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「フェリシア!!」
名前を呼ばれたのはいつぶりだろうかと場違いなことを思考する。これは一体どういうことだ。
何故私はバリトンボイスの方に抱き締められているのか。
先程ちらりと見えただけでも随分綺麗な顔立ちをしている事から考えると、この人がユーリウス様なのかしら?
当の本人は何度も何度も私の名前を呼び、存在を確認するかのようにすりすりと私の頭を撫でている。混乱したまま何もできずにされるがままになっていると、後ろから大きな声が飛んできた。
「ユーリウス!? あなた何してるの!! ついたばかりでそんなことしてたらフェリシアちゃんが混乱するだけじゃない!! 今すぐ離しなさい!」
やはりこの方はユーリウス様で間違いない。それに見えないが公爵子息様を呼び捨てで呼んでいることから親族の誰かだろうか。
ユーリウス様は一瞬びくりとしたようにも感じたがそれでも私を離そうとしない。
「お言葉ですが母上。やっと会えたのですよ? 今私の腕の中にいるだけでも奇跡だというのに。今日は離すつもりはありません」
どういうこと??
ユーリウス様の言葉にますますわけが分からなくなる。やっととはどういうことだろうか。私はユーリウス様と会うのは今日が初めてだと思うが……。
「いい加減に離しなさい!!」
さっきよりも近くで声がしたかと思うと、今度は別の人の腕の中にいた。思わずふらっと重心が安定せず倒れそうになると今度は横抱きにされていた。
「????」
「母上。いきなりは良くないですよ。先程も見たでしょう。フェリシアがふらついていました。応接間までは私が運びますのでご安心を」
そう言い放ってスタスタとユーリウス様は歩きだしてしまった。どういう状況なのか自分でもよくわからない。顔のすぐ近くに中性的な美しい顔があると思うと、もう目を瞑るしかなかった。
「ふふ、もう目を開けてもいいよ」
ふわっとソファの上に降ろされる。びっくりするくらい沈み込み思わず小さく声が出てしまった。
見渡してみると、この部屋にはユーリウス様と私、執事とメイド1人の4人だけしかいない。応接間のようで、細かい彫刻や繊細な骨董品。季節や気温などをもとによく考えられた花々はどれをとっても一級品だった。そして極めつけに場違い感が凄い私はユーリウス様とは対面するような形に座っていた。
「今は私達二人だけにしてもらうように言ってるからね。まずは自己紹介から始めようか。私はユーリウス・リベルタード。将来君の夫となる者だ。リベルタード公爵邸へようこそ!」
そう輝くような笑顔で挨拶され、思わず見入ってしまった。
輝くような金髪に翡翠色の瞳。陶磁器のような肌も相まって天界からおりてきた神様だと言われても誰も疑わないだろう。
……そうではない。思わず見とれてしまったが彼は今なんといった?
『将来君の夫となる者だ』
駄目だ。絶対ないと思っていた方向の話が来てしまった。やはりラウラと間違っているのかと思ったが私を見てフェリシアだといった。ということは間違ってはいないのだろう。
「フェリシア・カレロです。しばらくの間お世話になります。リベルタード公爵子息様」
立ち上がってカーテシーを行う。自分よりも高位貴族にはまず女性は挨拶をしなければいけない。本当は馬車を降りたときにすべきだったのだが、タイミングを逃してしまって今さらだが大丈夫だろうか。私自身最低限の教養しかないため、公爵家の中では見るに堪えない挨拶になっているだろうとどんどん身が縮こまっていく思いがする。
時間がたったため顔をあげると、不機嫌そうなユーリウス様と目があった。
そんなに見るにたえなかっただろうか。端から見ればぎこちない礼だっただろうか。
「公爵子息様……」
「はい?」
「そんな堅苦しい名前で呼ばないでほしい。私のことはユーリと。私はシアとよんでも?」
これは随分とハードな願いである。名前を呼んでも呼ばれても情は湧いてしまう。だからかもしれないがカレロ伯爵邸では私の名前を呼ぶものはいなかった。お前やこれがいわばあの場での私の名だった。
それに彼は今最も注目されているとも言える貴公子である。そんな人の名、しかも愛称など軽々しく呼べるものでもない。
「構いません。公爵子息様」
「違うでしょ、シア。ユーリ」
「……ユーリウス様」
「ユーリ」
どうしても愛称で呼ばせたいようだ。有無を言わさない笑みが私を見ている。これくらいで勘弁してほしいものだ。
「ユ、ユーリ様」
「……まあいいよ。もう少ししたら様も取ってもらうからね」
そんな日は永遠に訪れない。それにしても愛称で人のことを呼ぶなんて私には一生縁のないものだと思っていた。それに愛称で呼ばれることも。何かこそばゆいけれど、不思議と心地良い。
「本当は婚約式の確認とか色々したいんだけどね。今日は長旅で疲れているだろうからゆっくり休むといいよ。アニタ、シアを湯浴みに連れて行って」
アニタと呼ばれた小柄で可愛らしい女性が前に出てきた。この場にいる4人の一人だ。
「この度フェリシア様の侍女となりました。よろしくお願いいたします」
そう深々と頭を下げる。
私に侍女なんて必要ないのに。ここまできっと私が誰も連れてこなかったからわざわざつけてくれたんだ。申し訳無さでいっぱいになる。
「こちらこそよろしくお願いします」
「敬語は結構でございますよ、フェリシア様。それではこちらへ」
促されて部屋を後にする。
最後までユーリウス様、改めてユーリ様は花が咲いたような笑みだった。




