第五十三話:親子の再会
別人の魂を身体に降ろしている状態というのはかなり精神力を使う行為らしい。
『スターダストファンタジー』では、コストとなるMPを支払ってお手軽に魂を降ろしていたけど、その状態を維持するとなると結構、いやかなりそわそわする。
恐らく、戦闘中ならそこまで気にならないんだろうけど、こうして落ち着いてしまうと自分の中にある別人の魂の存在とそれによって流れてくる記憶の断片が気になって仕方がない。
元々、これは戦闘中に使うことが想定されたスキルだし、平時に降ろすことはあまり想定されていないのだろう。降霊術師の真似事とかならできるかもしれないが、それにしたって短時間で済ませなければ精神的に疲れてしまいそうだ。
俺は現在レベル48。元々この世界の人々のステータスと比べたら圧倒的に高かったので精神力の数値もかなり高い。だから、最初こそ魂の記憶につられて号泣したけど、今は完全に俺の意識を保っていられる。でも、だからと言っていつまでもこの状態というのは遠慮したかった。
「ちょっと待ってておくれ。今持ってくるから」
ルミナスの森の家に着き、ルミナスさんは俺を残して部屋を漁りに行った。
ここがお母さんの家かぁ、と初めて来たかのように振舞いそうになるが、首を振って意識をはっきりさせ、椅子に座って帰りを待つことにする。
【シャーマン】のスキルで降ろした魂は意思などは持っていない。魂に刻まれた強さや経験を利用することで力を得るため、魂本人の意思はそこまで重要ではないからだ。
しかし、どうにもルナサさんは意思のようなものを持っている気がする。
体を直接操られるということはないけど、例えばルミナスさんに抱き付きたい衝動に駆られたり、ルナサと名前を呼んでほしいと思ってしまうのは恐らく魂の意思が影響しているんだと思われる。
まあ、現世に未練が残っている魂は意思の力が強いというのは何となくわかる。デバフである敵に悪霊の魂を降ろす行為も悪霊によって体の自由を奪わせて動きを鈍くするという目的で使われるようだし、いい魂か悪い魂かの違いだけでルナサさんも同じようなものなのかもしれない。
ルナサさんが願っているのは絶対に生きるということと、お母さんと共に静かに暮らすことだ。だから、こんなにもルミナスさんのことが愛おしく感じるんだろう。
母親に甘えるという行為はまあ、悪い行為ではないけれど、流石の俺ももう高校生だし、会ったばかりの女性に心の底から甘えるというのは恥ずかしすぎる。
だからルナサさんや、別の器に移すまでもうしばらくおとなしくてておくれ。
「待たせたね。これなんだけど、器にできそうかい?」
しばらくしてルミナスさんが戻ってくる。その手には一抱えほどある人形が抱かれていた。
人形とは言っても、そんなに出来は良くない。ところどころ縫い目はほつれているし、目と思われるボタンも位置が微妙にずれている。布もボロボロで、何度もツギハギした後が見受けられた。
娘の魂を降ろすにしてはみすぼらしい人形だけど、こんなのでいいんだろうか?
