家族育成中
下級官吏であった父のもとに居た頃、父は五日に一度沐浴のためのお休みを頂いていた。体を洗うのはそれなりの時間で済むけれど、髪を洗うのはそうはいかない。結って冠を被るとはいえ、男性の髪もそれなりに長いので、清潔さを保つにはある程度の頻度が必要になる。
それはさておき。
夫は下帯一つになって我が子を沐浴させている。
均整のとれた体付きは、衣類を着用している時には細身としか判らないけれど、しっかりした筋肉がついている。明るい午後の昼下がりにとても似つかわしい爽やかさ……の筈なのだけれど、ちょっと目のやり場に困るのは何故なんだろうとふと思う。
寝台では夫の肌に直接触れてはいるというか触れられているけれど、寝台の中は薄暗いし、わたしは大抵目を瞑ってしまっているので、夫の肌をまじまじと見たことはないのだ。思いのほか筋肉がついていて、細身ではあるけれど頼りなさは微塵も感じられなかった。寧ろ父くらいに腹や腕がぷよぷよふわふわしていたらこんなに心臓が早鐘を打ったりはしなかっただろう。生まれたての息子の裸なら凝視するのも問題ないが、瑞々しく引き締まった夫の肌は些かわたしにとって刺激が強いようである。見たくないか、と言われればそうではないと言えるだろうけれど、見たいと積極的に言うのはなかなかに勇気のいることだ。尤も、夫は元々なかなかに秀麗な顔立ちをしているので、着用している服の布の面積に限らず、夫を見たがる女性は数多くいるのだけれど。今は四合院の庭の中だから問題ないけれど、これで外からも見えるような場所だったら、見物を望む女性が殺到していたかも知れない。見物料が取れるかどうか、と言ったら正直取れそうな気がすると思う程度の見ごたえはあると思うのだ。……我が夫ながら。
わたしがそんな逡巡をする間に要領良く子供の沐浴を終えた夫はその場で自らの下帯も取り去って体を洗い始めた。ぎょっとする間もなく、思わず目が釘付けになる。それに気づいた夫がにやりと笑い、わたしに意味ありげな視線を向けてきた。顔が熱い。恐らくわたしは今耳まで真っ赤に染まっているだろう。これは今夜が思いやられる。夫から目を逸らしつつも意識の外へ完全に追いやることが出来なかったわたしの敗北だ。そして夫との営みによる心地よさは、出産後に倍加したような気さえする。それに気づいているのだろう、夫はより深くよりやさしく毎夜わたしを解きほぐすのだ。一度は子供への授乳の最中に子供ごとわたしを抱き寄せられて、そのまま寝台になだれ込みそうになったのだが、子供が泣き出したことで未遂に終わった。
まあ日常のそういう色っぽい話はさておき。子供は順調に育っていると言える。わたしたちは若い夫婦として家族として、充実した毎日を送っていた。
子供がそろそろ乳離れという頃、子供の様子を見に来た母が、市井に流れる噂を教えてくれた。
「帝さまがね、ご病気だって噂があるのよ」
まだお若い方である。弱冠という言葉が相応しい年齢でいらっしゃる筈だ。成人そのものは皇族だから一般の人々とは異なる筈だけれど、皇后さまもまだお若い、わたしとあまり年も変わらない方だと聞いている。お子様はまだお生まれになったとは伺っていない。
「そうなのね。お若い方だからすぐによくなるでしょうけれど、重い病でなければいいわね」
そう言うと母は困ったように眉根を寄せた。
「それがね、重いというお話なのよ。……何事もないといいのだけれど」
母の懸念は判らないでもない。我が夫はのんびりした人柄ではあるけれど、現在の帝さまに限りなく近い血筋なのだ。でも、帝さまにも兄君が幾人かいらした筈だ。
「不吉なことを言わないで、母さま。それより、見て。もうこの子ったら歩けるようになったのよ」
気持ちが暗い方へ行ってしまうような気がして、その話題をそれ以上続ける気になれなかったわたしは、母の関心を我が子に向けさせた。そう、漸く這うことから立つことを憶え、覚束ない足取りながら少し歩けるようになったのである。
「まあ、可愛いわね」
目尻を下げた母はもう孫のことで頭がいっぱいになっているだろう。わたしはほっとしたのだった。
一月程後、帝さまのご不予が伝えられ、それから程なくしてご崩御の報せが都をめぐった。
その頃の美少年。
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