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第53話

「……」

「……」

 アルナの為の私室までの道の廊下でアルナとセリカは無言を貫いていた。

 アルナはどうにかこの雰囲気を変えようと思って口を開いた。


「ねぇ、セリカ?」

「なんですか?」

「あの、その……えっとね……」

 珍しく狼狽気味にアルナを見てセリカはくすっと笑う。

「落ち着いてください」

「……うん、そうだね」


 セリカにそう促され、アルナは深く深呼吸をする。数回繰り返すとようやく落ち着いたのか挙動不審な所も無くなった。

 着崩された衣服を少し直し、真剣な表情でセリカの手を握り、目を向ける。


「もし良かったら俺と一緒に旅に行かないか?」


 プロポーズは既に済んでいるというのにまたプロポーズのような言葉を使うアルナは前の時よりも顔を真っ赤にしていた。

 そんなアルナを見てセリカは少し驚いた顔をするがすぐに平静に戻る。


「何言ってるんですか?」

「……へ?」


 少し馬鹿にした声音でセリカは言う、一瞬何を言われたのか分からなかったが徐々に言葉の意味を理解し、ヘコむように項垂れる。


「私が一緒に行くのは決定事項ですからね!」


 堂々と胸を張って言い放つセリカはキラキラ輝いて見えた。アルナはセリカの迫力に驚きを隠せないが、同行してくれるのはとても嬉しいし、愛する人が近くにいるのはとても安心する。


「そうだよね、何言ってるの?なんて言われた時は泣きそうになったよ……」

「ふふっ、ちょっとからかいたくなっちゃって……ごめんなさいね?」

「セリカの可愛さに免じて許してあげるよ……まったく」


 クスクスと口元に手を置いて笑うセリカを見て、さっきまで心に渦巻いていた悲しみが晴れた。


 冗談でもやめてほしいよ、心臓に悪いし……


 死への恐怖は薄いのに対し恋への恐怖は闇のように深いようであった。



 そんな会話を数回繰り返しているといつの間にかアルナの私室に着いた。


「ふわぁぁあ……うーん、少し眠いかな……」

「あ、そういえば……ディスヘイトさんと体を入れ替えてる時って休息してるんですか?」


 当然の疑問をセリカは今頃になってアルナに問う。部屋を出る前は魔力の暴走によって書類や資料が散らかっていたが使用人の人が片付けてくれていた。それにベッドもシーツやら全部替えてくれて清潔感に溢れていた。


「うーん、ディスヘイトが念話してこない限り、意識は途切れてるよ。今もディスヘイトは寝てるし」

「そうなんですね……じゃあアルナくんもゆっくり休んでくださいね」


 綺麗になったベッドに腰をかけた話をしていたがセリカの言葉を皮切りにアルナは横になる。


「……うん、おやすみ。セリカ」

「はい、おやすみなさい、アルナくん」


 アルナは目を瞑る、数分後アルナからは安眠を知らせる緩やかな呼吸が聞こえてきた。

 ベッドの傍にある椅子からアルナの様子をずっと見ていたセリカは安眠しているアルナを見てホッとしていた。


 流石に無理しすぎです、アルナくん……


 今までの言動等を省みると普通の人間とは思えないほどの活躍をしていた、神の使徒だから何でもありに見えがちだが……。

 それにエルフの人々を丁寧にそして完璧に治す姿は神様のようだった。エルフの国に着いてから魔力の使用が特に多かった、魔力欠乏になるのは当たり前だ。


「本当にありがとう、アルナくん。これからもよろしくね」


 ボソッと呟き、セリカはアルナの頰に軽くキスをする。

 その瞬間アルナはとても嬉しそうな表情をするのだった。




 ーーーーーーーーーー


 2つの椅子と紅茶の乗っているテーブルがある真っ白な空間には2人の男女が座っている。

 言ってしまえば、アルナの夢……いや意識の中である。


「体の調子はどうだ、アルナ」

「ん?少し魔力が回復したから前よりはいいかな」

「そうか、それは良かった」


 ディスヘイトはアルナの体の様子を気にしていたのだ、なんせアルナの体調の変化は半分が彼女のせいであったからだ。

 今までなかった自我が既に芽生えた自我に入り込み二重人格として生まれ変わるのに順応するように魔力が多々使用された、普段から無意識に魔力を消費し続けているアルナにとっては拷問に近いものであった。

