初めての子
翌年。あっけない程にわたしは初めての子を出産した。全身真っ赤で力いっぱいに泣いている子を、駆け付けた両親も夫も、飽きることなく見つめている。気力と体力とを使い果たしたわたしはただ見ているだけだったが、手伝いに来ていた女衆が、産湯を使わせて産衣を着せて、わたしに抱かせてくれる。そうしてはじめて、子を産んだという実感がわき起こった。思わず涙が零れたけれど、咎めるものはない。
「平君、お疲れ様。ありがとう」
まだ室内には女衆が残っているせいか、少し改まった口調で夫がわたしを労ってくれた。出産に男は邪魔だと追い出されていたものの、終ってそれなりに後片付けも終われば、後は家族として夫とわたしが子の面倒を見なければならない。母も慣れるまではと手伝ってくれるようだけれど、今後のことを考えれば夫婦二人でしっかりと子の面倒を見られるようにならなければならないのだ。
「あらあら、まあ。優しい旦那様で良かったわね」
まだ残っていた女衆がからかうように声をあげて外へ出て行く。そして二人きりになると、夫がそっとわたしを抱きしめた。
「阿君、ありがとう。私の家族を産んでくれて」
怜悧な印象を与える切れ長の目から、涙が滲んでいるのが見えた。夫がわたしだけに見せてくれるそれが、わたしには嬉しくてたまらない。わたしを労わり、わたしを労い、胸に抱える我が子ごとわたしを抱きしめてくれる夫が、わたしには愛しくてたまらなかった。
「わたしこそ、あなたという夫に恵まれて幸せです。ありがとう」
一瞬目を瞠ったあとで、嬉しそうに笑った夫が、とても可愛く見えた。
「そうだ。ずっといつか、と思っていたけれど、これを阿君に」
懐から夫が出したのは、貝の飾りがついた釵だった。それも上等な。いつかわたしが大張のお店で見かけて、欲しいと思っていたものである。結局手に入れることは出来ず、諦めていたものだった。
「あの手作りの釵を渡した直後に、漸く入手出来て。でも渡すことは出来ないだろうからと仕舞いこんでいて、そのまま忘れてしまうところだった。結婚した時に渡すべきだったんだろうけど、そういう気遣いができなくてごめん。……今からでも、その。受け取ってくれたら、嬉しい」
「そんな、こと。……でも、これ、ものすごく上等なお品では? とても高級なお品に見えるのだけれど……?」
嬉しいと思うよりも、血の気が引くような感じだったのは、それこそ家が何軒か建ちそうなほどのお品に見えたからだった。わたしが求めていた品は品質としてはここまで上等なものではなかった。
「流石にいい目をしているね。うん、阿君が求めていたよりは上等なものだけど、妻に求める人に捧げる品だって考えたらこのくらいは普通だよ」
夫の視線も声も、甘い。熱の籠った指先がわたしにそっと触れる。
「阿君。私の愛しい奥さん。初めての家族になってくれてありがとう。これからも末永く宜しく」
そうしてわたしの髪に釵を挿そうとする。もっとも、今は普段のようにきちんと結えていなくて、下ろしている状態なのだけれど。慌てて髪を整えようとするわたしに、そっと微笑み、わたしの背後へと回った。
驚く間もなく、夫は髪を解いて、髪を丁寧に梳く。髪を梳られるというのは久しぶりだけれど、夫の触れ方は吃驚するほどとても心地よくて、わたしがうっとりしてる間に夫は手際よく髪をまとめ、そっと釵を挿した。そして再びわたしの前に戻り、満足気に笑った。
「やっぱり、思ってた通りだ。本当によく似合う。……とても綺麗だよ、阿君」
髪を結うなんて、いつ覚えたのだろうか。いつもわたしが結っているのを見ていただけだと言うのに。鏡が欲しい、と思う前に、夫の瞳に映るわたしが見えた。前からでは結い方は殆ど判らないけれど、前からでも釵は辛うじて見える。それはきらきらと輝いていた。わたしの髪に映える色にしてくれたのだということは、言われるまでもなく判った。
「すごく、素敵な釵ですね。ありがとうございます、旦那様」
わたしは、少しでも気持ちが伝わるように、と微笑んだ。
その頃の美少年と占いにきたお客さん。
https://ncode.syosetu.com/n0449fj/19/




