第六話:家族、一人追加
突如として始まった「空から降ってきた幼馴染」展開。とはいえ、中身が三十歳のウリエルからすれば、その心境は完全に「娘を見守る父親」のそれである。
ただ、天然なママの視点では、どうやら「未来のお嫁さん候補」としてまったく違うビジョンが見えているらしい。
まあ、頭の痛くなる将来のフラグはさておき――家に可愛いエルフの妹が増えるのは、決して悪い気分ではなかった。
ウリエルは中庭に立って、まだ頭の中にあの白い光の残像があった。
ガラティーナが何かを思い出したように、ぱっと台所の方へ顔を向けた。
「……鍋」
「ママ?」
「かまどに何かかけたままにしてた」
ウリエルは台所の方を見た——
小窓から煙が出ていた。
焦げた匂いと一緒に。
またか。
「あの子のそばにいてあげてねぇ」
彼女はウリエルに言った。
「目が覚めたらスープを飲ませてあげて。あまり動かさないようにねぇ」
台所に入る直前、彼女は足を止めて振り返り、ウリエルを一瞥した。
「妹が増えるのも、悪くないね」
ウリエルは絶句した。
(妹か。しかもエルフ族。それは確かに悪くない)
台所からさらに後半が続いた。
いつもの、ゆったりとした柔らかさで。
まるで当然のことを言うように。
「将来、ウリちゃんのお嫁さんになってもいいし」
(うん、お嫁さんも——)
ウリエルの足が止まった。
(待って。妹からお嫁さんへの飛躍、どこで起きた?)
物置の扉口に立ったまま、今しがた聞いた言葉を巻き戻して確認した。
聞き間違いではなかった。
深く息を吸って、台所に向かって少し声を張った。
「ママ」
ウリエルは少し声を上ずらせて叫んだ。
「俺、まだ八歳!」
さらに繰り返す。
「今年で八歳!あの子だって七、八歳くらいだろ。俺たちまだ子供なのに、お嫁さんとかそういう話は——」
「うん」
ガラティーナの声が台所から穏やかに返ってきた。
「だから今は育てながら様子見でしょぉ?ウリちゃんがこの子を好きになるか、この子がウリちゃんを好きになるか、ねぇ?」
ウリエルは口を開けて、閉じた。
……ママだから、仕方ない。
諦めた。
向き直って、物置に戻った。
毛布に包まれた女の子を見下ろして、少し黙った。
「……まあ、様子見で」
彼は呟いた。
首を振った。
「普通の人にはちょっと理解しにくい言い方だけど」
女の子はまだ眠っていた。
まつ毛が細かく下に垂れて、草の先に乾ききっていない露のようだった。
呼吸は浅いが、安定していた。
あの腐肉構成体が発していた不気味な蠕動とは、何もかもが違った。
ウリエルは彼女を眺めながら、考え始めた。
エルフ族、年齢は自分と同じくらいだろう。これは呪いにかかったのか? 実験の材料にされたのか? 媒介として使われたのか?
目が覚めたとき、どう説明する?
彼は立ち上がって屋内を漁り、去年着ていて丈が短くなった古い麻布の上着と、ズボン一本を見つけて戻ってきた。
畳んで横に置いた。
彼女が完全に目を覚ます前に、使える説明を考えておかなければならない。
相手は目覚めたばかりの子供だ。
ここがどこかわからない。目の前の人間が誰かわからない。
身体には呪力に侵された痕跡がまだ残っている。
安心させることが必要だ。信じられる説明も必要だ。
いくつか考えて、全部しっくりこなかった。
まずママが言ったような「お嫁さん」的な意味合いは、絶対にない方向で。
(八歳の子に対して。もし異世界にも……警察みたいな、いや、聖騎士的なやつらがいたら、扉を蹴破って俺をしょっぴきに来るかもしれない)
でも、この世界でひとり増えることは、良いことだ。
一人でいたら危ない、と彼は思った。
女の子のまつ毛が動いた。
ウリエルは瞬時に表情を整えて、背筋を伸ばした。
「落ち着いていて、相手を怖がらせない」状態に自分を調整した。
女の子の指がそっと丸まって、毛布の端を掴んだ。
それから、遅れるように、ゆっくりと目が開いた。
そしてウリエルが見えた。
一秒固まって——後ろに引いた。
背中が物置の木壁にぶつかった。
毛布が半分ずり落ちた。
それを引き寄せて体に巻きつけて、彼を睨んだ。
両目が大きく開いていた。
本能が警戒を叫んでいるような目だった。
ウリエルはその反応を見届けた。
本当のことを言う? 無理だ。
「あなたは灰紫色の肉の塊になっていて、ママが片手で提げて家まで持ち帰り、浄化しました」——この一文は、どんな口調で言っても、相手に「何を言っているんですか」という顔をさせる自信がある。
一部だけ話す? 余計に面倒だ。次々と質問が来る。
彼は腕を組んで、軽く咳払いをした。
「おっ、あんた。やっと目が覚めたようだな」
女の子は彼を見たまま、黙って、緊張した様子で頷いた。
子供の扱いは得意じゃない——厳密には同い年なのだが。
ママの勇者の話を思い出した。
そうだ、話を作ればいい。
「怖くない」
ウリエルはまず言った。
声は落ち着いていた。
両手を上げて、掌を外に向けた。
武器はない、という意味で。
「今は安全な場所にいる」
女の子の目から警戒の色が少し引いたが、まだ警戒している。
ウリエルは真顔で続けた。
「前にいた場所の水源に毒が混ぜられていた。その水を飲むと——」
「怪物になって、叫びながら周りを傷つけ始める」という説明と、「灰紫色に腐った肉塊になる」
いう説明の間で一瞬迷った。
「『あ゛ーーーっ』という絶叫と共に、怪物になる」
ガオーッと牙を剥いて舌を出し、両手を振り回して鬼の顔を作ってみせた。
女の子の目が少し大きくなった。
「その毒は意識を奪って、周りの人を傷つけさせる」
ウリエルは顔を戻した。
「あなたもその毒にかかっていた」
女の子の唇が動いた。
声はざらついていた。
しばらく使っていなかったような声だった。
「……じゃあ今は……」
「助かった」
ウリエルは言った。
「ママ」
言いかけて、急いで止めた。
なんて説明する?
