誰も開けない扉
久世は退職者の権限を整理する作業で、古い保守用アカウントが休眠したまま残っていることに気づいた。利用記録は見当たらないが、存在すること自体に理由が必要だ。勝手に削除して顧客の仕事を止めないよう、管理者へ問い合わせた。
日下部は契約の別紙を調べ、緊急時に利用する可能性があると書かれた箇所を見つけた。しかし利用の承認者がすでに異動している。必要性が残っているなら、現行の連絡先と手続きを決め直さなければならない。銀利は顧客と保守会社を交えた確認を指示した。
顧客の情報管理者は、昔の緊急用アカウントが残っていた理由を調べるのに苦労した。担当者が変わるたび、廃止判断だけが先送りされていた。久世はそれを怠慢とは呼ばず、現在の責任者に必要な資料を渡した。相手も自社の事情を抱えている。保守会社へ確認してから停止日を決めるまで、トラッバは権限が利用されていないか監視を続けた。緊急という名前だけで無期限に生かしてよいアカウントなどない。
顧客の管理者は休眠アカウントの由来を調べ、以前の保守担当へ問い合わせた。緊急用に残した当時の判断には事情があったが、現在は利用する計画がないという。久世は当時の判断を否定せず、今必要かを改めて決めてもらうことにした。
顧客側の担当者も、廃止の決裁日を手帳へ記した。保守会社から正式な返答がなければ、その日に判断できない可能性がある。予定を隠さず共有したことが、小さな信頼になった。
数日後、顧客側で利用終了が正式に決まり、保守会社の立ち会いのもとで権限が廃止された。久世は作業証跡を保存し、元の契約書に付いていた「緊急時」という文字の意味が変わったことを記録した。誰も開けないはずの扉も、鍵が残っているなら確認がいる。




