2-異世界へ
*注意
2章1話『異世界転移者』を1500文字ほど加筆してあります。
2話目を読むにあたって、違和感を覚えた方がいらっしゃいましたら、
誠に申し訳ございませんが1話目を読み直してください。
2話 異世界へ
「ようこそ賛歌・転移層へ、ヒカリくん。キミが違う星へ転移することは、はじめから、すべて、決まっている」
<龍神>と名乗るドラゴンが言った、全てを知っているかのような予言めいた言い回しに、どこかカルト宗教に入信させるため躍起になっている狂信者を連想させて、ヒカリは眉をひそめて訝しんだ。
(違う星へ転移だと?こいつ、俺が作った空想の生き物か?それとも・・・これは現実?)
夢か、現実か、ヒカリは見極めるため<龍神>の言葉に耳を傾けることにした。
「ふふ、キミたち人類は『時間』という概念に縛られている。だからキミたちは、今、この瞬間にしか生きられない。
ずっと幸せに過ごすことができないなんて・・・本当に気の毒な生き物だよ、人というものは・・・」
<龍神>は身動きせず、ただじっと琥珀の眼を向けてヒカリを見下ろしている。
「キミが富士山をながめるのと同じように、私は現在も、過去も、未来も、全ての時間を見ることができる」
ヒカリはできるだけ<龍神>が話す言葉の意味を汲み取ろうと努力したが、どうやら<龍神>とやらは未来を視る能力がある・・・この要素しか理解できなかった。それでも、威張り散らしているこのドラゴンになめられたくなかったヒカリは、わかった風の口を利いた。
「それはモノだけじゃなくて、生きているもの、つまり、俺の未来もわかるのか?」
「そうだよ。ヒカリがどういった生涯を遂げるのか私は全て知っているんだ。キミが異世界へ旅立つことも、当然含まれている」
<龍神>は美しい透きとおったつばさを広げる、ヒカリを包むように。
--ヒカリの耳元を冷たい風が通り抜ける
「!?」
点と点が線となり全てが繋がっていくような万能感に満たされ、その瞬間ヒカリは、
これは夢じゃない・・・ここが現実であることは、疑いようもない事実なのだと理解した。
(・・・俺が異世界へ旅立つことになったら、家族にはもう会えなくなるのか?)
じいちゃん、おばあちゃん、母、父。特別に何をするでもなく居間に集まって、興味のない番組を眺めたり、じいちゃんの笑えない話に耳を傾けたり、と、異世界へ行けばそんなどうでもいい日常はもう二度と訪れることはない。
三半規管が壊れてしまったかのように、目の前がぐらぐら回転して軽い吐き気に襲われながらも、聞かねばならないことがあった。ヒカリは、歯を食いしばって焦点の合わない目を<龍神>に向けて、全身で叫んだ。
「どうして俺なんだよ!俺がどうして選ばれるんだよ!
マラソン大会は毎回ドベに近いし、勉強だって平均点以下だ。俺なんかより才能のある人間なんてこの世界には山ほどいる!!それなのになんで俺なんだよ!」
「うん、たしかにキミである必要はないのかもしれない」
「じゃあ!」
「なぜなら、この瞬間がたんにあるから」
「はぁ?」
「家族が震災で亡くなる人たちがいるなかで、その瞬間、家族と一緒にバーベキューを楽しむ人たちがいる。
飢えに苦しむ人がいるなかで、その瞬間、食べ物がありあまって残す人がいる。
キミはべつに選ばれたわけではない。ただ、この瞬間に埋め込まれただけなんだ。原因も、結果も、はじめからありはしないのさ」
「俺にはアンタの言っていることがさっぱりわからない」
「今はそれでいいさ、それよりもキミが時間等曲漏斗に飛び込む前に話しておきたいことがあるんだ。
あーごめん、キミに伝わるように説明しないとね。要は、『時間がもうわずかしかないから手短に話すね』ってやつさ」
ヒカリは<龍神>と自分自身の会話を俯瞰して見ているかのように、彼らから遠く離れた場所に立って、そこにある事象をただ眺めている。何も感じることのない無の世界へ浸っていくようだった。
--吠えるような風の音が遠くから鳴っている
「ひとつは、キミの身体の中に<龍神石>を組み込ませてもらう」
「龍神石ってなんだ」
--風がすべてを巻き込みながらこちらへ向かってくる
「龍神石の意味は異世界に住む人たちに聞いてみることだ。そのためにはちゃんと異世界の人と話さないといけないよ」
「わかった」
--風が俺に手を振っている
「ふたつめ、もし困ったことがあったら、南端サラマンド地方にある聖火教会へ赴き、そこに展示されている秘宝に触れてみることだ」
「わかった」
--轟音が鳴り響く
「みっつめ、これで最後だ」
--風が自分と重なり一体となる
「いいかい?辛いとき、悲しいときは、幸せな楽しい記憶を思い出すんだよ」
♦︎♢♦︎
「うわーーっ!!」
意識が戻った時、ヒカリは空にいた。
風の抵抗を受けながらスーっと落ちていく恐怖を味わったのはほんの一瞬で、その後は空にふわふわと浮いているような爽快感を感じるまでにヒカリは落ち着きを取り戻していた。
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