第六十九話:爆発事故の噂
移動すること数日。俺はシリウスがいると予想される町へとやってきた。
西側では森を抜けるまで結構田舎って感じがしたのだけど、こちらでは同じくらいの時間進んできたのにあまり田舎って感じがしない。
あの森で西と東が分断されているせいで文明レベルに差があるってことだろうか。中間地点ではそこまでの差は感じないけど、やっぱり行き来の問題は大切なのかもしれない。
まあ、それはいいとして、それなりに大きな町である。
門番もしっかりいて、俺も入る際にしっかりと顔を確認されていたあたり、国の防衛網はかなり広いのかもしれない。
こうなってくると、シリウスは大っぴらにはこの町には入っていないだろうな。入ったとするなら、それこそ夜にこっそりとって感じだと思う。
「すいません、ちょっと聞きたいことがあるの」
「おや、なんだい嬢ちゃん。俺の知ってることでよければ何でも教えてやるぜ」
ひとまず情報収集を開始する。だが、今までのようにシリウスはどこへいるか、なんてことは聞かない。
仮にここまでシリウスが逃げていているのだとしたら、治療行為をしている暇はあまりないだろう。日銭を稼ぐためにしていたとしても、それは大っぴらにはできない。
そんなことしたら一発でばれちゃうからな。
仮にシリウスに治療された人がいるとしても、それを教えてくれるはずはないだろう。
だから、聞くべきはシリウスの居場所ではなく、最近具合が悪かったのに急に治った人がいないかどうかだ。
いくら秘密にしていても、具合が悪かったのなら医者に診てもらったりしていることだろう。そして、そんなことすれば、多少なりとも町の人に知られているはずである。
そんな具合が悪かった人が急に治ったのなら、シリウスが治療した可能性が高い。
もちろん、別の治癒術師が治したって可能性もなくはないけど、瞬時に治ったのならシリウスの可能性が高いだろう。
その人から話が聞ければ、もしかしたら居場所を掴めるかもしれない。
教えてくれるかどうかはわからないけども。
「急に病気が治った奴? ああ、確かにいたなぁ、川に落ちて骨折したって奴がつい最近になっていきなり治ったって」
「それはどれくらい前の話なの?」
「一か月ちょっと前かねぇ。金がねぇ金がねぇって言ってたのにちゃんと治癒術師に見てもらえたのかと思って安心したな」
骨折は病気なのか? まあ、それは置いておいて、一応該当者はいるらしい。
治癒術師に治してもらう場合、結構なお金がかかるらしいから、お金がないと騒いでいたのにきちんと治ったってことは、シリウスが治療した可能性もあるだろう。
さっそく手掛かりを見つけられて何よりだ。
「その人はどこにいるの?」
「ああ、あっちに見える家だよ。ただ、今はいねぇと思うぞ?」
「それはなんでなの?」
「そいつの向かいに住んでる奴が一応医者なんだが、ちょうど一か月くらい前に王都の方で爆発事故があったってんで、駆けつけに行ったのさ。その手伝いをするってんで、一緒についていったんだよ」
「爆発事故、なの?」
いったい何をやったんだろうか。爆発ってことは、火薬でも使ってた? あるいは魔法の暴発か何かだろうか。
とにかく、こんな遠くの町から医者を招集するほどの大事故だったのだろう。なかなかやばそうな事案だ。
「それはもう収まったの?」
「いや、それから話は聞いてねぇな。多分、収まったと思うんだが」
「ふーん」
なんか、結構大きな爆発事故だったようで、かなりの怪我人も出たと聞かされたらしい。
だから、国中の医者や治癒術師に集まるようにと国が直々に招集をかけたらしいのだ。
でも、よくよく考えるとそれはおかしな話である。
だって、王都ってことは国の心臓部分でしょ? 王様だって住んでいるし、当然ながら王族やらを治療する治癒術師だってたくさん在籍していたはずだ。
町にだってそれなりに医者はいるだろうし、それを考えればわざわざ国中から医者や治癒術師を集める必要なんてないはずである。
それほど酷い爆発事故だったのかもしれないけど、そんなに酷いのなら王都に近いあの町で噂の一つでも流れていてもおかしくなさそうなのに、そんなこと言っている人なんて全くいなかった。
それってつまり、あの町では噂を流す必要がなかったってことなんじゃないだろうか?
王都の近くでは噂を流す必要がなく、辺境に行くごとに噂が広がっていく状況。これをする理由は一つしかない。
そう、シリウスを釣るためだ。
国から見れば、シリウスは優秀な治癒術師なのに、貧しい人にも分け隔てなく接し、治療費もかなり安めに設定している。それはつまり、それだけシリウスが慈悲深い性格をしているということでもある。
であるなら、凄惨な事故があり、怪我人がたくさんいるような現場を放っておくはずがない。
いくら逃亡中の身とはいえ、別に犯罪を犯したというわけではないし、行ったとしても手に入るのは宮廷治癒術師という名誉だけ。むしろ、誰もが喜んでいくような状況である。
だから、こんな噂を流せばシリウスは必ず王都へ来るだろうと踏んでいるのだ。
ただの想像ではあるけど、もしこれが現実だとしたらとんでもないくずである。
人の好意を利用して貶めようなど、絶対に許せることではない。
なんとしても、阻止しなければならない。
「おじさん、ありがとうなの」
「ん? ああ、こんなんでいいならお安い御用だ」
この町に爆発事故の噂が流れたのが一か月くらい前だとすると、そのまま徒歩で戻ったならあの町に着いたのが大体俺が森を捜索している辺りだろうか。ちょうどすれ違った形になりそうである。
まあ、シリウスの性格的に、居ても立っても居られないというのならばれることを承知で馬車に乗っていったという可能性もあるからもう少し早く移動している可能性もあるけど。
どちらにしろ、早く王都へ向かった方がいいかもしれない。
「予想は間違ってなかったけど、面倒なことをするの」
もし、シリウスがなりふり構わずに移動したと考えるなら、それはもう逃げることを諦めたと言っても過言ではない。
王都なんて、国の中枢に行くのだから、当然ながら人相書きは出回っていることだろう。
門番だっているだろうし、町に入る際に確実にばれることは想像に難くない。
それでも行くということは、もう捕まってもいいから多くの人を助けたいと願った結果だ。
確かに中の人の冬真もお人好しではあるけど、自分が捕まるリスクを冒してまでやるわけではない。これはきっと、設定に突き動かされた結果だと思う。
設定を凝っていたシリウスだからこそ陥った落とし穴って感じだろうか。設定を凝りすぎて設定に抗えなかったのかもしれない。
なんとも面倒な仕様である。
「とにかく急ぐの」
一応、シリウスが設定に抗って先に進んでいる可能性もなくはない。けれど、予感がしたのだ。シリウスなら必ず助けに行くだろうと。
まあ、仮に予想が間違っていたとしても、それは国の思惑を逃れたということでもあるし、すぐに捕まることはないだろう。
であれば、捕まる可能性の高い方を先に処理した方がいい。
そう考え、俺は来た道を猛スピードで引き返した。
感想、誤字報告ありがとうございます。
 




