24.休息の時
強行軍でナバまで帰ったアイリーンだが、屋敷に入っても休む間はなかった。
まず、皇太子とアラリコ先生のために、客間の手配をする。王都までの船便を押さえるのに、数日はかかる。それまでの滞在先は、どうしても必要だ。何よりもてなしの一つもせず、王太子殿下に領地を通過させるのは体裁が悪い。
次いでグレンに報酬を渡し、父のナバ伯爵を主催として慰労のための宴席を設けるから、必ず出席するようにと命じる。招待ではない。士官の機会を与えるたのだ。もちろん、気ままな冒険者暮らしが良いと考えるのなら、酒と料理だけを楽しんで帰ってもらっても構わない。しかしアイリーンとしては、彼を野に埋もれさせるのは、あまりに惜しく思えるのだ。
宴にはマリエも招待した。怖い目に遭わせた詫びのつもりだったが、使用人と言う立場に遠慮して、最初は首を縦に振らなかった。しかし、グレンが出席することを伝え、さらにドレスを貸すと言ったら、二つ返事で了承してくれた。ただし、グレンにとって重要な場であるから、彼が偉い人と話そうとする時は、邪魔をしないようにと釘を刺しておく。多少の反発を予想していたアイリーンだが、それに反してマリエは、
「もちろんです。隊長さんの出世が掛かってるんですもの」
と、やけに協力的だった。
ともかく、やるべきことを片付け、アイリーンは書斎へ向かった。
扉をノックするとすぐに応答があり、父の前に立ったアイリーンは諸々の報告を駆け足で済ませる。
「以上です。何か不足はありますか?」
「いや、問題ない。ともかく無事に帰ってくれて、なによりだ。ドロシーも、ご苦労だった」
ナバ伯爵は娘と彼女の侍女をねぎらってから、机の上に置いてあった封筒を一つ差し出す。
「昨日、早馬でエウラ男爵からの手紙が届いたのだ。お前がカノーラから戻り次第、エウラを訪問させると伝えていたのだが、これはその返事になる。自室へ戻ってから読むと良いだろう。後の処理は私に任せなさい」
つまり父は、さっさと自分の部屋で休め、と言っているのだ。
「はい、そのようにします」
アイリーンは手紙を受け取り、ありがたく父の前を辞した。実のところ、一秒でも早くベッドに飛び込みたいほど疲れ果てている。
手紙の中身も気になるが、父の言いつけを守り、廊下で立ち読みするようなまねは控えた。
自室に到着すると、アイリーンは予定通りベッドに顔から倒れ込んだ。
ドロシーは黙って、アイリーンの足から靴を引っこ抜いた。きっと、ドレスのシワより主人の休息を優先してくれたのだろう。
「ありがとう、ドロシー。あなたも休んでちょうだい」
「ドロシーは大丈夫ですよ、お嬢様。そこらの侍女と違って、鍛えておりますからね」
確かに。なんなら侍女らしからぬ、とも言える。言えるが指摘するのはやめておこう。
「エウラ男爵の手紙、お読みにならないのですか?」
ドロシーは言って、アイリーンの足をマッサージし始めた。
アイリーンはうつ伏せのまま、封筒から手紙を引っ張り出す。
はてさて、父は男爵に会談の約束を取り付ける手紙を送ったようだが、どんな返事だろう。ダンジョン探索への同行を、認めてもらえる内容だと嬉しいのだが?
「うそでしょ?」
アイリーンは思わず口走った。
「どうしました?」
マッサージの手を止め、ドロシーが聞いてくる。
アイリーンは手紙を頭から読み上げた。
ナバ伯爵殿
此度は丁寧な書簡に御礼申し上げます。
しかしながら、当方からお願いしたにも関わらず、お申し入れをお断りしなければなりません。
先日、領地の近隣にダンジョンを発見したのですが、そこから多くの魔物が出現し、周辺の村々に危害を加えているとの報告を受けました。
私はこの危機に対処せねばならず、アイリーン嬢との会談はお断りせずを得ません。
事態を収拾次第、改めて――
「以下略」
と、アイリーンはしめくくった。
「おやまあ」
ドロシーはマッサージを再開し、是も非もない答えを返す。
「事情が事情だから仕方がないけど」
「とは言え、受け入れ難い話ですよね」
「そうね。いっそ、こっちから乗り込んでやろうかしら」
アイリーンは冗談半分のつもりだったが、
「それも悪くないですね」
ドロシーは反対しなかった。
「でも、やるべきことがたくさんあるわ。私の楽しみのために、それを放り出せるほどナバには余裕が無いの」
「だからって、お嬢様がそれをしょい込む必要は無いんですよ。もうちょっと旦那様にあれこれ押し付けてもよろしいのでは?」
「そうかしら?」
「そうですよ」
母もなく、兄弟姉妹もなく、ナバの家を支えるのは自分と父だけ。なれば、その重荷は半々であるべきだと考えていた。だからこそ難しい公務にも、そして自らを痛めつけるような鍛錬にも励んで来た。
「なんと言っても、お嬢様は子供なんですから」
ドロシーは言った。
なぜかアイリーンは、今さらになってその言葉がストンと腑に落ちた。
「ドロシー」
アイリーンは言った。
「はい、なんでしょう?」
「おなかすいた」
「かしこまりました。すぐに軽食を用意しますね」
ドロシーはマッサージを中断し、一礼してアイリーンの部屋を出て行った。すぐにドアの向こうから、彼女の鼻歌が聞こえて来た。
はて、ずいぶん上機嫌ではないか?
ベッドの上で、アイリーンは仰向けになり、大きく伸びをした。
誰かに甘えると言うのは、そう悪いものでもない。と言うのが素直な感想である。しかし、見返りもなしに他者を動かすと言うのは、少なからず罪悪感を覚えなくもなかった。
「慣れないといけないわね」
ぽつりと言って天井を眺めていると、少しばかり眠気が差してくる。
いや、待て。もうすぐドロシーが美味しいお菓子を持って戻って来るはずだ。
落ちてくるまぶたを懸命に押し上げようとするが、アイリーンの抵抗もそこまでだった。お姫様は睡魔の攻撃に敗北し、ほどなく柔らかなベッドの上で、穏やかな寝息を立て始めたのだった。




