第四百三十七話:自然の試練
翌日。一度ポータルで戻り、城で一夜を明かしてから、再び山頂を目指す。
吹雪はさらに強さを増し、もう数メートル先も見えない。
レベルが高いから、この強風の中でもそこまで動じないけど、レベルが低い状態で挑んでいたらこの吹雪だけで参ってしまいそうだ。
凍結無効があるから、それで動けなくなることはないけど、普通に前が見えなくて進めなくなりそう。
「みんな、大丈夫なの?」
「はい、進む分には問題ありません」
「雪が鬱陶しいけどな」
「顔は守れないからね……」
一応、俺が作った防具にはフードもついている。しかし、それでも顔面をすべて覆うなんてことはしてないので、普通に顔に雪が吹き付けてくる。
多分、防寒具としての効果で、そこまで寒くはないとは思うけど、顔に雪が当たるだけでも相当鬱陶しいだろう。
前も見えないし、足元だって雪で覆われていて進みにくい。
あまり堪えてなさそうなカインが凄い。俺なんて、足首どころか太もも近くまで雪があってめちゃくちゃ鬱陶しいのに。
「感覚はだんだん強まっているから、この先にあるのは間違いなさそうだが」
「せめてそれを見るまでは帰れませんね」
「気合入れていくの」
泣き言なんて言ってられないので、ずんずん進んでいく。
そうしてしばらくすると、目の前に巨大な崖が姿を現した。
氷で覆われたその崖は、山頂への道を阻むように存在している。迂回するルートもないし、どうやら山頂を目指すにはこの崖を超えていかなければならないようだ。
「最後の試練ってところなの?」
「ボスでもなく、罠でもなく、純粋な自然の試練とは、なかなか珍しいですね」
それは確かにそう思う。
普通、試練といったら、強力なボスを倒したり、仕掛けを解いて罠を潜り抜けたりといった印象が強い。
もちろん、ダンジョンを踏破した、みたいなものもあると思うけど、この山は別にダンジョンってわけではないだろうし、ルートは無数にあるとはいえ、山頂まで迷うことはないだろう。
それが、吹雪による視界の制限や寒さによる体力の消耗、果ては崖による物理的なとおせんぼうとは、少し趣が違う気がする。
この山が、天然のダンジョンのようなものって感じなのかね。
「さて、どう登るの?」
「アリスさんであれば、【ハイジャンプ】でひとっとびできそうですが」
「まあ、できないことはないの」
雪で視界が厳しいが、着地点さえ見えれば飛んで登ることは簡単だろう。
ただ、問題なのは他の人達だ。
この崖はそんな低くはない。俺が上から引っ張り上げるにしても、ある程度は登ってもらう必要があるだろう。
もちろん、俺が一人一人抱えて飛んだり、【ドラゴンウィング】でそれぞれ飛べば、それで済む話ではあるけど、果たしてそれを許してくれるかどうか。
別に、これはただの自然の障害であり、試練でも何でもないとは思うけど、もしこれが試練だとしたら、そんなずるをしてクリアしたら絶対文句言われる気がする。
俺がゲームマスターだったら、表面上は許すけど、内心では絶対悔しがるだろうな。
一応、この山は神様の住まう場所という話もあるみたいだし、この先はもう山頂である。であるなら、最後の試練として配置されたこの崖をそんなずるをして登ったら罰が当たるかもしれない。
杞憂であるとは思うけど、そう考えずにはいられなかった。
「普通に登るとなると、ちょっと難しそうですね。せめてピッケルとロープが欲しいところです」
「後アイゼンとかな」
「どうにかして別ルートを探すという手もあると思うけど、なさそうだしね」
「一応、道具は作れると思うの。材料はあるし」
ピッケルは武器扱いだから【ウェポンコーディネート】で作れるし、ロープは元々持っている。アイゼンはまあ、【アーマラー】なら作れるだろう。
後はみんなの登攀スキルがどうかって話だ。
見た感じ、この崖はほとんどが凍ってる。普通に登ろうとしても足を滑らせてしまうだろう。
アイゼンである程度緩和したとしても、素人レベルの登攀じゃ難しい気はする。
普通に登るのは無謀か?
「絶対飛んで登った方が早いと思うが」
「うぬぬ……」
シリウスの言うとおりである。
それをしたくないのは、俺のただの我儘で、ゲームマスターがこれを用意したとしたら、がっかりするようなことしたくないってだけの話だ。
ただの自然という可能性の方が高いし、馬鹿正直に挑む理由なんてない。
それに、俺はみんなのお助けキャラである。基本的にはみんなの意見に賛同し、それを助けるのが目的のキャラだ。
それなのに、俺が我儘を言って皆を困らせるのは違うだろう。俺は常に、みんなを助ける立場でなければならないのだから。
「私は挑んでみても構いませんよ。ロッククライミング、とは違うかもしれませんが、少しは心得がありますし」
「ま、アリスの勘は当たるしな。ここで横着してご褒美を貰えなくなったら困るのも確かか」
「とりあえずやるだけやってみて、だめだったらその時また考えればいいんじゃない?」
みんなそう言って励ましてくれる。
俺の我儘だってわかってるだろうに、それを認めてくれている。
やっぱり、みんなのことが好きだ。何としてでも、助けてあげなくてはならない相手である。
「みんなありがとうなの」
みんなが手を取ってくれるのだから、俺もそれに応えなくてはならない。
【ブラックスミス】として、できる限りの力を込めてピッケルなどを作成していく。
その結果、めちゃくちゃ登攀に特化した道具が出来上がってしまった。
一応、『スターダストファンタジー』においても登攀判定というものは存在する。
基本的には、その人物の筋力を参照して判定を行い、成功したら登れ、失敗したら落下してダメージを受けるといった具合だ。
登るものによって難易度は変化するが、筋力が高ければ基本的には登りきることができる。
ただ、それは『スターダストファンタジー』での話だ。
リアルとなった今、ただ登攀判定に成功したってだけじゃ登れない気がする。道具は最高のものを用意したが、果たしてそれだけで登れるかどうか。
これでダメだったら、素直に飛んで運ぼう。一度は我儘を通したのだから、それ以上は迷惑をかけるわけにはいかないしね。
「それじゃあ、やってみます」
カインが崖に手をかける。
氷の壁にピッケルを突き刺し、体を持ち上げていく。
その動きは思ったよりも軽快で、ひょいひょいと登って行っているように見える。
吹雪のせいですぐにその姿は見えなくなってしまったが、案外登りやすいんだろうか?
「皆さん、後に続いてください。ロープで道は示しておきます」
カインが登った後には、崖に沿って張られたロープがある。
ルート取りも完璧なんだろうか。これはカインの登攀技術が高いのか、それとも道具が凄いのか、どちらだろう。
でもまあ、登れないことはないということはわかった。この調子で進んでいくとしよう。
「殿は私が務めるの。落ちても受け止めるから安心するの」
「その時は頼んだぜ」
続いて、シリウス、サクラが登っていく。
サクラはイナバさんが邪魔そうだったが、空気を読んで胸の中に収まってくれたようだ。
最後に俺も崖に手をかける。さて、どれほどの難易度なのだろうか。
手にしたピッケルを壁に突き刺し、地面から足を離した。
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