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6 過剰すぎる魔法構築(完結)

「モエさん、見っともないところばかりをお見せして申し訳ありません・・・」


 もう一度バラディール室長により頭を叩かれた馬鹿(ジェラルド)は、今度は違う意味で机に突っ伏している。時折ぴくぴく指が動いて、微かにうなり声も聞こえているから一応生きてはいるみたいだが、容赦ない一撃は、萌音が大丈夫だろうかと思わず心配したくらいそれはいい音だった。


「さ、丁度お茶も届いたことですし、暖かいうちに飲んでください」

 デヴィッド次長が入れてきてくれたお茶はトレイに乗せられている。バラディール室長が自らトレイから受け取り、萌音の目の前に並べてくれた。ほわりと温かな湯気が躍った。

 異世界のお茶がどんなものかと思い、陶器のカップを覗き込んでみると、そこには普通お茶と言えば透明な茶色や緑色かと思いきや、底が見えない紫色だった。液体の色自体は、表面は艶やかで、巨峰の色のような深くて綺麗な色をしている。せめて匂いが爽やかならまだしも、依然飲んだことがある苦手なドクダミのような独特の匂いがした。


(・・・これがお茶・・・。お茶と言われてもこれはちょっと・・・)

 折角用意されたとはいえ、何とも言い難い食欲が湧かない色と匂いに萌音の頬は引きつった。


「・・・・・・」

 手を出すことなく無言なままじっとカップを見つめ悲壮感を漂わせる萌音に、バラディール室長はどうやらこちらでのお茶と、異世界のものとは違うらしいと分かったようだ。

「どうやらこちらのお茶はモエさんの世界のものとは随分とかけ離れているようですね。無理して飲まなくていいですよ。デヴィッド、今度はワインを持ってきてもらえませんか?」

 えっ、ワイン!?

 お茶がこれなら、ワインはどうなんだろうという知りたい気持ちもあったが、また変なものが出てきて飲めなさそうだったら申し訳ない。

 どうしようと思った萌音だったが、ふと自分の上着のポケットに自販機で買ったコーンポタージュが入っているのを思い出した。

「いえ、いいです。結構ですから。あの、私、自分の飲み物持っているんです。ですから余り気を使わないでください」

 萌音はバラディール室長に説明しながらポケットから缶を取り出してみせた。手にした缶はまだほんのりと暖かさが残っていた。人肌ほどの熱はまだ元の世界から現在までそれほど時間が経過していないという証拠でもあった。

 納得してくれた室長と次長の二人は、そういうことならばと頷いて納得してくれた。


「あの、でも代わりにお皿と、フォークと、それとなるべく長い包丁って借りることできますか?」

「ありますが、一体何に使うのですか?」

 デヴィッド次長が訝しげに眉を寄せた。

「甘いお菓って好きですか?私が勤めている店のケーキがあるんです。良かったら一緒に食べます?」

 どうせならコーンポタージュと一緒に一人で食べきるには大きすぎる苺のケーキを分けて食べてしまおうと萌音は考えたのだ。

「甘いものは大好きです。そういうことだから、デヴィッド悪いけど用意してくれないかしら?」

 どうやらバラデュール室長は甘いものが相当好きらしい。ケーキと聞いて笑みが溢れた。その横で「甘いもの」と聞いて勢いよく顔を上げた人が約一名いたが、萌音は容赦なく宣言した。

「あなたにはぜっっっったいに、あげないから」

 多分甘党なのだろう、そんなと弱弱しく呟きながら机に縋り付いたジェラルドの姿を見ても、萌音の心はちっとも痛まなかった。


 お願いしたものは直ぐ用意された。道具を用意してくれたデヴィッド次長はケーキを切りましょうかと申し出てくれたけど、萌音はやんわりと断った。

「形が崩れてるかもしれませんし、一応私はケーキを作るのが本職なので」

 そういいながらケーキボックスをゆっくりと開け、中身を取り出してみたが形は全然崩れていなかった。生クリームたっぷりで、苺をふんだんに使った7号サイズのケーキ。ナパージュを塗った苺の艶が美しい。


「これがケーキですか?」

「はい、店の一番お勧めの苺のケーキです」

 取り出したケーキを見て、一番驚いているのはバラディール室長だけど、他の二人も目を見開くと凄いと目を輝かせた。

 あげないと言われたジェラルドも上司の声が聞こえたのだろう、ケーキがどんなものなのか気になるらしくその場で首を長くして覗いてきた。一目見るなり目の輝きが変化した。きらっきらと子供みたいな目でケーキを凝視している。

 三人ともケーキに興味津々なのはいいのだけれど、ちょっとその目つきが怖く感じるくらいには真剣過ぎて萌音は腰が引けた。

「もしかして、この世界のケーキってこういうものではないんですか?」

 異常にも思える驚きを見せられた萌音は、お茶同様こちらではケーキも違ったものが主流なのかと聞いてみた。


 バラディール室長に詳しく教えてもらった情報によれば、萌音が予想した通りだった。どうやらパウンドケーキみたいなものがせいぜいあるくらいで、生クリームを使ったものは初めて見たらしい。

「言っておきますけど、あなたの分はありませんから」

 萌音はここへくる羽目になった元凶である馬鹿(ジェラルド)に再度きっぱりと宣言してから切り分ける為に包丁を手に取った。


 宣言した通り萌音は、バラディール室長、デヴィッド次長の三人で均等に分けて終わろうとしたのだが、包丁の切れ目を入れる間際に馬鹿が直ぐ傍までやってきたかと思うと、やたら真剣に萌音に懇願してきた。

