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「それでは行ってまいります」


一応挨拶だけはしておこうと、ちょうどお父様達が朝食を食べ終わった頃合いにダイニングルームに訪れる。

全て荷物をまとめると、トランク一つに全てものを纏めることができた。今日は自分の持っている服の中で大事なとき用に取っておいた一番いい服を着用している。


「あら、お姉様じゃないの。あぁあ、もう最悪。何でわざわざ朝からお姉様の顔なんて見なくちゃいけないの? せっかく気分良く家族でご飯食べてたのに」


「何故お前はそんなこともわからないんだ? 少し考えればわかることだろう」


全員いると思って朝食後にしたのは間違いだった。申し訳ありませんと深く頭を下げる。


「まあいいじゃないの。こんな日も今日で終わりよ」


唯一機嫌のいいお義母様が二人をなだめる。

これ以上空気が悪くなる前に要件だけ伝えて早く去ろう。


「これから公爵家へ行ってまいります。今までお世話になりました」


深く、深く頭を下げる。

何か言われるかと思ったが、そうかと言い残しただけで3人は談笑しながらダイニングルームを後にしていた。

ふと思い出したようにお父様が振り返る。


「ああ、あとどんなに辛かろうが絶対にここへは帰ってくるなよ。公爵家においてもらえるだけありがたく思い、喜んで言われたとおりにしろ。もし死にたいと思ったら皆の目がないところにしなさい。死体の処理なんて迷惑にも程がある」


「……はい。肝に銘じておきます。ありがとうございました」


最後の言葉はこれかとどこか客観的に見ている自分がいる。


使用人によればもう迎えの馬車は来ているらしい。待たせてしまったことを謝らなければいけない。それに向こうも手紙には必要なものだけ持ってくるといいという言葉もあった。全て用意してくれているということだろうか。それか持って来られると迷惑なのか。前者だったらきちんとお礼を言おう。後者だと荷物はどこか違うところに捨てていこうと思う。



家の前に止まっている馬車を見て、開いた口が塞がらなかった。これはなんだろう? 外見は言わずもがな、中まで座るとふかふかで心地よい。大抵は貴族は外見を重視するため外はもちろん綺麗に飾るが、中まで凝る人はなかなかいない。それこそ皇族とか、限られた人だけだ。

それを一介の令嬢に使うとは、やはりラウラと間違っているのではないかと疑う。


準備が出来たかと聞かれ、頷くと馬車は走り出した。ここからリベルタード公爵邸までは約半日かかる。私の体で馬車に揺られながら半日も持つかと思ったが、これだと気絶は免れそうだ。揺れも体はキシキシ動くだけで我慢できないほどの痛みではない。吐くかとも思って今朝は何も食べていないが、これなら心配なさそうだ。


そう安心していた矢先、激しく咳込んでしまった。

ハンカチで抑えると今朝よりも多量の血がこびりついていた。それを見た瞬間今朝の父の言葉が頭をよぎる。


『もし死にたいと思ったら皆の目がないところにしなさい。死体の処理なんて迷惑にも程がある』


……人目のつかないところも探しておかなければいけない。

医師はもって半年だといった。ならばもしこのまま婚約なんかに話が進んでしまったらできるだけ婚約式や結婚式を遅らせて貰わなければいけない。

婚約した矢先、婚約者が死んでしまたったなんて世間的にもどういう目で見られるかわからない。同情の目もあるだろうが貴族の社会はそんなに甘くない。それに社交界にもろくにでていない令嬢となると余計噂は勝手に足が生えて独り歩きするだろう。

そんなことになってしまっては後でユーリウス様がどんな目に合うかわからない。あそこに嫁ぐと死んでしまうなんて噂が立ってしまったらもうユーリウス様は結婚出来なくなってしまう。


しかしこの話はあくまで私が婚約を望まれたらという話である。本当に名前だけの婚約者なら別に私が死のうが替えはきく。できるだけ心配……はしてくれる可能性は低いけれど、かけたくは無いので病気のことは私だけの心にしまっておこう。2年間伯爵家の誰にも気づかれなかったんだ。あと半年くらいどうってことない。



かたんと馬車が止まった。

まだつく時間ではない。どうしたのだろうかと訪ねようとすると、従者が一人扉の戸をたたいた。


「どうしたのですか?」


「いえ、不安に思うことは何もございませんが、そろそろ昼食の時間ですので。本当は侍女の仕事のようですが貴方様はお連れではないようなので失礼ながら私が聞かせていただきました」


侍女すらもつけていない私をどう思ったのか。けれども従者にとっては何気ない質問だったかもしれないが、久しぶりに心配というものをされ、心がふわりと温かくなった。しかし、心配してくれたにもかかわらずこの体は食事を受け付けない。


「今は大丈夫です。せっかく尋ねて下さったのに申し訳ありません……」


少し酔ってしまっているのと、体の痛みで食事の気分ではなかった。それに今食べると必ず咳き込んでしまう。次咳き込んでしまうと今持っているハンカチすべてが血で染まってしまう。


「いえいえ、必要なときはいつでも言ってくださいね。前のドアをたたけば気がつきますので」


断ってしまった私に、にこりと微笑んで従者はまた前の席へと移動し、馬車が動き出した。


◇◇◇


もう一度馬車が止まる。外の景色が明らかに華やかになっている。王都という言葉が頭をよぎった。ということはどうやら着いたようだ。

ついた以上公爵様やユーリウス様を待たせるわけにはいかない。そう思い。ドアを開けた時だった。


「フェリシア!!」


耳に心地よいバリトンボイスが聞こえたかと思うと私の視界は遮られていた。と同時に何かに包まれるような感触がした。どうやら私はこの声の主に抱きしめられているようだ。今の状況がわけが分からず混乱する。


この日、フェリシアの新しい生活は始まった。


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