4 ユーリウス視点
ちょっと長め。
ユーリウス視点です。
やっと、やっと手に入る。
抑えきれない喜びが湧き上がった。
今日はカレロ伯爵家の令嬢、フェリシア・カレロがリベルタード公爵邸へやってくる日である。
長い間カレロ伯爵と交渉し続けた結果、ついに向こうが折れたのだ。ラウラとか言っただろうか。その令嬢では駄目なのかと何度も何度も聞かされた。おかげで見もしないラウラとかいう令嬢が嫌いになりそうだった。
どんな顔をしてここに来るだろうか。
どんな思いでここへ訪れるだろうか。
どんなふうに彼女は成長しているだろうか。
いきなりの縁談の手紙にびっくりしただろうか。
ずっと独り身だった公爵子息との縁談。喜んで、くれただろうか。今まで独り身だったのは彼女のためと言っても過言ではない。私の隣には彼女しかありえないのだから。
でも彼女は何も知らない。
今はそれでいいんだ。少しずつ今の私のことを知ってもらいたい。
もうそろそろつく頃だと思い、外に出る。
服はこれで良かっただろうか。髪型はこれで大丈夫だっただろうか。昨日から考えてばかりであまり眠れていない。だがフェリシアに会えると思うと不思議と気分はいつも以上に良かった。
彼女に準備した馬車はリベルタード公爵邸でも一番乗り心地のいいものを選んだ。通常は縁談の申し込みイコール結婚の申し込みである。輿入れと言っても過言ではない。侍女も使用人も何人か連れてくるだろうし、女性であるため荷物も多いだろう。本当は馬車一台では足りないかもしれないが、数人分は入るはずだ。
そわそわと考え事をしている間に馬車が到着した。従者がドアを開けるとふわりと白銀の髪が目に入る。
彼女だ。
そう思うともう抑えられなかった。
「フェリシア!!」
衝動のように降りてくる前に彼女を自分の腕の中に収める。今、彼女が自分の中にいると思うとなんとも言えない幸福感が体全体を襲った。もう、絶対に離さない。
しかしこの違和感は何なのだろうか。さっきから何か引っかかる。
「ユーリウス!? あなた何してるの!! ついたばかりでそんなことしてたらフェリシアちゃんが混乱するだけじゃない!! 今すぐ離しなさい!」
後ろからの言葉につい体がびくりと反応する。
だがしかし母上に何を言われようとも今後一切フェリシアを離すつもりはない。
「お言葉ですが母上。やっと会えたのですよ? 今私の腕の中にいるだけでも奇跡だというのに。今日は離すつもりはありません」
私の意志を伝えるがそれでも母上は分かってくれなかった。何を思ったか無理矢理私からフェリシアを引き離そうとしたところでフェリシアがふらつくのが見えた。
瞬時に支え、次からはふらつくことのないように横抱きにして抱える。
「母上。いきなりは良くないですよ。先程も見たでしょう。フェリシアがふらついていました。応接間までは私が運びますのでご安心を」
そのままフェリシアを応接間へと連れて行った。
横抱きはされたことがなかったのか(他の男にされているなど考えたくもないが)顔を真っ赤にして目を瞑っている様子は理性がおかしくなるかと思うほど可愛らしいく愛しかった。
それにしてもフェリシアは軽すぎではないだろうか。他の女性を抱き上げたことがないから天秤にかける相手がいないためわからないが、これは軽すぎる。ちらりと服の隙間から見えた手首もありえないほどに細い。
ソファにフェリシアを降ろすと可愛らしい声をあげた。この場にははじめから彼女が緊張するといけないと思い、執事長とフェリシアの侍女としてつける予定だったアニタしか入れないようにしていた。
部屋にあるものが見慣れないのかキョロキョロと物珍しそうに辺りを見渡している姿も可愛い。
「今は私達二人だけにしてもらうように言ってるからね。まずは自己紹介から始めようか。私はユーリウス・リベルタード。将来君の夫となる人だ。リベルタード公爵邸へようこそ!」
