第52話
「……さて、我の話したい事は終わりだ。」
ふう、と息をはいて一口飲み物を飲んで口を潤そうとするが既に飲み干したのを忘れていた。
苦笑しつつセリカはシトリーが用意してくれていたポットからハーブティーを注ぐ。
ありがとう、と一言だけ言い、冷まさずに飲むのであつっ!と小さく悲鳴をあげる。そんな和やかな雰囲気を浴びて意識せずとも笑みが零れる。
「ん?アルナか……そろそろ変わるか?…………ん、分かった。」
いきなり大きな声で独り言を言い始めたかと思うと、アルナの纏う魔力の質が少しずつ変化している。
まとわりつくような粘着質な魔力から純粋で綺麗な魔力に戻って行く、魔力の角やマントも消え失せた。
「……ふぅ〜、どうだった?ディスヘイトの話。」
「自分の認識を改められたよ……怒鳴り付けて悪かったね、アルナくん」
「全然平気だから、気にしなくていいよ」
いつものアルナに戻り、少し緊張が薄れた。魔王と対峙するのはかなり気力を使ったようで若干やつれているように見える。
エレンに関しては自分の非を認めて謝っている、きっとこの素直なところにオルターは惹かれたのかな?なんてアルナは考えている。
しかし、そんな思考も横にいるあの子によって現実に引き戻される。
「ねぇ?アルナくぅん?ひとついいかなぁ?」
絶対零度と言われても過言ではない程の冷たい眼をアルナに向けるのはセリカ。背筋にゾクリと悪寒が走る。
ギシギシと機械のように頭をセリカの方に向ける。
「な、ナンデゴザイマショウカ?」
「ディスヘイトさんだっけ、彼っていうか、あの子は女の子でしょ?」
「……へ?」
片言になるほどのプレッシャーを放つセリカはアルナにとって全く予想もしない事を話し出した、その為気の抜けた声が出てしまう。
「は?……アルナ?」
「嘘でしょ……アルナくん……」
「それはないよ〜、鈍感というかなんというか……」
セリカに続き、アメリアやオルター、それにエレンも心底呆れたような声で言う。
(おい、アルナ。本当に気づかなかったのか?)
「おわぁぁっ!?なに!どしたの!」
頭に直接訴えかけるような声が響き渡る、声の主はディスヘイト。言ってしまえば念話になるのではたから見ればでかい声で独り言を叫ぶ気持ち悪い人である。
しかしアルナは念話だとすぐに気づき、頭の中で会話を始める。
(我は女だぞ!なぜ気づかないのだ!威厳を保つ為に無理やり口調を変えているだけなのだ!)
(えぇ!?全然気づかなかった……ごめんね?)
(……仕方がないな、今度から気をつけなさいね?)
(はい……気をつけます)
「どうしたんですか?そんなコロコロ表情を変えて……気持ち悪いですよ」
念話のため、周りに会話が届いてはいないので、何をしているのか不明で気味悪い感情を孕んだ容赦ないセリカの言葉にぐふっと心を貫かれるような感覚に陥るアルナ。
「い、いやぁ……ディスヘイトにも怒られて……私は女だってさ。」
「……私に何か言う事ありませんか?」
「え?何かって……ひっ…………」
とぼけたわけではないのに濃密な殺気を放ってくるセリカはアルナから見れば鬼の形相をしている。そんな事を言えば火に油を注ぐようにセリカの不満は爆発するだろう。
もっとも、当事者のアルナは何の事だか本当に分かっていないようだが……
「……私の他に女の子誑かしておいて何言ってるのよぉ!」
パシンと小気味の良い音が部屋中に響く、アルナの頰には軽く紅葉の跡が。セリカにビンタされたらしい。
「……何言ってるのさ、俺はセリカ一筋だよ?」
「ん、ひゃっ……何言ってるのよ……もう!」
叩かれた手を両手で包み込むアルナは上目遣いでセリカの顔を覗き込むように見る。そんな仕草にドキッとしたのか頰を染めるセリカ。
コホンとわざとらしい咳払いをするのは誰であろうか、あの人しかいるまい。
「人前で、いちゃつくな……まったく!」
「「……ごめんなさい」」
アメリアに怒気を過分に含んだ声で怒鳴られる。オルターとエレンに関しては呆れた表情で飲み物を飲んでいる。
「この国にも長く滞在し過ぎたかな……」
ボソッと小さく呟いたアルナの言葉を聞き取ったセリカや他の3人は目を見開き、「え、なんで?」と言う表情をして固まっている。
あれ?もしかして聞かれちゃった?
