圧倒の力
突然、大広間の壁を這うようにあったクリスタルが、いきなり音を立ててヒビを作り出した。
ネメアーは冷や汗をかいた。
「何が起こっている……」
十メートルほど頭上の、何もない空中に、乾いた音を立てながら紫色の亀裂が入る。
ネメアーは必死に思考した。クリスタル化させたこの空間は、外の者が干渉してくるのを確実に防ぎ、そして中のものは魔法を解かない限り出られない、言わば絶対的な防壁に囲まれた空間のはず。
外から侵入されるだと? ありえない。もし穴をあけられたとしたら――
考える間もなくその空中の亀裂は広がり、バリンと音を立てて割れた。そして、割れ目の向こう側から何者かが落ちてきた。
――袴を着た黒髪の男、10代くらいの茶髪の少年、高身長の金髪ツインテールの女。
それらの人物が、大広間の赤い絨毯に着地した瞬間、時間停止状態が解除され、周りの人間も動き出した。
スウウウ……!
静寂だった大広間に、大勢の人間の気配が戻った。
「ご苦労だった。三人とも」
クロが三人へこのように声をかけると、三人はゆっくりと立ち上がり、何も言わずクロの後ろに並んだ。
「な、なんだ! 何が起こったんだ!」
「おい、あれ……! 魔族じゃねぇか……?」
訳も分からず呆気に取られた様子の同級生たち。慌てふためく城の召使い。そして、怯えながらもネメアーに槍を構える城の兵。
ここにいる人間は皆、一斉にネメアーへ恐怖と敵意を向ける。
理事長が冷静さを取り戻し、やっとの思いで口を開いた。
「あ、あなたは魔の軍勢、ネメアーですね?」
しかしネメアーには聞こえていなかった。なぜならもうネメアーには、目の前にいる男と、その後ろにいる三人しか見えていないからだ。
「ゴルゴンはどうした! クッ!」
三人のひとり、袴を着た男が答える。
「上にいたお化けのことか? 覗いてたから追い払っといたぞ」
「クソ……! 我ら魔族と同じ、異質の魔力を持っているな。お前たちまさか……」
茶髪の少年が、袴の男を見上げながら言った。
「あれ、気づかれたよ?」
「なんだよ……。魔力の偽装、もっと上手くやらなきゃだな」
ネメアーはこの状況で、ものを考えている暇など一切ないことに気づいた。
退却だ。いや、脱兎のごとく撤退だ。
「超越獅子よ、ゴッズマジック・光輝爆散を放て!」
クロが口を開いた。
「こいつは逃がすな」
すると、クロの後ろに並んでいた三人のうちの一人、きれいな金髪で高身長の女が返事をした。
「うん」
『ハイミスティックマジック・シュテーヘングラヴィティア』
ギギギギギギ……ゴゴゴゴゴッ……!
女が魔法を詠唱した途端、床が音を立てて揺れ出す。そしてネメアーと召喚獣の周りだけに、強力な重力が起こる。
「何ッ! この私が第四階級の魔法に屈するなど……!」
ズドオオン!
ネメアーは体制を崩し、勢いよく床に押さえつけられた。召喚獣も命令された魔法を実行できず、その場に力なくひれ伏す。
「グハァッ!」
「逃げられるわけない。身の程を知るべき」
金髪の子は冷静で落ち着いた声を発した。
そしてクロは後ろを向き、混乱している大広間の人間に大きい声でこう伝えた。
「ここにいる皆さんは手出しは不要。その代わり、瞬きをせず刮目していただきたい」
それは一瞬だった。クロはそう喋り終えると前を向いた。
「まずは自慢の召喚獣がどれだけやれるのか試してやろう」
超越獅子は頭上からクロに襲いかかった。前足のツメがクロの脇腹に到達する。
「触るな」
クロは左手に持っていた白い剣で前足の攻撃を軽く払い除ける。
それを見て驚愕するネメアー。
「なにィ……!」
パキパキ……バキィン!
「え?」
クロは手元の白い剣に視線を向ける。先ほど入学祝いでもらった剣〈メタモール〉は剣身が真っ二つに折れ、剣先は絨毯に転がっていた。
「あ」
――クロは咳払いをする。
「で、では反撃といこう」
その瞬間、場の雰囲気が一気に張り詰めた。
『カースドマルティプライミスティックマジック・フォールンオプスキュリテ』
ゴオオオオン……!
それは一瞬だった。
空気が一変し、大広間が闇に包まれる。
上から降り注ぐ暗黒の柱。巻き起こる突風。
ネメアーとその召喚獣は暗黒に当てられ、一瞬にして消し飛んだ。まさに一瞬であった。
「至高王よ……まさかコイツは……がい……のけつぞ……」
暗黒の柱は静かに収束し消えた。
そしてネメアーの体は完全に消失していった。
クロは天井を見上げてため息を着く。
「魔族が超越級が使うとは。これから最大限に警戒する必要があるな。危なかった」
クロがそう言うと、後ろで並んでいた一人の、綺麗な茶髪の少年が言った。
「危なかっただなんて。誰がどう見ても圧勝でしたよ? ここにいる人間さんたちだって、クロくんの強さに、みーんな開いた口が塞がってませんよ!」
"ここにいる皆さん"は、まだ状況が飲み込めておらず、少年に返事ができる人などいない。
「よせ、ベル。ここにいる人間にとって、今起きたことは本当に一瞬の出来事だったんだ。まだ状況が飲み込めていないだろう。それより……」
クロは大広間の足元の赤い絨毯に、目だけを落とした。
そこには白く大きめな破片のようなものが落ちている。それは、さっきの攻撃で剣身が真っ二つに折れ、きれいな断面が見えているメタモールの哀れな姿だった。
お祝いとして頂いた時の、美しいフォルムはもうそこには無かった。
「えっと、これって……直していただけたり……しますか……?」
俺はもう片方の折れたメタモールの剣柄を、申し訳なさそうに握りながら言った。
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