一応彼女の中では私は初めて会う人間だろうと思い、軽く自己紹介をする。するとフェリシアはカチンと固まってしまった。そして何か考えているようである。自分の中で答えがまとまったのかフェリシアはふわっと立ち上がった。
「フェリシア・カレロです。しばらくの間お世話になります。リベルタード公爵子息様」
彼女の動作は少しぎこちないながらも美しい。彼女自身が美しいから当然かもしれないが。
……しかし気になることが一つ。
「公爵子息様……」
「はい?」
「そんな堅苦しい名前で呼ばないでほしい。私のことはユーリと。私はシアとよんでも?」
他の女性にユーリなんて愛称で呼ばれても寒気しかしないがフェリシアは別だ。むしろ前と同じようにユーリと呼ばれたい。しかし彼女は頑なに私を公爵子息と呼びたいようだ。だがそれで引き下がる私ではない。
「違うでしょ、シア。ユーリ」
「……ユーリウス様」
「ユーリ」
「ユ、ユーリ様」
「……まあいいよ。もう少ししたら様も取ってもらうからね」
今は許してあげよう。どうやら彼女自身シアと呼ばれるのに慣れていないようだ。伯爵家で愛称で呼ばれなかったのだろうか。
本当はこれからのことをフェリシア、、シアと話したいのだけれど彼女も長旅で疲れているだろう。それにやはり今話していて私のはじめに立てた仮説がどんどん頭の中でピースがハマるように繋がっていく。
「本当は婚約式の確認とか色々したいんだけどね。今日は長旅で疲れているだろうからゆっくり休むといいよ。アニタ、シアを湯浴みに連れて行って」
私の言葉に従い、アニタが前へ出る。軽く挨拶をしたかと思うと、そのまま彼女達は部屋を後にした。
「……エーリク。彼女を見てどう思った?」
執事長である彼に第三者の意見をきく。
「そうですね……。言葉遣いも所作も多少ぎこちないものの貴族令嬢としては美しい方かと思われました。しかし……」
どうやらエーリクも少なからず私と同じことを思っているようだ。
「輿入れにほぼ近しい意味を持つ縁談にもかかわらず服のサイズがあっていない粗末な服。いや、シア自身が美しいからシアはどんな服を着ても輝いているのだが……。伯爵令嬢でありながら荷物も小さなトランク一つに侍女はもちろん使用人さえもついていない。確かに身一つでもいいと書いたが、それでも何か大事なものなんかを持ってくるとは思っていた。それに感情があまり動かない瞳も気になる。私があんなにもアプローチしているのにほぼ全てスルーということはあるのか?」
「あ、自覚はあったのですね」
「私が知っている彼女はあまり感情の動かない女性では無かったはずだ。カレロ伯爵の対応も重ねると……」
その夜、シアの様子を知るためにアニタを呼び寄せる。
「アニタ、彼女の様子は?」
「今はぐっすりと眠られております。お優しいく聡明な方なのですぐ公爵邸にも馴染めるでしょう」
やはり彼女は素晴らしい。
「それで、シアを見て思ったことはないか?」
アニタにも尋ねるとすっと表情を曇らせて言いにくそうに喋りだした。
「その……あまりいうべきではないと思うのですが、、湯浴みの際に沢山の鞭の跡が見えました。古いものから新しいものまで……。フェリシア様自身あまり気にしていないようでしたが……」
その報告にカッと頭に血がのぼる。
シアの体に鞭の跡だと? なぜそんなものがシアの体にあるんだ!!?
やはり私の仮説は間違っていないようだ。もっと情報が欲しかったためリベルタード公爵家の"影"に内密にカレロ伯爵家を調査してくるように命ずる。
きっと彼女は、私が思っている以上につらい思いをしてきたのではないだろうか。
私が知らない間に彼女は感情という心の扉を閉ざしてしまったのではないだろうか。
せめて今日は安らかに眠れますようにと心のなかで祈った。




