第六十七話:小さな手掛かり
森の中ということもあって、魔物は結構な数がいた。
とはいえ、やはり街道近くは定期的に討伐されているのか、最初はそんなにいなかったが。
奥に行くにつれて反応が増えていったので、普段は奥に潜んでいるのだろう。で、森の中だけで生活できなくなった奴とか、はぐれとかがたまに街道に飛び出してくるってことなんだと思う。
まあ、別に街道の安全性とかはどうでもいいので、反応があったところを片っ端から見ていったわけだけど、まあ見つからない。
経験値もある程度欲しかったので、食料を集めるのも兼ねてある程度狩ったんだけど、経験値的にはあんまり美味しくない。
いや、もちろん『スターダストファンタジー』で手に入る経験値とは比べ物にならないのはわかっているけど、集まったのはせいぜい1500程度。
まあ、これでも大体3レベルくらいは上げられるので十分とはいえ、これに慣れてしまうとやっぱりもう少し経験値を稼ぎたくなってくる。
いっそのことこの森の魔物全部倒して……。
「……って、そんなのダメなの!」
頭を振って邪な考えを振り払う。
いかんいかん、確かにアリス的にも経験値を得ることは必要なことだと思っているし、俺自身もさっさとルナサさんの体を作るためにも必要だと思っているけど、生態系を破壊するようなことをしてはならない。
自分がこの世界ではとんでもない力を持っているということを自覚しなければ。
「探すのに集中するの」
もうそんな考えを持たないためにも、魔物を無視して捜索に当たる。
しかし、それでもなかなか見つからない。
まあ、まだ広大な森の中の一部を探し始めただけで、まだまだ始まりに過ぎない。
流石にすべてを捜索しきることはできないが、せめて怪しげな部分くらい見つけられたらいいんだけど。
「流石に、逃げ込んでいたとしたらそこまで奥に入ってないと思うけど」
生活をするにおいて、水と食料は必須だ。寝る場所を何とか出来たとしても、食べるものがなければ飢えてしまう。
だが、森の中でそれらを手に入れるとしたら、魔物を倒すか、あるいは木の実でも探すかくらいだろう。
俺のように戦闘向きのキャラだっていうならそれもありかもしれないが、シリウスは後衛職。魔物を狩ったりして生活するのは少々厳しい。
となると、どうあがいても町に出て食料を調達する必要があるわけで、そのためには導線となる道が必要となる。
最初は逃げるのに必死で奥に行ったとしても、だんだん町に近くなっていくのが道理だと思うのだ。
そうなると、いるとしたらこの辺りが濃厚なんだけど、見つからない。
川はあった。水を確保する必要もあるだろうし、いるとしたら絶対このあたりだとは思うのだけど……。
「当てが外れたの……?」
考えられる可能性としては、逃げた方角が違うこと。
森は森でも、もっと北の方とかに逃げた可能性もある。
ここは町から森への最短距離というだけで、シリウスが逃げ込んだという根拠は何一つない。
というか、最短距離なだけあって最寄りの町はあの町だし、勧誘を受けた町にいつまでも出入りはできないだろうからここでない可能性が高いか。
となるともっと北。あっちならもっと小さな町もあるし、小さな町なら門のチェックもそこまで厳しくはないだろうから入りやすい。
逃げ込む場所としてはそっちの方が適しているか?
「うーん、となると、もう少し移動しなきゃなの」
森の近くを通って行けば昼夜問わず走り続けることはできそうだけど、そっちに行ったとするなら町で情報収集もしたいところ。
少なからず出入りしているのなら、もしかしたら目撃情報があるかもしれない。
いやでも、もし目撃していて、それを騎士団に言っていないのなら、シリウスに恩を感じて言ってないってことだろうから、よそ者の俺が聞いても教えてはくれないか?
その可能性はあるかもしれない。シリウスについて色々聞きまくっていた俺ではあるけど、よく考えたら結構怪しい行動だしな。怪我してるわけでもないし。
「ひとまず、拠点の意味はなくなりそうなの」
移動するとしたら、ここに作った拠点は意味をなさなくなる。
せっかく野宿用に竈を作ったけど、無駄だったな。
というか、別に拠点を作ってから入る必要はなかった。【ホーリーサクセション】がきちんと動作するなら、拠点などなくても森の中でだって寝泊りできるだろう。
仮に動作しなくても、俺の耳なら敵の接近には気づけるし、少なくとも不意打ちを食らうことはないはずである。
まあ、しょっちゅう来られて寝られない可能性があるのはあれだけど。
森の中で寝るのはあれとしても、暗くなってから作ってもよかったとは思う。
なんで作っちゃったんだろう。あの時は必要だと思ったんだけどな。
「……ん? これは……」
初日ということもあって、時間もあまりなかったのでそろそろ帰ろうかと思った時、ふと視界に何かがよぎった気がした。
【イーグルアイ】を使って改めてよく見てみると、そこには川の端に引っかかっている布切れがあった。
びしょびしょではあったけど、紺色のそれなりにいい生地のようである。
こんな森の中で人工物である布の切れ端が落ちていると考えると、誰かがここに来たということなのだろう。
まあ、それ自体は別におかしくもなんともない。
ここは街道から外れた森の奥ではあるけど、ある程度戦える人なら来ようと思えば来られるだろうし、魔物の討伐隊が落としたものかなと思うところだ。
しかし、その切れ端に書かれていた意匠はどうにも見覚えがあるような気がしたのだ。
「これ、シリウスが着てたローブに刺しゅうされてた奴なの」
シリウスの立ち絵は春斗が描いたものだけど、春斗はわかりやすいように描く度にそれぞれのキャラにアクセントを添える。
一番多いのが、それぞれに固有の意匠をつけることで、俺のキャラであるアリスにも襟元に小さくチューリップの意匠が描かれている。
一応、【キャラシ閲覧】でシリウスの立ち絵を確認してみたが、やはり同じものに見える。
これってつまり、少なくとも一度はこの場所を訪れたってことだよね?
「もしかして、上流に何かあるの?」
川の端に引っかかってたってことは、流されてきたってことだろう。
まあ、この場所で偶然落したって可能性もあるけど、特に辺りに痕跡は見当たらないし、よくわからない。
もし、上流で何かしらあってこれを落としたのなら、何か痕跡が残っているかもしれない。
これは、案外手掛かりが得られるかも?
「すぐにでも行きたいけど、今は時間が悪いの」
惜しむらくはすでに日没を過ぎているということだ。
暗くなる前に帰るつもりだったけど、【暗視】のおかげもあって夜でもそれなりに見通せるので、すっかり忘れてしまっていた。
まあ、作った竈が全くの無駄にならなかったと考えればいいのかな?
とりあえず、明日は上流を少し探してみよう。
俺は切れ端をそっとポケットにしまうと、来た道を引き返した。
感想ありがとうございます。