片手でひょいと提げてきた、とは言えない。
掌から光を出して一層ずつ剥がした、とも言えない。
ウリエルは咳払いをひとつして、八歳の声に似合わない大物感を、無理やり絞り出した。
「賢者の血脈を継ぐ最後の一人——魔女様に、救っていただいた」
「……賢者? 魔女?」
「うん」
彼は台所の方向に顎をしゃくった。
「あの方には手段がある。安心していい」
女の子はしばらく黙って、自分の手を見下ろした。
灰紫色の筋がまだ数本、消えきっていなかった。
見つめてから、顔を上げた。
「……私、前に何があったか、全然覚えてない」
「普通のこと」
ウリエルは言った。
「その毒は、かかっている間の記憶を消す。覚えていない方がいい」
また沈黙。
目の中の警戒が、ゆっくり、消えていった。
ウリエルは横を指して、畳んでおいた服を押し出した。
「とりあえず着て。その……」
毛布の方を一瞥した。
「裸のままじゃ、まずい」
女の子は下を見た。
顔が赤くなった。
毛布を引き上げて、うつむいたまま服を抱えた。
ウリエルは向きを変えて背を向けた。
着替えが終わるのを待った。
麻布の上着は彼女には少し大きかった。
袖が手の半分を隠した。
ズボンは腰に何重も巻いて、きれいとは言えない結び目で留めてあったが、とにかく着られた。
彼女は衿を直して、ウリエルの背中を見て、口を開いた。
「……名前、なんていうの?」
「ウリエル」
彼は向き直った。
彼女の顔を一度見た。
「あなたは?」
名前の後ろに「魔女の見習い」とでもつけようかと思って、やめた。
彼女は一瞬止まって、うつむいて、しばらくしてから首を横に振った。
ウリエルはその反応を読んだ。
覚えていない、か、言いたくない、か、その両方か。
少し考えた。
エルフ族。緑の髪。
ならそれに合う名前を。
「じゃあ、俺がつける」
彼は言った。
当然のことを言うような口調だった。
「エルフ族、緑の髪、だから——ルミナ」
口をついて出た。
彼女は顔を上げて、もう一度その響きを確かめるように繰り返した。
「……ルミナ?」
「うん」
ウリエルは頷いた。
「エルフ語で光という意味がある。似合う」
短い沈黙。
今度の沈黙は短かった。
彼女の口の端が、少し持ち上がった。
まだ少し恥ずかしそうだったが。
「……きれいな名前」
ウリエルは向かいに座った。
「魔女旅団って聞いたことある?」
首を横に振る。
「ある組織の名前だ」
彼は言った。
「あなたが巻き込まれたみたいな——呪力に汚染された場所とか、そこに引き込まれた人を助けるための」
「……誰が?」
「俺たち」
ウリエルは言った。
少し間を置いた。
その言葉を舌の上で転がしてみた。
意外とすんなり出た。
「魔女旅団だ」
完全に子供を言いくるめる大人の口調だった。
でも、悪くない気分だった。
(「俺は今のところ雑用しかできない」という事実は、しれっとスルーしておいた)
ルミナは彼を見た。
目が少し輝いた。
ウリエルは気づかなかった——その目の中には期待の他に、もう少し別の何かがあった。
自分より大して年上でもないのに、どうにも読み切れない相手を見るときの目だった。
「……入れてもらえる?」
ウリエルは満足げに頷いた。
「入れる」
彼は言った。声は落ち着いていた。
「歓迎する」
台所から料理の匂いがしてきた。
それからガラティーナの軽やかな声がした。
「ウリちゃん、ご飯よ——その子も一緒に連れてきて——」
ウリエルは立ち上がって扉の方へ二歩歩いて、横を向いてルミナを見た。
「行こう。魔女様がお呼びだ」
ルミナは少し固まってから、身体に大きい麻布の上着を確かめるように見て、袖口を握って、立ち上がって、ついてきた。
二人の子供が物置を出た。
中庭の老木が、午後の風にさわさわと揺れていた。
日はもう傾いていた。
ウリエルが前を歩いて、彼女が後ろをついた。
兄妹みたいだった。
一人の子供を安心させるための、ちょっとした作り話。
あとついでに、少しだけ自分の中二病も満たせた。
魔女旅団——適当につけた名前だが。
まあ、いっか。
やることはまだたくさんある。
でも今は、まず飯だ。
【第六話・終】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが気になる!」「笑った!」と少しでも思っていただけましたら、 ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!
ブックマークの登録も、ぜひよろしくお願いいたします! 次回もよろしくお願いします!




