表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

第二十話 推しとの幸せな日々


 シオン様と想いを通わせてから数日。私は彼の婚約者として公に宣言され、彼の屋敷にお邪魔することになった。貴族と平民の結婚が主流になってきているとはいえ、やはり壁は存在する。彼の隣に立つ者としてふさわしくあるべく、必死に勉強する日々だ。


 公的な行事への参加はまだしていない。その時、シオン様の顔に泥を塗るようなことは絶対にしたくない。


 私は変わらず彼の執務室で彼のサポートをしている。シオン様は、以前よりも私に甘えてくれるようになった。まるで、寂しがり屋の猫のようである。


「アメリー。こちらにきて座っていてくれ。君が近くにいるだけで、仕事が捗るんだ」


 そして以前よりも、彼がぐいぐいとくるようになった。距離が近いと心臓に悪い。彼は膝をぽんぽんと叩いていたが、流石に羞恥が勝ったので彼の膝に座るということはせず、彼の後ろに立つ。彼が不満そうに私を見たので、にこりと笑みを浮かべた。


「シオン様はお疲れでしょうから、マッサージをしましょうか?」

「……是非、お願いしたい」


 そっと彼の肩に手を触れて、指に力を入れる。前世で家族にしていたのと同じ要領で彼の凝っている肩を揉んでいると、始めは強張っていた彼の体も徐々に和らいでいく。


「私の理性を試されているようだ」

「シオン様。何か仰いましたか?」

「いや、何も」


 私が首を傾げて問うと、シオン様は言葉を濁しながら私の手に彼の手を重ねた。そして、彼は背後を見て私の手の甲にキスを落とす。それで私が真っ赤になり、シオン様が満足そうに微笑む。


 これが、当たり前のような光景になっていた。




 その日の夜、貴族の集まりに同行した。小さなパーティーであるが、周囲の貴族たちは私を好奇の目で見ている。特に、ルクリア様や彼女と親しくしていると思われる令嬢からは、私を軽蔑するような視線が注がれていた。


 私が緊張して体を強張らせていると、シオン様が私を腕の中に引き寄せた。


「アメリー。私から離れないでくれ」


 彼は囁くようにそう言って、私に嫌な目を向けていた人達を睨みつける。


「彼女は私の大切な婚約者だ。皆が彼女に無礼な視線を向けることは、私への侮辱とみなす」


 彼の圧を受けた彼らは、すぐにその場を離れていく。彼が守ってくれたことに安堵し喜ぶと同時に、申し訳ないという気持ちも芽生えた。しかし、ルクリア様達の顔が怒りと悔しさで歪むのを見て、ちょっとだけいい気味になる。


「ありがとうございます、シオン様」

「君を守るのは、私の役割だ。私にとって君は、宝物だからな」


 人目がある中で、シオン様は私の手を取ってキスをした。顔がとても熱くなるのを感じながらも、私は彼のたくましい腕の中で身を委ねた。


(シオン様、独占欲が強いわ……)


 それもまた、彼の魅力の一つ。強引なシオン様も、素敵だ。


 日を重ねるごとに、彼への愛は強まっていく。彼は私にとって、永遠の推しであると当時に、とても大好きな人なのだから。


 



 ◇ ◇





 自らの人生において、これほど心の平穏を保っていたことはあっただろうか。シオンは記憶を遡りながら、自分が今幸せであることを強く実感した。


 アメリーが常に彼の隣にいてくれるようになってから、彼の心はかつてないほど穏やかである。彼女の存在が、彼が背負ってきた騎士としての重圧や貴族社会の陰謀を、和らげてくれる。


 シオンが書類を睨んでいる間、アメリーはハーブティーを準備したり彼の好きなお菓子を用意したりしている。それ以外の時は、執務机のすぐ隣に置かれている椅子に座っている。時折彼女がそっと彼を見つめ、彼の様子を窺うのに気付くたび、シオンは内心が満たされるのを感じた。


「シオン様。少し休憩なさいませんか?」


 彼女は、いつも彼が疲労を感じて気分が下がり始める前に声をかけてくる。


「ああ、そうだな。少し疲れた」


 彼は彼女の前では素を出すことができるのだ。彼女がいなければ、決して疲れたなどと言葉で出すことはなかっただろう。シオンは立ち上がって彼女の手を掴み、彼女の体を自分の胸に引き寄せて抱き締めた。


「し、シオン様!」

「君は温かい。こうやって君を抱きしめるだけで、私の気力が回復する気がするんだ」


 シオンがそう言うと、彼女は頬を赤く染めて俯きながらも抵抗はしない。そして、恥ずかしそうにしながらも彼の背中に手を回すのだ。彼女の感情、彼女の息遣い、彼女の髪の香り。その全てを独占している事実に、強い満足感を覚える。


(君は、私のものだ)


 彼はアメリーの額に唇を押し当てた。彼女の頬が林檎のように真っ赤になるのを見て、彼は笑みを深める。この純粋な反応が、彼の心を掴んで離さない。

 彼女は男に耐性がない。そのことが伝わってきて、ひどく安心するのだ。




 夜。公務から解放されたシオンにとって、この時間こそが至福の時である。寝室にて、彼はアメリーを抱きしめて横たわる。彼女はシオンの胸にぴったりと身を寄せ、無防備な寝顔を晒していた。


「アメリー……」


 シオンは彼女の柔らかな髪をそっと撫でる。欲を言うのであれば、このまま彼女のすべてを奪いつくしたい。しかし彼女があまりに恥ずかしがったので、「初夜を迎えるのは、結婚式をしてから」だと約束したのだ。彼は仕方なく、その日が訪れるまで理性を抑えつけている。


 かつて、彼にとってのこの時間は、拭いようのない孤独に満ちていた。彼はいつも一人で王国の未来について考え、誰にも見せない弱さを胸に隠していた。


 しかし、今は違う。彼の隣には彼の弱さを知り、それを含めて彼を愛し、彼のために尽くしてくれる愛らしい存在がいる。


(君に悪意を持っている者……ルクリア、その他にも多々いそうだったな。あいつらは邪魔だ。君の不安にならないよう、先に対処しておくとしよう)


 彼は、強く彼女を抱き締める。その瞳には熱が込められていて、独占欲で満ち溢れていた。


「君を、誰にも渡さない」


 彼女の耳元で、そっと囁く。アメリーはぐっすりと眠りながら彼の胸に顔を擦り付け、小さな声で「しおん、さま……」と呟いた。その無垢で甘い響きが、彼の心臓を射抜く。


(……君は、私のことを信用しすぎではないか?)


 シオンは彼女の寝顔を見つめながら、彼女を起こさない程度にキスをする。それ以上踏み切ったことをしないように、彼は欲を抑えつける。


「愛している、アメリー」


 再び囁いて、シオンは甘く幸せな笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