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悪遮羅剣劇帖  作者: 狛脊令
第一章
12/12

仁慈を広めよ

大〇ヴィラ公開しておくれ……。

 「いいんでしょうか、こんな事までしていただいて」

 「そう思うなら中道剣を置いていきなさい! 神聖な霊廟で乱闘を繰り広げる者に家宝を預かる資格などありません!」

 大里逗邸の豪奢な門前で、米留夫人が最後の悪あがきを見せた。

 「いい加減にしてお母様! 悪遮羅姫を譲ってくれたんだから当然でしょ」

 「資格はあるよ。彼女が一柳の里の救い主なんだからね米留?」

 曲面の多い車体を磨きながら満喜雄が口添えする。

 年代もののワーゲンをひさしぶりに動かせるのが楽しみで仕方ないのだ。

 「あなたが甘やかすから初までが平気で大里逗の誇りを捨てるんです!」

 「富嶽くんをいじめるのも程々にしておかないと、君が少女時代に金吾くんへの想いをつづったノートを公開するよ?」

 これが絶対の切り札だったらしく、夫人は頬を紅潮させてそっぽを向いた。

 「もう……勝手になさい!」


 結局、悪遮羅姫継承に端を発する騒ぎは、本家側が富嶽の取引に応じた。

 姫の名を初が受け継ぎ、富嶽は名誉師範として中道剣を貸与されるという形で、皆が一応の納得をして終息を見たのである。

 これから富嶽が向かうのは父の手紙にあった仏教系スクールだ。場所は奈良県と以外にも近所、米留夫人もこれで厄介払いができるならと、夫と連名で紹介状を書いてくれたのである。

 そして今日、満喜雄が自ら送ってあげようと厩舎から車を出してきたのだ。


 「急な転入の手続きには無理をなさったでしょう」

 「その学校にも悪遮羅流の門下生がいるのよ。設備維持には大里逗家も出資しているからね。あんたが学校で勉強する手伝いぐらいさせて」

 「至れり尽くせりですなあ。私ときたら我を通すことしか考えていなかったというのに……」

 「お互い様でしょ。もう大盤振る舞いで、いいお土産持たせてやるわ!」

 後ろへ視線を送ると、欅の門から学生服の二人の少年が現れた。

 一人は風呂敷包みを背負って元気よく、もう一人はトランクケースを持っておずおずといった体で。


 「こいつらも連れて行きなさい。思う存分こき使っていいわよ」

 「彼らを私の小姓役に?」

 「表向きはあんたの後輩ね。先方には話は通してあるわ」

 「そういうことさ。よろしくね片山先輩!」

 さっそく五一が腕を絡めてくる。

 つくづく甘えてくる子犬のようで邪険にしづらい。

 「まさか僕らとスクールライフを送るのが嫌ってことはないよな?」

 「嫌なものですか。でも初さん、よろしいのですか? せめて五一くんはあなたの側に置いておいたほうが」

 「あたしを誰だと思ってんの? こいつらがいなくなったら何もできなくなるほど初さんは腑抜けちゃいないわよ!」

 見事な啖呵に富嶽は、もうこの人は大丈夫だと思った。


 「ほらほら、忠太も富嶽さんによろしくお願いするう!」

 相方に背を押されて伊良忠太は富嶽の前に立った。

 「若先生……」

 「忠太くん……」

 祇園閣での決闘から、わずか三日後なのに数年ぶりの邂逅に思えた。

 「もう起きても大丈夫なのですか?」

 膝を折って彼と顔の位置を合わせる。

 中道剣の魔性により酷使された肉体の疲労はひどいもので、富嶽の腕の中で眠りについてから少年は一日以上目を覚まさなかったのだ。

 「もうすっかり……若先生こそ私のせいで目を……」

 罪悪感に青ざめて忠太はつぶやく。二楽想の花びらによって切り裂かれた左目はふさがったままだった。

 おそらく永久に完治することはないであろう。


 「これですか? あなたの術の切れ味は素晴らしいですね。おかげで新しい力を得ましたよ」

 「新しい力?」

 金剛の肉体と猛禽の視力が富嶽の売りである。いわば二大秘密兵器の一角を喪失とまではいかずとも、かなり視野を狭めてしまったはずだ。

 それを新しき力を得るとは如何なることか。

 「気がつきませんか、この目が何か似ていると」

 じっと覗き込んで重大なことに気づいた少年は声をあげた。

 「あ……阿遮一睨あしゃいちげい⁉」

 「いかにも」

 右をかっと見開き、左は眠たげな半開きは、不動尊の目。

 煩悩を焼き尽くす悪遮羅明王の龍顔に他ならなかった。

 「視界が狭くなったはずなのに以前よりよく見える。肉眼では捉えられない物をね。あなたの術で目を傷めたからこそ開眼したのです」


 「ですが……そんなもの怪我の功名です」

 「ふむ、では悪いと思ってくださるなら、お願いが」

 「何なりとお申しつけください。伊良が若先生の左目になります」

 「先ほど言ったとおり視力は補う必要すらないのです。代わりに私に蹴りを見舞ってくれませんか」

 「ええっ⁉」

 忠太がひきつった声を出す。

 「あなたの二楽想にやられたときの痛さが、何とも懐かしくて……肌に焼き付いて忘れられないのですよ」

 初たちも反射的に後ろへ下がる。

 何かやばい。この女はおかしな性癖に目覚めたと肌で感じた。


 「じじじ冗談でございましょう?」

 「冗談で言えることではありませんよ。あの愛らしい桜花が、この鋼の肉体を切り刻めるほど、あなたに愛されているのだなあと……」

 「おおお願いされても二度とできません! 若先生を痛めつける術など!」

 「何なりと申しつけてくださいと言ったじゃないですか」

 「他のことにしてください!」

 「他のことは他の人に頼めばいい。二楽想は忠太くんにしかできないことです」

 「できても御断りします!」


 抱きすくめようとした腕から忠太がすり抜ける。

 五一と初はたまらず噴き出した。

 「僕を袖にした罰だよ忠太、満足するまで痛めつけてやれ!」

 「その女、たまに負けないと調子に乗るからね。手綱を握る役は任せたわ!」

 彼らにとっても、ここまで豊かな感情表出をする忠太は初めてである。

 「コントでもあるまいし、あんな馬鹿者に家宝など……」

 呆れ返る妻の肩を満喜雄が若いっていいねと抱き寄せた。


 「さあ! この顎にもう一度アサルトキックを!」

 「無理です無理です無理です!」

 追いかけっこを演じながら富嶽は無上の幸せを感じていた。

 自分が一つ愛のために闘えば、アシャラに滅ぼされた星が一つ成仏できる。異界で吐き出された魂を見送った時、そう確信できた。

 (アシャラ様の力、畏怖ではなく誇れるものへ変えてみせますよ)

 それが無限の宇宙をさすらってきた鬼女へのまことの慰霊なのだから。

                                             完


ひとまず終わりですが、世界観を引き継いだ話は今後も書き続けるつもりです。

斜め読み程度でもご覧くださった方々には、心よりの感謝を捧げます。


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