の方こそ感情の読めない人だった。


「優秀な魔女ほど、感情を隠すものだ」

「魔法を使う上で、感情は邪魔なものです。感情に支配されると、魔法は暴走すると言われていますから」


リゼの言葉に、男は何かを考えているのか少し沈黙した。


「そうやって生きるのは息苦しくはないか」

「もう慣れました」


鋭く真っ直ぐに向けられるその視線から逃げるようにリゼは背を向けた。



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