第51話
「俺の体内には“魔王”が眠っているらしいんだ。」
アルナは真剣味を帯びた声で話を切り出した。ガシャン、と何かが割れる音がする、その方向にいるのはオルターでティーカップを地面に落としていた。エレンも何故か体を震わしている。アメリアとセリカは驚きに体を動かせずにいた。
「な、何事ですか!陛下っ!」
「ううん、何でもないわ。ディーカップを落としただけよ……それにまだ話は終わってないから、入って来ちゃダメよ」
「勿論でございます。」
食堂の外に待機していたシトリーが割れた音に敏感に反応した、しかし陛下の命令なので入る事が出来ないので若干心配しているのだが……
オルターは外の反応を押しとどめて話を促すように口を開く。
「……冗談ではないのね?」
「俺はここで冗談を言える程の度胸は持ってないです。それに彼、ああ、魔王は敵対は望んではいない。」
ダンっ!とテーブルを思いっきり叩いたような鈍い音が響き渡ったかと思うと、
「……何を言っているんだッ!魔族が敵対を望んでいないだと…………ふざけるのも大概にしろッ!」
なんと、唐突に怒りを露わにしたのはエレンだった。常に冷戦沈着な彼の豹変ぶりと怒りに呆気をとられるセリカとアメリア。アルナは薄々気付いていたようであまり驚いていない。
「僕の家族は魔族に殺されたッ!何もしていないのにも関わらずだッ!」
怒りで自制心が無くなっているのか、自分の身内の、それも悲しい話を切り出してきた。
オルターは夫であるエレンの座る椅子の後ろに来て肩をポンポンと軽く叩く。自分の失態に気づいたのか少しは落ち着き、荒々しくなった雰囲気は幾分か和らいだ。
「第25代魔王、ディスヘイトの名を聞いた事は?」
今まで話に受け身になっていたアルナは、エレンの話に一区切りがついたとみて話始める。
「……ないな。」
「私もない。」
「私もないです、アルナくん。」
エレンと、アメリア、セリカは聞いた事がないようだ、しかしオルターは昔を思い出すように首を傾げて考え事をしている。
「わ、私は古い文献で見た事が……魔族では珍しい魔属領で善政を敷き、人族とも平和協定を結んだ魔王だと…………まさかっ!」
オルターは、はっとした。何故このタイミングで彼の名前が出てくるのか……
「そう、文献の通り、彼はとても優しい魔王だった。オルターが何を感じたのかは分からないが、俺に眠る魔王はそのディスヘイトなんだ。」
アルナは若干ではあるが、嬉々とした声音で話す。自分に眠る魔王について知っていて嬉しかったようだ。
「それで?……それがなんだと言うんだい?」
「今から彼に主導権を渡すから、話だけでも聞いてほしい。お願いします……」
エレンは今までの柔和な笑顔を消し、憮然とした態度を取り続ける。アルナはどちらかが譲らないと話が進まないと感じ、頭を下げる。アルナの突然の行動にエレンは目を瞠るが、態度を変えるつもりは無いと何も反応はしなかった。
「父さん……」
「お父さん……」
娘たちも縋るような目を向けるので、エレンは折れた。実の娘にはやはり父親は弱いものだ。
軽く溜息をつきながら言う。
「しょ、しょうがないね。アルナくんと娘に免じて話は聞くよ……」
「ありがとうございます、義父さん。じゃあ……」
お礼を言うと、目を瞑り何やら魔法陣を自分の足元に展開していた。今まで長い間生きてきたが見たこともない魔法陣の形を見て、好奇心で我を忘れかけるエレンとセリカ。そんな2人の様子を
カチッと何かがつながるような甲高い音が周りに反響したかと思うとドス黒い光がアルナを包み込む。昨晩アルナから放出した魔力と同じ反応である。
「……っ!?」
「くっ……!」
「…………」
アルナの純粋で綺麗な魔力から打って変わり、粘着質で身体にまとわりつくような嫌な魔力波を放出し始めるアルナ、いやディスヘイト。雰囲気の変化に臨戦態勢を取るように皆が椅子から立ち上がり、魔法を待機している。