 それを自覚しているディスヘイトは申し訳なさそうに顔を俯かせている。


「あまり気にすることはないさ、元々魔力は多かったし……ね?」


 俯くだけではなく目尻にも涙を浮かべているディスヘイトの頭を撫でるアルナ。

 こうしてみるとますます魔王とは似ても似つかない姿をしている、恐れるよりも守ってあげたいという気持ちの方が強くなる気がするのは気のせいでは無いはずだ。


「そういえば今は睡眠中か?」

「そうだよ、魔力回復の副作用みたいなのが出たのかな」

「ああ、頭痛とか眠気か?」

「そうそう、それそれ」


 当たり障りのない普通の会話をしている神の使徒と魔王。


 普通のファンタジーならこんな光景はないよなぁ……


 そんな事をふと思っていると、

「魔族についてアルナはどう思う?」

 突然ディスヘイトは切り出してきた。


「……そうだなぁ、ディスヘイトは俺のステータス見れるから驚かないと思うけど。神の使徒目線から言うと消し去るべきだと思う。」


 少し悲しそうに目を伏せるが、目には決意の炎が灯っている。


「でも、この世界の1人の人間として言うなら共存の道も無くはないと思うよ」

「え!?ほ、本当か!アルナ!」


 首根っこを掴み突然迫ってくるディスヘイトをみてアルナは驚きながらもようやく気づく。

 きめ細やかな肌に今にも射殺さんとする目は少し目尻が下がっていて、おっとりとした雰囲気が出ている。

 先程はアルナの体だったから分からなかったが、今は元々の身体が再現されてる、その為女性らしい凹凸が見て取れる。スレンダーな体はより美しさを醸し出している。

 思わず喉を鳴らしてしまうが、ディスヘイトは気づかない、暗中模索し続けてきた目的がやっと見つかると思い興奮しているからだ。


「ちょっ!ディスヘイト!?ち、近いって!」

「……え?あ!ご、ごめんなさい……」


 自分が何をしていたのかようやく理解したのかしぶしぶであるが離れていく。

 アルナは首元を直しながら先ほどの続きを話す。


「まあやっぱり実力主義の考え方を辞めさせないとキツいけどね……」

「やはりか、どうしてそんなに力に縋るのか……」


 アルナは憮然とした態度でディスヘイトの小さな呟きに反応し、そして答えた。


「そんなの簡単さ。自分の存在価値を示したい、自分より弱い者を作る事で優越感に浸りたい……そんなものさ」

「むー……面倒なものだな」


 ディスヘイトは過去を振り返るような眼をしているが、そこに哀愁が漂うのを見逃さなかった。それにまだ何かを隠している、そんな気がしてならなかった。


「……それよりディスヘイト、君は何か隠してないか?まだ言えない事でもあるのか?」

「…………」


 図星過ぎて無言になってしまうディスヘイトを見てアルナは苦笑を禁じ得ない。


「ああ、別に話せないなら話さなくてもいいよ?

 隠し事が多い女性は美しいって言うし……ね?」

「なッ!?な、何を言ってるんだ……お前はっ!」


 アルナの言葉に驚きを隠せずに動揺して顔を真っ赤に染めている。

 普通にアルナは恥ずかしい言葉を使う事に気付かない鈍感野郎なのでどうしてディスヘイトが恥ずかしがっているのかよく分からない。


「取り敢えず、俺はもう少し安眠を取るとするよ」

「私の方が長生きしているというのにやり込められてるのが否めないわ」


 やはりアルナと2人きりになると安心するのか普段の女性らしい口調が自然と出てきてしまう。


 アルナはそれだけ言うと夢の世界から出て行く。ディスヘイトは名残惜しそうな顔をしているが、何処かすっきりした爽やかな笑顔を浮かべていた。



今日は2話投稿します。次話は13時頃になります。

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