第五十一話:VSデスマンティス
巨大種と言われるだけあってその姿はかなり巨大だった。
張り巡らせた有刺鉄線が次々に引きちぎられ、すぐに結界の天井に頭がついてしまう。
幸いなのは、結界自体は壊れなかったことだろう。強烈な頭突きを食らって少したわんではいたが、何とか維持できているようだった。
だが、安心はできない。単なる頭突きで揺らぎかけているということはまともに攻撃を受けたら破壊されてしまう可能性がある。一応、残った有刺鉄線が体を締め付けるように絡んでおり、その妨害によってうまく動けないようだが、なるべく早く決着をつける必要がありそうだ。
「ルミナスさん、行くの!」
「あ、ああ、やってやるさ!」
森の中であれば炎上の可能性がある【火魔法】は使いにくいが、ここはただの平原。周りに燃えるものは何もないため、思いっきり撃っても問題ない。
ルミナスさんは最初こそ呆然としていたが、俺の掛け声にすぐに正気を取り戻すと詠唱を始めた。
この世界の魔法はどうやら詠唱を必要とするらしい。なので、一発一発になかなか時間がかかる。
『スターダストファンタジー』でも、フレーバーとして詠唱を使うということはあったが、基本的にはただスキル名を宣言するだけで魔法が使えていた。まあ、攻撃魔法以外にも命中率を上げたり威力を上げたりするスキルをたくさん使うと呪文みたいになるからそれが詠唱と言えなくもないけど。
俺だったら、例えばイーグルアイストロングショットアローレインとかね。まあ、重ねようと思えばもっと重ねられるだろうけど。
とにかく、有刺鉄線の妨害があるとはいえ破られるのは時間の問題。詠唱の長さにもよるけど、せいぜい三、四発といったところだろう。
この世界の人のスキルはレベル制なのでレベルが高いほど威力が増すと思われる。ただ、ダメージ増加系のスキルがあるわけではないので、多分『スターダストファンタジー』のものよりは威力が低いのかな? レベルによる威力補正の倍率にもよるけど。
まあ、『スターダストファンタジー』のものと同じ威力だとしても、弱点を突いたとはいえ四発じゃまだ足りない。俺もなるべく援護しないとな。
「こいつ相手なら多少本気を出しても大丈夫そうなの」
俺は弓に矢をつがえて頭を狙う。
以前、この世界に来たばかりの頃、俺は試しにスキルを使って矢を放ったが、そしたらホーンウルフが木っ端微塵になった。
これは、素の攻撃力が高すぎるのに更にダメージ増加スキルを使ってしまったがために起こった悲劇だ。
魔物が相手とは言え、俺の放った矢で木っ端微塵になる光景は正直トラウマ物で、あれ以来俺はダメージ増加系の補助スキルは使うのを控えていた。
だけど、仮にもボスっぽいこいつなら多少使ったところで木っ端微塵になるということはないだろう。使わなくても倒せるかもしれないが、いつかこういう風に強敵と戦う時が来るかもしれない。そんな時にトラウマフラッシュバックで使えないようではせっかくのスキルの意味がない。
だから、俺はあえてこいつで試すことにする。せめて、木っ端微塵にはならないことを祈ろう。
【ストロングショット】
弦を強く引き絞り、心の中でスキルを使用する。
ぎりぎりと張りつめた音を響かせる弓は、確かにダメージ増加が施された。
ひゅっ、と矢を放つ。流石にこれくらいの大きさとなれば頭もそこそこでかい。【イーグルアイ】を使うまでもなく、矢はデスマンティスの眉間に吸い込まれて行った。
「ぎゃぁぁあああ!?」
デスマンティスが悲鳴を上げる。
ホーンウルフに対しては体が爆散してしまうほどの威力を出してしまったが、デスマンティスはしっかりと体の原型を残していた。
それでも、顔の半分ほどが消し飛んでしまったが……。
まあ、相手によってはダメージ増加スキルを使っても耐えるということが判明しただけでも良しとしよう。その辺りの加減については相手の実力を見つつ判断するしかない。
「なっ!? なんだいその威力は!?」
「説明は後なの。今は戦いに集中するの」
ルミナスさんが思わずこちらを振り向いたが、俺はすぐさま注意を促す。
とは言っても、さっきの一撃で脳の大半を持っていかれたデスマンティスの動きはかなり緩慢になっている。ご自慢の鎌も有刺鉄線を破壊するのに奔走していたせいでこちらに振るう暇はなく、今やただぼーっと立ち尽くしているのみだ。
俺の火力を考えるとさっきの一撃で倒せてもおかしくはないが、流石はボスというべきか、体力だけはやたらと高い。ただ、もう瀕死なことには変わりないようで、HPバーがあったら既にミリ残し状態だろう
せっかく投石機を用意したが、どうやら出番はないようだ。
「ルミナスさん、とどめを刺すの」
「あ、ああ」
こいつはルミナスさんの村を襲った怨敵。詳しくは話さなかったけど、そこには少なくない犠牲があったことだろう。
散っていった彼らのためにもとどめはルミナスさんが刺すべきだ。