「俺が悪かったです。貴方の意思を無視してこの世界へと無理やり来させた罪はすべて自分にあります。申し訳ありませんでした。心根を入れ替えて帰還するための魔法構築はすぐ取り掛かります。いえ、必ず今晩中に作って見せますからお願いです。自分にも少しでも、ほんの少しでもいいですから食べさせてください」

 必死になって乞う姿は叱られた子犬が反省してしょんぼりとしているようでもあり、子猫がお腹を空かせて泣いているようでもあった。

 ほだされてはいけないと思っていたが、やる気を見せなかった相手がケーキを分けてくれれば今晩中にでも魔法を仕上げ元の世界へと戻してくれると言うのだ。

 ケーキを少し分けるだけ。たったこれだけの事で帰れる確率が上がる。無視するわけにはいかなかった。

 仕方ないわねぇという体裁をとったままケーキは四等分してやった。


「美味しいっ」

「・・・美味いな」

 ふんわりした生クリームとスポンジを一緒に頬張ったバラディール室長とデヴィッド次長は、表現の程度の差はあれど美味しいケーキに顔を綻ばせてくれた。

(そうでしょう。そうでしょう)

 うんうんと頷く萌音。

「!!~っ、・・・これは、美味い」

 小さな子供みたいにばあっと顔を輝かせたかと思うと、じーんと余韻に浸ったのはジェラルドだった。腹の立つ相手だとは言え、自分が作ったケーキをこれほど美味しそうに食べてくれる様子を見てしまっては、怒りの度合いは随分減少した。

「こんな美味しいケーキがあるなんて。まるで夢のようなお菓子だな。生クリームとやらは口に入れると一瞬で溶けてなくなるが、程よい甘さと滑らかさが何とも言えない。もっともっと欲しくなる。土台となっているスポンジは柔らかくてふわふわで、舌触りがこんなにも軽いものは食べたことが無い。こんなに美味しいケーキを作ることが出来るモエは凄いと思う。モエは菓子職人の天才だな」

 ジェラルドから褒めちぎられた。

「~っっっっ。ケーキはあげたんだから約束はちゃんと守ってもらいますからね」

 褒められて勿論嬉しかったが、正直に有難うとはなんだか悔しくてジェラルドに言えなかった。

「勿論だ」


 約束を違えることなく苺ケーキを食べた甘党馬鹿のジェラルドは見事に魔法を数分で組み立てると、あっという間に萌音がいた世界へと空間を繋げて見せた。

「あんたねぇ、そんな簡単に出来るのなら最初からその気をだしなさいよっ!」

 余りにも簡単に魔法を完成させて見せたジェラルドに、ぎゃんぎゃんと吠えた萌音は絶対に悪くないと思う。


 そう怒ってからようやく萌音は愛しい布団が待つ我が家へと帰ってこれた。何故か寝室のクローゼットの扉が出口に設定されていたのか分からないが、まあいい。とりあえず帰れたのだからと扉を閉めた。

「ふう。疲れた・・・」

 壁の時計を確認してみると時間にして大体数十分後には自宅アパートへ戻ってこれていたことに心の底から安堵した。本当に無事に元の世界へ帰ってこれて良かったと思った。


 ほっとしたのもつかの間。

 着替えようと思った萌音は一度閉めた扉を今度は開けた。

 扉の奥には普段着や下着が入ったボックスが見えるはずだったが、何故かあるはずのない空間が広がっていた。

「ええ!?扉を閉めれば普通は消えるんじゃないの!?」

 通ってきたばかりの通路がまだそこに存在していた。

 萌音はパニックになった。

「消えないように魔法をかけたから」

 ここにいるはずがないジェラルドが聞こえてきた。いつの間にか萌音の後ろに立っていてビックリした。

 萌音の寝室のクローゼットの扉と異世界の呼び出された部屋と繋がったまま消えることはないと言われて、はいそうですかと納得出来るはずもなく。

「なんであんたまで一緒にこっち来てるのよ!?」

 続けて自分の世界へとさっさと帰りなさいよっと怒ったのに、ジェラルドはうっとおしそうな長い前髪をかき上げてこちらを無言で見た。

 濃紺の髪に隠れていた顔全体が明らかになると、今までよく分からなかっただけで相当整った綺麗な顔をしているのが見えた。モロ自分好みで、少し影があるような印象を持たせる黒く見える瞳は神秘的にさえ見えた。その瞳にじいっと見つめられていると、じわっと萌音は体温が上がってきた気がした。


 ジェラルドは怒る萌音に、飄々としてこう言った。

「モエの作ったケーキに惚れた。虜となってしまった。だからモエ。責任を取って俺を貰ってくれ」


「―――は?」

 貰ってくれ?

「モエと離れたくないんだ。ずっと一緒にいたいんだ」

「はあ!?」


 数日たった今。

 毎日毎日夜になると、ジェラルドだけがこちらの世界へとやってきては積極的に萌音を口説いた。恋人にしたいと一輪の花と甘い言葉に迫られた萌音はいとも簡単に陥落していた。(好みすぎる見た目に負けたともいう・・・)


 彼氏の位置に見事に収まったジェラルドは、向こうとこちらを行き来するようになり、萌音のケーキを毎日食べては幸せだと顔を綻ばせ、その顔を見ると萌音もまた幸せそうに笑顔になるのだった。

有難うございました。

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