第33話 増える相談、減らない余裕
要請は、途切れなかった。
「……また、来ています」
マルクスの声は、疲労を隠していた。
机の上には、未開封の書簡が積まれている。
「公式が三通、非公式が五通」
「差出人は?」
「地方官、領主代理、商会……ばらばらです」
私は、椅子に深く腰掛けた。
「共通点は?」
「……“一度話を聞いてほしい”」
それが、一番重い。
具体的な要請ではない。
条件も、責任も、まだ決まっていない。
ただ――困っている、という事実だけがある。
「全部、応じる必要はありません」
マルクスは、はっきり言った。
「もう、限界です」
「ええ」
私は、否定しない。
領地の仕事は減っていない。
帳簿も、調整も、日常の問題もある。
その上で、外からの相談が増えている。
「余裕は、増えていませんね」
「ええ」
私は、苦笑した。
「むしろ、減っています」
昼過ぎ、ミーナが資料を抱えて入ってきた。
「……面会希望者が、城下に」
「今日は、誰?」
「北部の小領主です。財政が……」
言葉の先は、分かっている。
「断ってください」
ミーナが、驚いた顔をする。
「理由は?」
「順番です」
私は、即答した。
「条件を整理してから、出直してもらう」
彼女は、少し戸惑いながらも頷いた。
「……冷たいと思われませんか」
「思われます」
私は、帳簿を閉じる。
「でも、今はそれでいい」
夕方、エルナが顔を出した。
「噂、広がってるわよ」
「どんな?」
「“相談すれば何とかしてくれる”」
私は、目を閉じた。
「……それは、危険ね」
「ええ」
エルナは、肩をすくめる。
「期待が、現実より先に走ってる」
期待は、応えられないと敵になる。
夜、マルクスが言った。
「人を増やすべきです」
「ええ」
「でも、すぐには」
「できません」
私は、即答した。
人は、急には育たない。
だからこそ――
「線を引きます」
私は、板に大きく書いた。
『対応条件』
「条件を満たさない相談は、受けない」
ミーナが、息を呑む。
「……それで、助からない人が」
「出ます」
私は、逃げなかった。
「でも、全部を受ければ」
線を引く。
「もっと多くが、後で壊れます」
沈黙。
これは、選別だ。
綺麗な言葉で飾れない。
その夜、私は初めて思った。
この立場は、
善意だけでは続かない。
名前が広がるほど、
期待は重くなる。
そして――
余裕は、増えない。
調整役は、万能ではない。
それを、
**誰かに分からせる必要があった。**
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