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当て馬女子の受難の日々  作者: 雨野
幼少期
20/20

母達のお茶会

閑話



 本日、学園の初等部では授業参観があった。

 その後お茶をしよう、と一華と拓馬の母は予定を立てていた。

 子供の友達も、その母も一緒に。

 

 メンバーが集まるまで、鉄棒で一華と拓馬が遊んでいるのだが…



「一華ちゃん、お願いがあるんだけど…」

「絶対イヤ」

「あふぅ…すげない…!」


 拓馬の手には…ロープと本が握られている。

 なんの本だろう、と一華が覗き込むと。『初心者向け・SM…』まで読んだところで視線を逸らした。


「ここにね、縛り方が書いてあるんだけど。難しい漢字が多くて…ね?」

「ね?じゃないわ…」チラッ


 拓馬が開いて見せるページには、亀甲縛りのやり方が書かれていた。

 一華は一瞥して頬を染め、その反応に脈アリ!と拓馬の目が輝いた。



「「……うふふ」」


 拓馬の母は大量の冷や汗を流し、一華の母は目から光が消えていた。


「……そういえばあなた、女王様なドSキャラを演じたことあったわよね…」

「…ドラマで、ね…独身の頃…」

「スポンサーの一つが…旦那さんの会社だったかしら…?」

「………そうね…」

「「…………」」


 それは沖原夫妻の馴れ初め。

 ドラマに出演したことが切っ掛けで、現在の旦那より猛アプローチをされたのだ。

 あれは役で、自分はドSじゃない!という言葉も通じず…


 当時の様子が現在、息子達と重なる。



「ふー、疲れた。ちょっと休もうよ」

「そうだね。はい、椅子」

「ありが…どああああっ!!?」

「惜しい…」


 一華が腰掛けようとしたのは、地面に四つん這いになる拓馬の背中だった。

 気付かず座ろうとした辺り、一華も大分染められている気がする。


「…将来うちの息子、任せていいかしら?」

「いやいやいや?うちの可愛い娘に何押し付けようとしてくれてるの?」

「いやいや。あんなの受け入れてくれるの、一華ちゃんくらいじゃない?」

「あんなのって」

「一度は婚約話も出てたじゃない?」

「まだ純粋無垢な拓馬くんだったからね?」

「いつまでも無垢ではいられないのよ?」


 月見山夫人と沖原夫人は高校時代からの親友だが…今初めて関係にヒビが入り始めている。




「こんにちは、どうなさったの?」

「「あらあら、こんにちは〜」」


 ゴゴゴゴゴ…と静かに争っていた彼女らに声を掛けたのは、優深を連れた大橋夫人。

 優深は頭を下げた後一華の元へ走った。


「おーい、何してんだ?」

「優深ちゃんヘルプ!沖さんどうにかしてー!」

「む。邪魔しないでね」

「……三人で遊ぶぞ」

「はーい」

「チッ…」


 まあいい、機会はある…と拓馬も一旦引くことにした。そのまま滑り台に移動。

 救世主の登場に、一華母と拓馬母は感謝の念を捧げる。


「ありがとう…ございます…っ!」

「本当に…っ、なんてお礼を言ったらいいか…」

「え?え?えーと…どういたしまして?」


 優深母は話について行けない。当然である。


「やはり世代の違いかしらねえ…」

「何仰っているのですか、まだまだお若いですわ」


 二十後半の二人に比べて、優深母は四十前半。成人した娘がいるのだ、世代の差は仕方がない。


「立派な娘さんを育てられて…女の子の育児を教わりたいですわ」

「優深くんも優しくて冷静で…うちの拓馬ときたら…」

「あらやだ、そんな…一華ちゃんも拓馬くんも、とってもいい子じゃありませんか」


 子供を褒められ、優深母は両手を頬に当てて照れた。

 母達は子供達に目を向ける。



「きゃーーー!?なんで下にいるの!」

「やだなあ、一華ちゃんが怪我したら大変でしょ?」

「お前それ、蹴られたいのかパンツ見たいのかどっちなの?」

「あわよくば両方」

「助けてお母様ー!!」


「「「………おほほほほ!」」」


 滑り台の上で、スカートを押さえて絶叫する一華。

 ゴール地点で待ち構える拓馬。

 そんな拓馬の背中を蹴飛ばす優深。

 母親達は笑って誤魔化した。




「あーーー!俺も混ぜてっ!!」

「こーら楓、ご挨拶は?」


 今度は母親にがっちり手を握られている楓登場。

 元気に「こんにちはっ!!」と挨拶をした後、ダッシュで遊びに行った。


「いーれーてっ!!」

「また邪魔が増えるぅ…」

「楓ー!こっちこっち、一緒に滑ろう!」

「この人数だったら、砂場行こうぜ」

 

