結縁
砧を打つ音が低く響く。
夜更けに灯りを点けるのは贅沢だけれど、暗くても出来る作業はある。布打ちの作業がそれだ。布を打つその音にはどこか物悲しい響きがあるような気がするけれど、冬に向かおうとする秋という季節は、その準備で忙しなく働くためなのか、それとも日ごとに下がる気温のせいなのか、明るい気持ちを保つことが少し難しく感じられる。夏場では薄い衣一枚羽織っておけば大丈夫だったものが、そろそろ上着を重ねないと厳しくなりつつある。それでも火鉢がないと辛い季節よりはずっとましではあるのだけれど。
わたしは外出を許されなくなった。初潮が始まったことは勿論だが、新たな婚姻が決まり、その婚礼に向けた様々な儀式の為に、家に籠らざるを得ないのだった。儀式そのものは大半がわたしなど居なくても行えるようなものばかりだろうけれど、それでも普通家に処るべき女がふらふらと外出している訳にもいかないのだ。幸いというかなんというか、婚礼のための衣装は以前に準備していたものをそのまま流用出来るので、今更布を織ったり裁縫したりせずに済むのが楽といえば楽か。祝言の前にもう一度の調整は必要になるかも知れないけれど、初潮が来てから成長は少し緩やかになった気がするので、母と使用人の手を借りるくらいで済むはずだ。一から作り直さねばならない、ということにはならないだろう。……相手の男が余程こだわることがなければ。今わたしが布を打っていたのは、どちらかと言わなくても時間を潰す目的が大きい。
正式な仲人を立てた申し込みがあって、花婿側から花嫁であるわたしの生年月日と姓名を問う使者が訪れたのが三日ほど前だったろうか。古来よりこの国には同姓不婚の原則があるために、姓名を問うことは婚姻の儀式のなかでも特に重要なことだった。先祖が何らかの理由があって改姓しているという場合もあるけれど、本姓が同じときは結婚が許されないのだ。もしそれが同姓なら破談になるか、或いは……妾にでもなるしかない。どうしてもその相手でなくては駄目というのならともかく、父親に婚姻相手を決められる一般的な感覚を持つ娘なら、恐らく正式な妻になることを望んで破談にするだろう。わたしの父の上司の名は張だったが、その居候の名は別の姓だと聞いている。それでも「許」でないことは確かなのだろう。今この国や都に多い姓は「劉」だ。帝さまのお血筋の姓がそうなので、仕方ないだろう。
わたしの生年月日や姓名を得た花婿側は、その家廟の前で占術の儀式を行うか、専門の占術師に依頼して吉凶を占い、結果が吉であれば更に次の段階へと縁談が進められる。順当に行っているのであれば、恐らく今は双方の相性を占うあたりだろうか。
そうしていくつもの儀式を済ませて、祝言の日取りを決める頃には、更に冷え込みが厳しくなっていることだろうと思うと、体の冷え込みが、心にまで影響を及ぼすかに思えた。
「平児、平児」
弾んだ声で母がわたしの愛称を呼ぶ。そのような声は初めて聴いたので、母は珍しい程に興奮しているようだ。そちらへと顔を向けると、頬を赤らめた母が居た。何故そこで母が顔を赤らめているのかは謎であったのだけれど、その手に持った装飾品を見て、なるほど、と合点が行った。
花婿から花嫁側に贈られた品だろう、幾つかは、大きくはないけれど、繊細で華やかな細工が施されていて、女性好みの品と言えた。母は財や宝飾品に拘る人ではない。だが、その母をして夢中にさせるような品を選び贈ったという点で、花婿か、その周辺の人は油断のならない人であるような気がした。それとも、わたしの周囲に利を与えることで、わたしを逃がさぬように囲い込むつもりでもあるのだろうか。……いや、それは考え過ぎであるだろうけれど。
そうこうするうちに、儀式はどんどん進められて、ついに祝言の日取りも決まった。時期は来年、春。あの幼い少年の占いはまたしても的中し、わたしは更に不安を憶えたのだった。
次回でお婿さんが登場予定です。
そしてその頃の美少年。
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あと二話で第一章が終了します。




