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1.邂逅

2017年もあとすこしですなぁ……。

 季節は11月にはいり、あれほどうるさかった虫の声はいつの間にか止んでいて辺りは静寂に包まれていた。

 校舎から離れ、山奥にぽつんと寂しく建っている小さな旧校舎の屋上に少年、上杉綺都(うえすぎあやと)は一人で突っ立っていた。

 あの日同級生に言われた言葉を聞いた日からどこか上の空だ。

 あれ以来容易に出来ていた勉強も手をつけられなくなってしまうし、話しかけてくるクラスメイト達を変に警戒してしまうのだ。


自分の思い上がりかもしれない。

だがやはり、何処かで自分を利用して利益を得ろうとしているのではないかと悪く考えてしまうのだ。

 頼りたくても頼れる相手がいない。今頃頼ったとしても相手にとって単なる迷惑になるかもしれない。


 今まで元から持っていた才能だけを頼りに生きて自分でどうにかしようとしなかった罰だと考えると妙に納得する。

 自分のメンタルの弱さに思わず呆れる。

 こんなことで、今から死のうとしている自分を殴りたくなる。




「…寒いな。」




 何も防寒具を着けずに来たので綺都は身震いをする。

 そうだ、早く落ちよう。

死んだらきっと寒くなくなるし、この心のモヤモヤも消えてしまうのかもしれない。

自分が死んでしまったとしても心の底から悲しむ人なんてほんの少しの人数かもしれない。


 綺都は自分よりも少しばかり背の高い屋上のフェンスを乗り越え、旧校舎から下の景色を覗いてみる。

三階建てなのでなかなか高い。

死ぬには充分な高さだろう。


 自殺してしまって、ごめんなさい。

心の中でそう呟き、綺都は目を瞑りフェンスから手を離して空中に身を任せた。

三階下の地面に向けて前に倒れようとしたその時。




「いいの?死んじゃっても。」




 背後から声がした。

その声に思わず綺都は目を開きフェンスを掴む。

そしてゆっくりとその場を振り返った。


そこには、見慣れない女子生徒がいた。

 長めの黒い髪を高めの位置で結んでいて、切れ長の瞳と白い肌が特徴的な光彩奪目を具現化させたような少女だ。

名札と上靴の色からして自分と同じ色なので同級生だろう。

 少女はその場であぐらをかいて呑気にインスタントラーメンをすすっているため、可憐な容姿を台無しにしている。




「誰?」




 綺都が少女に尋ねると彼女は待って、というハンドサインを送りインスタントラーメンの汁を一気に飲み干して、立ち上がった。



「問題。私は誰でしょう!」



「知りません。」



「ヒントは隣のクラ…、げぇええええええええええっぷ!!」



「ぎゃーーーー!!!!」




綺都は思わずのけぞった。




「失礼私としたことが!乙女の吐息が出てしまった!!」



「何処が乙女だよ!ただのゲップじゃねえか!!」



「乙女だってゲップくらいするわい!!」



「初対面の相手にゲップする奴とか初めて見たわ!」



「それはつまり!!」



「つ、つまり?」



「私達は初対面じゃないと言うことさ。」



「いや俺初めてあなたに会ったんですけど。」



 なんなんだこの女は。

 というか、いつから屋上にいた?

 さっきまで人の気配は無かった筈だ。



 綺都が警戒して少女を睨み付けているとその視線に気づいた彼女は顔をくしゃっと笑わせて手招きをした。



「まあまあ、そんな怖いかんばせをしなさんな。 とりあえず、こっち来なよ。そこ怖いっしょ?」



「は?」



「ほら、下見てみなよ」



 少女が言うがままに綺都は視線を下に向けた。

 下に視線を落としたと同時に



 ぞわっ



 綺都は思わず身震いしてすぐさまフェンスの内側へと移動した。

 冷や汗が止まらない。

 手足が小さく震えている。

 さっきまでは全く怖くなかった筈なのに、震えが止まらない。

 自分はさっきあそこで死のうとしていた。

どうして高所恐怖症の自分があんなことできていたのか、今考えれば自分は死に誘われていた様な感覚がして背筋に悪寒が走った。

 あまりの恐怖に綺都はその場にしゃがみこんだ。




「本当に死にたいっていう人はさ、君みたいにそうやって躊躇わないんだよ。動きを止めることなく死んでいくんだよ。」



「………………。」



「今怖がっているってことは、君は死ぬべき人間じゃない。」




 何も言い返せなかった。

あの上から見た景色が、地獄に繋がっているかのような深い深い谷に見えた。

 少女は静かに綺都の隣に座り綺都の背中を優しくさすっている。

 冷や汗がまだ止まらない。

 あの落ちようとしていた感覚が忘れられない。

 もしも彼女が声をかけてくれなかったら今頃自分は………。




「…ありがとう。」




 綺都が蚊の鳴くような声で言うと少女はにっと笑った。




「死のうとしていたなら、何かよっぽどのことがあったの?」



「………。」



「あはは、いいよ無理して言わなくても。」

 



 綺都は大きくため息をついて、口を開いた。



「俺、今まで苦労しないで生きてきた。自分でいうのもなんだけど、出来ないことが無いんだ。だから、何しても結局は完璧に終わるから、何も考えずに生きてきた。」



「いいねぇ、羨ますぃぃね。」



「でも、違った。考えていないんじゃない、考えられないんだ。

 自分のことがわからない、好きなものがわからない、嫌いなものがわからない、……頼れる人もいない。」



「なんで?上杉くん友達いっぱいいていつも人気者じゃん?」



「あれは、勝手に寄ってくるだけだ。感情がよくわからない俺に友達だと思われたら、皆が可哀想だよ。」



「先生とかは?あ、家族は?」



「姉さんがいる、けど…これ以上心配かけたくない。」



「友達、一人もいないってこと?」




 綺都が小さく頷くと少女背中をさするのをやめて綺都の背中をそのままおもいっきり叩いた。




「いっで!!」



「なら、私が友達になろう!!親友になっちゃる!」



「……はい?」




 ジンジンと痛む背中を押さえながら綺都は彼女を見上げる。




「生きてて楽しくないなら、これから私が生きる楽しみをおしえてやるよ!上杉くんに頼られる相手になってあげるから」



「な……」



「じゃあ今から友達な。私、神崎美織(かんざきみおり)。神崎でいいよ。」



 そう言って綺都の手を握り、屋上の入口の扉まで走っていく。

 彼女の手は、暖かかった。



「神崎さん、どこにいくつもり?」



「とりあえず二人で一緒に授業サボってましたって自首しにいこう!」



「はっっっ!?」



「大丈夫大丈夫!赤信号二人で渡れば怖くない、だよ!問題ナイナイアンサーだよ上杉軍曹!!」



「問題おおありだろ神崎少佐!!!??」



「いやー今日テスト返しだったから逃げてきたんよ。そしたらサボり仲間いるしそれが優等生の上杉くんだったから少しはペナルティ減らして貰えるかもしれないしね!!」



「ふざけんな!ふざけんな!」



「二人で堕ちようぜぇぇぇえええ!!!」



「俺ちゃんと体調悪いって言ったし!サボってないし!」



「嘘ついてんじゃんはいサボりーゴートゥーザヘル」



「くっっっそ力つええなおいっ!!!」



「我は善き友をもったわい。」



「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ーーー!!!」




 新たな七不思議が出来た。


 それは旧校舎から校舎の玄関にかけて何者かに引きずられていくような足跡があったというものだ。

 そしてその足跡の主であろう少年の悲鳴を、ほとんどの生徒が聞いていたという。

その悲鳴の主は未だに解明できてないという。





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