「これはルナサが子供の頃に作ってくれたものでね。ずっと大切にしているのさ」
「なるほど……」
人形を見ているとルナサさんの記憶が流れ込んでくる。
幼少期、ルナサさんは本当にお母さんが大好きだったようで、この頃になるといろんなものをお母さんにプレゼントしていたらしい。
それは拾ってきた綺麗な石だったり、花だったり、絵だったりと様々だったが、初めて自分で作ったのがこの人形のようだ。
モデルはお母さん。元々ものづくりの才能があったのか、子供が作ったと考えれば確かに上出来だと思う。
その頃はまだツギハギもなかったようだけど、それは恐らくルミナスさんが手直ししたからだろう。
渡してから結構な年月が経っているにも拘らず、大切に持っていた人形。思い入れは相当なものだろう。なるほど、これなら確かにルナサさんの魂を入れる器として十分かもしれない。
「それで、大丈夫そうかい?」
「あ、うん、大丈夫なの。それじゃあ、そこの机に置いて欲しいの」
少し耐久力が心配だが、まあそこらへんは大切に扱えば問題ないだろう。
俺は一度深呼吸をした後、その人形に集中する。
「……行くの!」
俺の身体で保護しているとはいえ、魂の移動は結構繊細な作業だ。もしかしたら何らかの理由で不具合が生じるかもしれないし、気合を入れておく。
人形に掌を向け、目を閉じると、そっとスキルを発動させた。
【ネクロマンシー】
器に魂を宿らせ、意のままに操るスキル。
本来なら適当にその辺りにある魂を呼び寄せて宿らせるだけだが、意識すればちゃんと狙った魂を宿らせることは可能だ。
俺の中から何かがすぅっと抜けていく感覚がする。そして、次の瞬間人形がピクリと動いた。
「……おかあ、さん?」
「ルナサ、なのかい?」
人形の首がルミナスさんの方を向き、フェルトで作られた口がもにょもにょ動いて言葉を発する。
ツギハギだらけのボロ人形が突然動いて喋り出したってだけ聞くとホラーだが、中身を知っていればどうということはない。
しばらくぎこちなく体を動かしていた人形はゆっくりと立ち上がってルミナスさんの方へ歩き出した。
「お母さん……ああ、お母さん……」
途中、足をもつれさせて転んでしまう。
元々人形なので中に詰まっているのはただの綿だ。歩くことなど想定されていないから、どうしてもぽてぽてとした頼りない歩き方になってしまう。
ルミナスさんは倒れた人形を即座に抱き上げ、その顔を食い入るように見つめた。
「ルナサ、会いたかったよ……!」
「私も会いたかったよぉ……! うえぇぇええん!」
人形のため、涙が流れることはないが、その声色から泣いていることは明らかだった。
今ここに、死に別れたはずの親子が再会した。
完全に人の身体に戻すにはまだ少し時間がかかるけれど、ひとまずは一件落着と言っていいだろう。
俺も心の不安定さがなくなり、すがすがしい気分だ。
「アリス、ありがとう。ようやく……ようやく娘に会うことが出来たよ!」
「私も! お母さんに会わせてくれてありがとう!」
「ちゃんとした体を用意できなくて申し訳ないの。でも、ルナサさんが無事で本当によかったの」
だいぶ分の悪い賭けだったが、無事に勝ててよかった。
まあ、完全勝利というわけにはいかなかったけど、後で素材を集めて体を作ってあげないとね。
「なんてお礼を言えばいいんだろうね……マンドレイク如きじゃ釣り合わないよ」
「いやいや、それで十分なの。ルナサさんもそんな状態だし……」
「私、この体好きだよ! お母さんの気持ちがいっぱい詰まってるから!」
「こうして会って話せるだけでも十分さ。私にできることなら何でも言っておくれ」
うーん、困った。そんなまっすぐな瞳で迫られたら断るのもつらい。
元々俺は王様を救うためにエリクサーの素材を探して森を回っていたわけで、その素材であるマンドレイクが手に入ればそれでよかった。
だけど、それだけではお礼が足りないという。まあ、そりゃ、マンドレイクは貴重な薬草とはいえルミナスさんは栽培しているようだし、時間をかければいくらでも手に入る。だから価値として釣り合わないって言うのは理屈はわかるけど、今のところ欲しいものってそれくらいしかないんだよなぁ。
強いて言うなら夏樹達の情報だけど、森籠りの魔女が知っているはずもないし、要求できるとしたら他の薬草とか魔法薬くらいか? いや、それだと納得しなそうだよなぁ……。
「とりあえず落ち着くの」
今、二人は明らかに興奮状態だ。お礼を迫るとしても落ち着いてからの方がいいだろう。
今は親子の再会を喜んでほしい。そう言って俺はしばらく家を離れることにした。
しばらくして戻ってくると、椅子に座って抱き合いながら寝息を立てている二人の姿があった。
感想ありがとうございます。
 