アルナの頭には2本の立派な天を貫かんとする角が生えるように、そして代々魔王に伝わるとされる派手な刺繍が施されたマントを羽織るように魔力が操作され、創り出される。
「……うむ、この体は我に適正すぎるな。ん?貴殿らがアルナの言っていた者達かな?」
あまりのフランクさに呆気をとられる4人。魔王という者だから、独裁的で力に溺れるような性格のひん曲がったクソ野郎が出てくると思ったのだろう。「我の力にひれ伏すがいいっ!」みたいな……
「我の名はディスヘイトと言う。エルフの王族の方々、どうぞよろしく。」
丁寧な言葉遣いで、挨拶を始めるディスヘイト。そしてお辞儀の為に頭を下げる。アルナの身体でだが……そして握手を求めるようにエレンに向けて手を差し出す。
「なっ!」
エレンは驚きに身を固くしている、仮にも一国の王だったものが軽々しくとっていい行動ではない。実力主義を掲げる魔族は気に入らない者を切り捨てる概念を持つ。それに握手とは相手と対等であると認める意味もある。その為、他の3人も驚きを禁じ得ない。
「何を驚いているのだ?」
「え?い、いや、魔王と呼ばれた人がそんな簡単に頭を下げていいのかい?」
4人が目を見開き、何も言ってこないので怪訝な顔をしてディスヘイトが疑問を口にしたので、代表でエレンがその疑問に答える。魔王と言う割に腰が低いのでもう憮然とした態度を取るのはやめていつもの接しやすい口調に戻っている。
「何を言っているのだ、初めて会う人に挨拶をするのは常識だろう?」
明らかに魔王を名乗っていた魔族の口から出るセリフではない。
「……あははっ、ふふふっ、……はぁ~、僕がバカだったみたいだ。」
人当たりの良さを間近にしてエレンは笑みを浮かべ、大声を出して笑う、笑い泣きもしているくらい笑っている。それに釣られてじっと様子を見ていたオルターやアメリア、セリカもふふっと軽く笑みを浮かべている。
「どうしたのだ?」
「い、いやあ、なんでもないよ。改めて……僕はエレン、エレン=エルトネーゼ。よろしく。」
「こちらこそだ、エレン。」
「いきなり呼び捨てかい?まあいいが。」
ひとしきり笑い、目尻に浮かんでいた涙を拭くと自分の名前を言い、手を差し出し、ディスヘイトの手を握る。エレンの魔族に対する偏見が緩和した瞬間だった。
「それで?話とは何だったんだい??」
一通り顔合わせが終わったので、エレンはアルナに言われていた話を思い出す。魔王の、ディスヘイトの話を聞いてほしいという話だ。
「そういえば、そうであったな。……少し長くなるがいいか?」
「勿論よ、その為に私達は集まったのだから。」
ディスヘイトの話を聞く態勢になる4人。アルナが飲んでいたティーカップに口を付けるディスヘイト。口を潤してからよしっと両頬を両手で気合を入れるようにパシンと叩いてから話し始める。
「我の前魔王は今までで最強と魔族内で謳われたノースヘル、まあ我の父なのだが。父は老衰で200年前ほどに帰らぬ人になり、血族である私が……いや我が後を継いだのだ。父は人族や亜人族と融和を計り計画を立てていたので我はこの計画を遂行しようとしたが……やはり実力主義の魔族どもはこれを認めなかった。身体の弱い、それも純粋な力を持たない人族とは馴染めないと突っぱねられた。…………」
時折父の話をするディスヘイトの顔は悲哀に満ちていた、父の事を慕っていたのだろう。
時間にして約30分、200年前の魔族の状態や現状の魔族の推測、どうしてアルナの中に入り込んできたのか事細かに話してくれた。
所々話がずれたりしたのでまとめると……
第24代魔王ノースヘルと第25代魔王ディスヘイトは血のつながった家族同士。ノースヘルは歴代最強と謳われるが人族の領土へ侵攻ではなく融和を図った。
しかし他の魔族たちはこれに反対。そのままノースヘルは老衰で亡くなる。その後を継いだのがディスヘイト。ノースヘルの計画を完遂すべく魔族領の民に喚起したが、肯定側の改革派と否定側の停滞派に分かれ抗争が勃発。ディスヘイトはこの混乱状態になった民を一喝しようと魔王城と呼ばれる魔王の為の城の城下に民を集め、魔力を多々含めた咆哮を放つ、「貴様らは何に忠義を尽くすのだ」と意を込めて。この咆哮にある者は恐れた、ある者は失神した、ある者は耐えた、ある者は反逆を起こそうとした。