 子供は元気に駆け足で移動。

 母親は笑顔で見送る。


「本当に楓くんは元気ですねえ」

「おほほ、お恥ずかしい…ちょっと自由に育てすぎちゃったかしら?」

「いいえ、子供は元気が一番ですもの」


 遅くに楓を授かった楓母、同世代の登場に喜ぶ優深母。


「優深くんと一華ちゃんには、本当に感謝してますの。親として情けないですが…楓に嫌われるのが怖くて、ずっと現実から目を背けていましたから」

「何を仰いますの。楓くんは性根が真っ直ぐな良い子じゃありませんか」

「(うちの拓馬と違ってね…)」


 育児に正解は無く、皆試行錯誤を繰り返すもの。

 ただ優深と一華は人格がほぼ出来上がっていたので、そりゃ他の子に比べれば楽だったろう。



「おっきい山作ろうぜ!」

「私、万里の長城作りたい」

「なんだっけそれ?」

「中国にある遺跡…かな」

「よし楓、お前を水汲み係に任命する。超重要な役目だ、できるな?」

「おお…!任せろ!」


 楓は満面の笑みでバケツを手に走った。


「優深ちゃん…」

「…ごめん。アイツの純粋さを舐めてたわ」


 揶揄ったつもりの優深は、戻ってきた楓に謝罪した。



「ふふ、楓ったら楽しそう。いい笑顔だわ」

「「「(いいのかしら…)」」」


 楓母以外は、騙されやすそうな楓の将来を心配していた。




「すみません、お待たせしましたか!?」

「いえいえ、全然」


 そして最後、幸久と不動夫人の到着である。

 移動する前に、ちょっと遊んでおいでと幸久も合流。


「うわ、あんたら泥まみれじゃん」

「ユキちー!見てよ最高傑作だよ」

「いやこれからカフェに行くんでしょ。全員手洗ってきなさい」

「「「「…………」」」」


 皆遊びに夢中で忘れていたらしい。

 幸久の指示のもと水道に走る。


「こら、バケツ出しっぱなし!」

「ごめーん!」

「……何この本」

「あ、それ僕の」


 皆より一つお兄さんの幸久は、自然とリーダーシップを執るようになっていた。



「幸久くん、いいお兄ちゃんですねえ」

「ありがとうございます。最近まで塞ぎ込んでいましたが…本当に、元気になってくれてよかった…」


 そう語る幸久母の目尻には涙が浮かんでいた。

 その辺も含めて、カフェでゆっくりお話しましょうと移動開始。




 *




 キッズスペースがあるのカフェなので、子供達はそこで過ごしている。


「…それでですね。主人が言った「普通じゃない」という言葉は…全く息子に伝わっていませんでしたの」


 幸久母が語る、不動両親の本意とは。


 同性愛は浸透してきているとはいえ、やはり茨の道である。

 だからまず、自分の嗜好が一般的でないと理解する必要がある。それで「普通じゃない」と言ってしまったのだ。


「それは…その。失礼ながら、言葉が足りなかったのでは…」

「ですよね…」


 優深母の言葉に撃沈する。幸久父は口下手なタイプだった。


「息子にも「そう言ってよ!?」と怒られて泣かれてしまいましたわ。

 でもそれで…やっと親子の間に蟠りが消えたんです。一華ちゃんのお陰ですわ」

「え。一華が何か…?」



 一華の「普通じゃないとはマイナスとは限らない、悲しみには色んな種類がある」という言葉を信じて、幸久は両親と対話した。



『普通じゃなくても、全然悪い事じゃない!人を好きになるのは素晴らしい事なんだから。

 だけど、えっと。あの…近所の子のように。お前が傷付く事は、今後もあるかもしれない。

 それが…悲しくて。すまない…』



「…なんて主人は言っていましたが。よく考えれば、男女間でも問題は起きますものね。

 とにかく、私達は何があっても味方よ!と言いたかったのです…」



 世間体なんて気にするな、いつかきっとパートナーに巡り会える!

 初恋の子の家に乗り込んだのを黙っていたのも、幸久に責任を感じてほしくなかったから。等々…


 その日不動一家は、深夜まで語り合ったのだ。



「それで、聞けば一華ちゃんに後押しをしてもらったそうなんです。

 月見山さん、本当にありがとうございます。とっても素晴らしい娘さんですわね」

「まあ…」


 一華母は愛娘が褒められ、頬を染めて喜んだ。


「ええ、自慢の娘ですもの!」


 ふふふ、と和やかな雰囲気が母達に流れる。



「今は幸久が将来、どんな男の子を連れて来るのか…楽しみなんですよ」


 幸久母は穏やかに笑った。

 その話題に目の色を変えたのが、拓馬母。


「おほほ。そういえば拓馬は一華ちゃんと将来を約束し」

「おほほほほ!大橋さん、優深くんと一華はお似合いだと思いませんこと?」

「(ちょっと、何すんのよ)」

「(こっちのセリフよ。外堀埋めようとすんじゃないわよ!)」


 愛娘を変態息子に渡したくない一華母。

 二人は笑顔で火花を散らし、テーブルの下で足を踏み合っている。


「それが優深ね、珠々ちゃんという子に告白されちゃって!