「俺の目的はこの世界を見て回る事なんだ、元々はクレトリア王国の東の都市に行くはずでね……多分今頃大騒ぎになってるかも…………」
「どうして?何故大騒ぎになってると?」
「俺は国王とギルドマスターの勅命を受けて、ダンジョンの攻略をする事になってるんだ。」
結構重要な事をさりげなく話し出すアルナ。王命をすっぽかしてエルフの国内事情に巻き込んだ責任は計り知れないと冷や汗をかき始める、そんな心情を読み取るかのようにアルナは、
「……ああ、別に気にしなくていいよ。王命とは言っても期限付きじゃないし、あの人なら同盟国としてよくやってくれたなんて言うだろうし」
アルナの言葉にオルターはくすっと小さく微笑むように笑う。
「そうね、ノワール君なら絶対言うわね……ふふっ」
「それに父さんだって同じ事を言うさ、きっと前と同じように助太刀を入れただろう。」
血筋か、とオルターは呟くのをかろうじて聞いたアルナは父親と同じ戦闘狂扱いを受けてぶすっと皮肉れるようにそっぽを向く。
「え?アルナくんは充分に戦闘狂だと思うわ、ねぇ?あなた」
「そうだね、オルター。君は少し自重した方がいいんじゃない?」
「……う、うるさいなぁ……これでも気をつけてるんだけど」
「「「それはない!」」」
セリカ以外の3人から集中口撃を浴び、項垂れるアルナ。流石に可哀想だとセリカはアルナを両手で包み込むように抱き締める。
「で、でも私は……君を信じてるからね?」
「……セリカ…………ありがと……」
アルナとセリカを中心に甘ったるい雰囲気が醸し出し始めるのを見てアメリアは胸焼けをするかのように渋い顔をし始める。
可愛い顔が台無しだよ……
アルナはそんな事をアメリアを見て思う。
ぎゅうっと締め付けるように抱くので流石に苦しくなってきた、セリカは力の加減が下手くそなようでアルナの小さい体はギシギシと悲鳴をあげている。
ちょっ、やばいって……痛っ!?
「せ、セリカ?ちょ、ストップ!後で俺からしてあげるからストーップ!」
「……うぅ、分かりましたよぉ……約束ですからね!」
「は、はいぃ……」
結構恥ずかしい言動をしている事に気づかないアルナとセリカ、お互いの事になると周りの目を気にしなくなる所があるようだ。アルナは若干気づき始めているようだが、セリカの迫力にしぶしぶ頷かされている。
「いたたっ……それで、明日にはもう出発しようと思うんだ、ディスヘイトの事もノワール国王に報告しないといけないし……」
アルナ自身も旅に出たいと思う反面、このままエルフの国で仕事をすっぽかしてセリカと2人でゆっくり過ごしたいと思っている。だがやはり『王国王室軍事名誉顧問』の肩書きを持つ以上勝手な行為は出来ない。
「それに俺は国王直属部隊を率いる身だから」
「「「は!?」」」
言わなかったっけ?
「そういえば、最近妙に書状が多いと思ったらそう言う事ね……あなた、それにアメリアとセリカもよく聞いてね。」
なにかを思い出すかのように眉間に手を置き、うーんと唸るような声を出しつつ話し始める。
「クレトリアのノワールくんは王国に代々伝わる英傑ばかりを揃えた部隊を再興したの……それで多分アルナくんがその隊長なのだわ」
「「なっ!?」」
「あー、そういえば冒険者の人たちが騒いでましたね……アルヴアート家のみで構成された歴代で最も最強だーなんて」
セリカの何気ない一言が3人を氷漬けにした。
「も、もう勝てる人いないんじゃ……」
「……《剣聖》に《戦乙女》を筆頭に《聖騎士》、《精霊に好かれし者》……それに《古代を司る者》がまとめる部隊なんて大軍同等の戦力じゃないか」
国王に貰った二つ名は国外にも知れ渡っているしエルフの国なんて英雄として崇められている。
アルナ自身も自惚れるわけじゃないがこの5人に相当する人は正直言っていないと思うし、いたとしても父さんと母さんが潰してしまいそうだ。
それは置いておいて、話を戻す。
「まあ、そういうことで俺はまた旅に出ようと思います。」
「え?そんな自由なのかい?」
「うん、今は休暇というか仕事前の休みというか微妙な感じだけど国王が休めと言うんで休んでるんだ」
よく分からないという表情をするエレンにアルナは渋い顔をしたがセリカはそれを見逃さなかった。
「これからが、大変って事ですか?」
「そうなんだよ〜、こき使われるからね……今のうちに休みを満喫しろって事なんだろうね」
そのタイミングでふわぁぁと可愛らしい欠伸をしたアルナだった。欠伸をしたので目尻に浮かぶ涙をそっと拭いて目を擦る。今日も多量に魔力を使用したり回復したりしたのでまた疲れが溜まったようだ。
4人は即座に目配せをしてある一つの決定を下す。
「昼寝でもします?」
「そうだよ、アルナくん……悪かったね無理させて……」
「もし明日に出発するならゆっくり休むといい。」
「そうだぞ、セリカ。連れて行ってあげな」
いきなり揃った意見を聞き驚きに身を固くするアルナ、何か裏があるのではないかと警戒するが、セリカの美しい裏のない笑顔を見てそれはないかと安心する。
「じゃあ、お言葉に甘えるとしようかな……セリカは一緒に来る?」
「そうですね、じゃあアルナくんが寝るまで一緒にいます。」
「じゃあまた夕飯の時に……ね?」
悪戯な笑みを浮かべるオルターに身震いするが、敢えて何も言わずにアルナとセリカは退出した。扉を開けた時にシトリーや他の使用人が食堂内に入っていき、ティーカップの片付けを始めて行った。
オルターは使用人を集めると
「さあて、私たちはあの準備しましょうか」
「「「はい!」」」
エルフたちは何かある準備をし始めるのだった。
次回は2日後くらいに投稿します。