ルミナスさんはすぐさま詠唱を開始し、巨大な火球を作り上げる。先程まで放っていた小さな火球ではなく、デスマンティスを丸のみにできるほどの大きさだ。
「これで、終わりだよ!」
掛け声と共に火球がデスマンティスを焼く。全身を焼かれ、のたうち回るデスマンティスだったが、火球から脱出できるだけの気力はないようで、しばらくして動かなくなった。
火球が消えた後に残ったのは、黒焦げになったデスマンティスの死骸だけだった。
「私は、やったのかい……?」
「うん。ちゃんと敵は取れたの」
「そうか……」
魔女達の平穏な日常を奪い去った敵。娘も奪われ、封印された後も恨みを募らせてきた最大の敵を今日倒すことが出来た。
ルミナスさんはその場に座り込み、呆然とデスマンティスの死骸を眺めている。
しかし、すぐにはっとしたように立ち上がると、死骸の方へと駆け寄っていった。
「ルナサ! ルナサはどこだい!」
そう、元々それが目的だった。デスマンティスを倒すのはついででしかなく、真の目的はルナサさんの救出にある。
だが、出現時からじっと見ていたが、ルナサさんらしき人影は確認できなかった。
例の黒い箱も封印を解いて役目を終えたからか色が白くなり、空っぽになった中身を晒している。
ルナサさんは一緒に封印されていたはず。ならば、彼女はどこに行ったのだろう?
「ルナサ……」
ルミナスさんは慣れない手つきで死骸を切り開き、中身を確認していった。
あれだけの炎を受けながら内部はほとんど焦げておらず、割と綺麗な状態ではあったが、ルナサさんもその痕跡すらも何も見つからない。
あったのは魔物の核である魔石くらいなものだった。
「ルミナスさん……」
「……はは、まあ、現実なんてこんなもんさね」
乾いた声で笑うルミナスさん。
元々、ルナサさんの生存は絶望的ではあった。封印のための触媒となったのならその体は封印のために使われてしまっているはずだし、そうでなかったとしてもデスマンティスが封印を解かないようにずっと押さえつけていたと考えられるから消耗はかなり激しかったことだろう。
封印して間もないならともかく、すでに一年近くも経過してしまっていてはその精神は擦り切れてしまっている可能性が高い。少なくとも、彼女が無事に生存している可能性は限りなくゼロに等しかったのだ。
今までは封印の中で生きていると希望を持てたが、これで完全にルナサさんは死んだと実感することになる。ルミナスさんには辛すぎる現実だろう。
「ルミナスさん、まだ諦めるのは早いの」
「そうは言っても、これ以上どうすればいいんだい? どこを探しても、ルナサの片鱗すら見つかりゃしないのに……」
「確かに体はもうないのかもしれないの。でも、魂はまだ残っている可能性はあるの」
だが、俺はまだ諦めたわけではない。
完全に体がある状態で共に封印されているとは俺も考えていなかった。でも、その魂はまだ残っている可能性がある。
これは『スターダストファンタジー』の知識ではあるが、シナリオ中に仲間が死んだ時、【リザレクション】というスキルを使うことによって生き返らせることが可能である。
これの設定は、死の直後はまだ魂が現世に残っており、体を癒した上でそれを戻すことによって蘇生することができる、というものだった。つまり、魂さえ残っていれば蘇生させることが出来る可能性があるというわけだ。
ルナサさんの場合は封印されてから時間が経過している。その時すでに身体が失われており、それを死んだとするならば死んでから一年近くが経過していることになるけれど、封印されていたということはもしかしたら封印と共に魂は残っている可能性はなくはない。
本当ならここで一部でもいいからルナサさんの身体が見つかり、それを復元して魂を戻そうと考えていたんだけど、完全に体がないとなるとそれは難しい。
けど、まだ方法がないわけではない。
「何を言って……」
「とにかく、まだ可能性はあるの。だから、力を貸して欲しいの」
俺はルミナスさんの手を握る。
ここでルミナスさんが諦めたら今度こそ本当にルナサさんは死ぬことになる。ルナサさんの魂を呼び戻すにはルミナスさんの協力が不可欠なのだ。
「……まだ、ルナサに会えるかもしれないのかい?」
「うん。だから……」
「……わかった。まだ可能性があるのなら、出来る限りのことはするよ」
俺の真剣な目を見て、ルミナスさんもどうにか持ち直したようだ。
さて、そうと決まれば急がなくてはならない。戦闘自体はそこまで時間は経っていないが、魂が現世に残っていられる時間はそう長くはないのだ。
俺はキャラシを開き、『レベルアップ処理』を選択する。
デスマンティスを倒した影響か、かなりの量の経験値を取得することが出来ていた。
これならば、大盤振る舞いしても大丈夫。俺はすぐさま、レベルアップするという項目に触れた。
感想ありがとうございます。
 




