交渉
王蘭が牢屋に再び戻されたと聞いて、仁は護衛の雲垓を連れて牢屋の前へと来ていた。
王蘭はこの後宮の女とはどこか違う空気を発している。もう一度話をしてみたいと思っていると、気が付けば牢屋へ自然と足がむいていた。
雲垓に外で待つように言い、一人牢屋へと続く階段を降りて行った。
階段の降りてくる音に王蘭は、暇つぶしに書いていた落書きから顔をあげた。
そこには、見慣れた顔が仏頂面で立っていた。
「仁様、このような場所に何の御用ですか?」
「君がまた何か仕出かしたと聞いてな……ところでそれはなんだ?」
仁様は手元の落書きを凝視している。
「あっ……これは何でもありません」
私はサッと落書きを隠した。
「それよりも仁様に見せたいものがあるのですが……」
私は話をそらし真剣な顔で見つめると、仁様は少し考えてこくりと頷く。
「わかった、話を聞こう」
「なら仁様、こちらの牢に入ってください」
「牢屋に……?」
近づいて話したいと言うと顔を顰める。
牢屋で二人きりになるのに躊躇しているようだった。
「何か問題が? どう見ても私より強そうな男性です、なら何か私に何か出来るはずはありませんよね? それともこの国の方はこんなか弱い女一人に負けるような人なのですか?」
「わかった」
仁様が不機嫌に声をかけ鍵を開けて中に入ってきた。
仁様が部屋に入ってくると私は頭を下げた。
「先程の無礼な発言……申し訳ありません。この国の方を侮辱する気は無いのです。ああ言わないと仁様が入ってくれないと思いまして……」
まずは先程の言葉を謝った。
「別にいい。それで話とは?」
「えっと……もう少しこちらに来て貰えます?」
仁様を動かしてその大きな体で死角を作ってもらう。
私の体は仁様ですっぽり隠れてしまい、誰か見ていたとしてもよく見えないだろう。
「今から何をしても驚かないで静かにしていて下さいね」
私はそう注意して自分の胸元を開いた。
「お、おい! 何をする!」
仁様がいきなり服を乱した私の姿に慌てる。
「静かに! 宦官なんだから問題ないでしょ!」
声を落として仁様を睨みつける。
「恥じらいがないのか……」
少し頬を染めて視線をチラチラとあちこちに動かしていた。
私は胸の間に隠しておいた髪飾りを取り出す。
「すみません、隠せる場所がここしか思いつかなくて……私、鈴麗様からこちらを頂きました」
「鈴麗から?」
仁様の表情が変わった。
目の力が強くなりじっと見つめている。
「これが見せたいものか?」
仁様は期待外れだというように落胆した顔をする。
「これは、私達から見れば何の変哲もない髪飾り。ですが、鈴麗様と想い人の雲垓様にとっては愛を誓った思い出の品なんです。雲垓様は今、宮廷騎士として働いているとか」
大切に髪飾りを握りしめた。そんな私を見て、仁様は訝し気に眉根を寄せる。
「なぜお前が二人の事を気にする……鈴麗の事などほっとけばいいだろ。女は権力に媚びへつらってばかりだ。他人を蹴落とし、愛など無くても何とも思わない」
「そんなことないです! 鈴麗様は、確かに雲垓様を今でも好いています。でも後宮に入ってしまったからと諦めてしまっています」
「当然だろう、後宮に入ったら皇帝陛下にその身を捧げるんだからな」
仁様はそう言いながらも嫌そうに顔をゆがめた。
「そんなの間違ってる。お互い好きなのに一緒になれないなんて悲しすぎる……それにそんな中途半端な気持ちでいるなんて皇帝陛下にも失礼です!」
私の言葉に、仁様はピクリと眉を動かした。
「そうだとしても、鈴麗は諦めているんだろう?」
「はい……だけど私が諦めきれません。女だからってなんで我慢しないといけないの? 生まれたたった一度しかない人生……幸せは平等にあるべきです。それはもちろん私にも仁様にも」
そう言い切る私を、仁様は驚いた顔で見つめる。
「私にも……」
「もちろんです! 仁様だって宦官ですが、好いた方がいるならわたし、応援しますよ」
仁様は一瞬言葉を無くして目を見開き見つめてくる。私はその言葉に嘘はないと見つめ返した。
「仁様だって宦官になる前に好いた方とかいませんでしたか? 初恋とか?」
「はつこい?」
「初めて好きになる気持ちを持つことです。初めてだからどうやってこの思いを相手に伝えたらいいのかわからずに……悩んだり泣いたり……」
「恋などしたこともない」
仁様はうんざりしたように吐き捨てた。
「仁様もないんですか⁉」
「なんだ、あんなに力説してお前もないのか?」
仁様は驚く私の失言に呆れていた。
私は痛いところを付かれて「えへへ」と笑う。
「だからこそ、憧れてるんです。好きになるってどんな気持ちなんだろうって……」
私が思いを馳せるように遠くを見つめているのを仁様は興味深げに眺めていた。
「鈴麗様は雲垓様を思って命まで絶とうとしました。その行為は許せないけど、そこまでの想いは応援してあげたいです」
「私も……興味がある……」
仁様はボソッと呟くとハッとして口を抑えた。
「ですよね‼」
私は同志を見つけたと喜び、思わず仁様の手を握りしめた。
仁様は驚き固まるが私は喜びのあまりまくし立てる。
「嬉しい! この気持ちをわかってくれるなんて。ここではそういう考えは否定されるから……私、仁様に好きな人が出来たら全力で応援します‼」
するとそんな私に、仁様は少し力が抜けたように小さく笑う。
「フッわかった。だが、雲垓にその気がなかったらどうするんだ」
「それは……」
そんなこと想像したくないがあり得ない話ではない。
私は思わず顔を下に向ける。
「聞くだけ聞いてみるか……まぁ無駄だと思うがな」
「え、それって……」
仁様の呟きに、私はパッと顔を上げた。
「協力してやると言ってるんだ。お前の話を聞いて、少し考えが変わった。雲垓の奴なら知っている。聞いてやるから少しまっていろ」
「ほ、本当ですか⁉ 仁様、ありがとう!」
キラキラと目を輝かせる私に、仁様は「現金なやつだ……」と独り言にて、諦めたように笑った。そして、雲垓様を呼びに、牢を後にしたのだった。