魔王に就任した時は150歳だという、そして200歳になるまでひたすら、どうすれば融和できるのか、何故恐れられてしまうのか、どうしてお互いを認め合えないのか……改革派の魔族や自分の親類と考えた、いや考え尽くしてしまった。
そんなある日、反乱が起きた。綿密な計画だったのだろう、停滞派は一切ミスをする事無く改革派を潰していった。改革派の一端を担っていた家族さえも魔王の考えの誤りを認めさせるように残虐に殺された。
ディスヘイトは怒り狂ったという、停滞派を動かしていた有力な者たちを潰そうと襲撃しようと動くのだが、魔王を承る者は最強を意味する。綿密な計画を立てた停滞派はこの襲撃も計画の一つだった。
魔族で魔力保有量が多い者が集められ、禁術である召喚魔法を実行していた。召喚魔法は召喚先を選ぶことは出来ないが、込めた魔力量に応じてより強い召喚獣を呼ぶ事が出来る。
結果、召喚魔法は成功した、多大な生贄を失って……そして魔王さえも恐れる魔物、この世界で伝説の災厄を起こしたとされる『邪神龍 イビルビースト』、その召喚に成功してしまった。
ディスヘイトは一方的に蹂躙された。魔力障壁を張っては破られ、上級魔法を放つも打ち消され……何も出来ずにたった一発、ただの初級魔法のような魔法に焼き殺されたという。
しかし焼かれている中でディスヘイトはこれも禁忌とされる転生魔法を使用した。
「父の念願の計画を潰した者」と「家族を殺した者」への報復のために。
禁忌ゆえに成功率は圧倒的に低かった、転生後の体は既にアルナが利用していたので、意識のみが残ったのだという。アルナが魔力渇望症などで眠っている間に2人で話をして、利害が一致し、かつアルナが協力させてくれと言ってくれたので今に至るようだ。
全然まとまってないや……まあいいか。
「まあこんなところだ。多分今の魔王は26代目だと思う。我が死んでから約100年後で転生を設定したからな。」
壮絶な過去を経験したというのに特に意を介していない軽々しい態度に怪訝な表情がモロに出てしまう4人。
「思ったよりクソ野郎どもが多いんだな…………それより君がそんなに人族や亜人族と融和を考えていたなんて、改めてさっきは悪かった。僕の私怨をぶつけてしまって……」
「ん?いや、気にするな。まさかエレンの家族が魔族に襲われていたとは……逆にこちらが謝りたいくらいだ。」
「そ、それはやめてくれよ。」
完全に心を許し合っている友人のように話すディスヘイトとエレン。
エレンは魔族の認識を改めて変える必要があるかと思ったが……
「それはやめたほうがいい。我がさっき言ったように改革派は皆、殺されてしまった。恐らく今は停滞派しかいないだろう。魔族は実力至上主義だからな。」
ディスヘイトは憮然とした態度で言い放った。有無を言わせない迫力を目の当たりにしてエレンは驚くが、かろうじて首を縦に振ることができた。
「あ、あの〜……いいですか?」
「なんだ、アルナの未来の妻よ。」
「ひゃあっ!そ、そんな呼び方……」
もじもじし始めるセリカは顔を真っ赤にしながらも妻という単語に過敏に反応し、嬉しそうにニヤニヤしていた。
「どうしたのだ、早く言うといい」
「……はっ!そうでした、すいません……じゃあ」
コホンとわざとらしい咳払いをしてからセリカはディスヘイトの眼を見て言う。
「ディスヘイトさんは魔族を、滅ぼすつもりで?」
ディスヘイトはその質問に目を見開く。まさかそんな質問が来るとは思わなかったのだろう。
しかし、ディスヘイトから殺気が溢れ出て来る。
既に答えは決まっているようである。
「もちろんだ。」
次の投稿3日後くらいになります。
活動報告の方も更新したのでそちらもご覧下さい。