 高校生になったら付き合うかも、なーんて言ってるんですよ」


 優深母は愉快そうに笑った。


「一華ちゃんモテモテですよね。

 うちの楓も大好き!将来絶対結婚する!って宣言してまして…」


 楓母は照れ笑いをする。

 一華母もご満悦だ。


「皆将来が楽しみですわ。ずっと仲良く……あら?」

「……………」


 幸久が死んだ目で歩いている。母からジュースを奪い…子供達の輪に戻る。

 母達は顔を見合わせ、後を追う。そこには…




優「おっかさああん!!寝てなきゃダメじゃねえか、メシはオラが作るけぇ!」

一「ごほ…っ、すまないねえ…」

楓「あぶー」

拓「にいちゃん…楓のミルクがもうねえよぉ」

優「でえじょうぶだ、今幸久がヤギのお乳を貰いに行ってる」

一「ごほっ!」

優「おっかさん!くそう、おとっつぁんはこんな時も賭博かい!」

楓「ふええ、うえーん」

拓「この家に売れるもんはもうねえ…にいちゃん、僕やっぱり奉公に行くよ!」

優「何言ってんでぃ!」


幸「…ただいま。今日はこれしか貰えなかった…」

優「これっぽっちかい…楓、我慢できるかい?」

楓「えーん!」



「「「「「……………」」」」」


 彼らは一体何をしているのだろうか。

 横たわる一華、その手を取る優深。

 離れた所で仰向けに転がる楓、彷徨いている拓馬。

 そして遠い目で正座する幸久。



「……おままごと、かしら?」

「おほほ…どの家庭を参考にしてるのかしら?」


 全員首を横に振る。

 よく見ると、カフェの客どころか店員までおままごとを見物していた。

 そして皆肩を震わせている。


「おとっつぁんは誰なのかしら…」


 という楓母の言葉に、皆吹き出した。

 すると…


「ん…?あっ!ちょっと優深ちゃん、外!」

「外?…あっ!」


 キッズスペースは大きな窓の近くなのだが。

 なんと偶然にも…納夢兄妹と母親が通りがかった。




「……?おわっ!?」

「?どうしたのお兄ちゃ…あ!」


 バンバン!と控えめだがガラスを叩く音がする。

 親子が振り向くと、満面の笑みの一華がいた。

 ジェスチャーで「入って来い」と言っている…



 カランカラン…


「ちかちゃーん!」

「すうちゃん!こっちー!」


 困り顔で母と聖一郎も店内へ。母は大人組に合流したのだが…


「こんにちは…?お邪魔してよかったのでしょうか…?」

「ええ、もちろん!ちょっと面白いことになってまして…」

「?」


 珠々母は優深母と一華母しか面識が無いため、戸惑いながらも仲間入り。



優「おとっつぁん!その女は誰でい、おっかさんが大変な時に!」

聖「え?は?」

拓「そんな…!若え女がいいってか!おっかさんは僕らのために、こんなボロボロになってるってぇのに…!」

聖「???」

珠「(※ピーンときた)ちょっとあんたあ!独身だって言ってたじゃないかい!?」

聖「(※ピーンときた)そ…えーと…だ、騙されるほうが悪いんじゃねえか!」

珠「キーーーッ!」

楓「うわーーーん!」

一「ああ、楓…泣かないでくれ…」


幸「………いつまで続くんだろう、これ」


 おままごとというより寸劇である。

 誰もがやめ時を見失い、どんどん話は進む。



拓「う、産まれる…っ!」

一「なんですって!?誰か、産婆さんを呼んできて!」

珠「あたしが行くわ!」

優「頑張れお前!ひっひっふー」

楓「わんわん」

聖「へっ、今度こそ男の子を産んでもらいたいねぇ」

優「おっかさん、今そんな事言ってる場合か!?」

聖「何言ってるんだい、お世継ぎを産んでもらわにゃ困るんだよ!だというのに娘ばかり…」

楓「くぅーん」

珠「連れて来たわ!」

幸「はーい…産婆でーす…。お湯沸かしてね…」



「……なんか役入れ替わってない?」

「分かんなくなってきたわ…」



 今日は優雅なお茶会になるはずだったのに。

 母達は床にしゃがんで覗き見をし、子供達は魂の演技で客を魅了する。

 見目麗しい子供達なので、内容はともかく絵になるのだ。



 騒がしくも楽しい、日常の一コマだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おままごとのシーンがとても面白いです!次の更新を待ってます♪
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