第四十二話:患者の下へ
その後、エミリオ様は周りの反対を押し切って、自ら俺を案内すると言って俺の手を引いて部屋を出た。
どこに連れていく気かは知らないけど、話の流れからして恐らく俺を呼んだ理由、つまり治癒魔法が必要な人がいる場所へ連れていくつもりなんだろう。
俺の手を握るエミリオ様の手にはかなり力が入っているように思えた。
「……この部屋に治して欲しい人がいる。だが、これは機密だ。国民には知らされていない。だから、ここでのことは他言無用で頼む」
しばらくしてある部屋の前に辿り着くと、そんなことを言ってきた。
そんなことを言われたら、治して欲しい人というのが誰なのかなんとなく想像がついてしまう。
ここは城の中でもかなり入り込んだ場所だし、扉の前にいるのは普通の騎士とは一風変わった意匠の施された鎧を着ている騎士が二人。少なくとも、城勤めのメイドの部屋とかではないだろう。明らかに重要な役割を持つ要人の部屋だ。
そして、それに加えて未だに姿を現さない王様の事を考えれば、その患者こそが王様だと想像ができる。
「わかったの。誰にも言わないの」
「よし。では開けるぞ」
そう言って部屋の扉を開ける。
王の私室と言ったところだろうか、廊下の煌びやかな装飾と違って割りと落ち着いており、生活感がある。まあ、ベッドは天蓋付きだし、他の調度品も高級品だと一目でわかるものばかりだけど、流石に部屋の中まできんきらきんでは落ち着けないだろうからな。色合いはかなりまともだ。
そして、そのベッドの上で横たわっている人物。布団をかけられているから全貌はわからないが、そこそこ年のいったおじさんって感じだろうか。口髭が立派ではあるけれど、血色は悪く、明らかに具合が悪いことがわかる。
「あ、お兄様。やっと連れてきてくれたのね」
ベッドの傍らにはフローラ様の姿があった。
どうやら看病していたらしい。傍にあるテーブルには湯の張られた桶とタオルが置かれていた。
「フローラ、部屋に戻ってろって言ったろ」
「私にも看病くらいさせてくださいな。私にはこれくらいしかできないし」
エミリオ様の言葉にぷくっと頬を膨らませるフローラ様。
可愛らしい表情ではあるが、あまり元気がない。やはり、父親である王様がこんな状態では心からの笑みは浮かべられないのだろう。
見たところ病気のようだが、果たして俺に治せるだろうか。
「はぁ、まあいい。アリス、見ての通り治して欲しい人というのは俺の父、クラウス王だ。さっそく診察を頼めるか?」
「わかったの」
何はともあれ、見て見ないことには始まらない。
俺はとりあえずキャラシを開くことにする。
キャラシは本来、そのキャラのステータスや持ち物、装備、持っているスキルなんかを記してあるものだが、シナリオ中にそれらの数値や数が変動した場合はメモしておけるように備考欄がある。
まあ、大抵の場合は素で覚えているか、別のメモに書いてしまうのでほとんど使われない項目ではあるが、こうしてキャラシがデータとして見れるようになった以上はそこに何かしら書かれている可能性がある。
そう思ってみてみれば、ビンゴだ。いくつか書かれていた。
内容を見る限り、まず毒に侵されている。病気と思っていたのだが、どうやら原因は毒にあるらしい。また、それに並行して麻痺と、いくつかのステータスに下降補正がかかっているようだ。
王様という役職を考えると、何者かに毒殺されようとした可能性がある。でも、それに誰も気づかなかったってことは一度に大量に飲まされたわけではなく、少しずつ飲まされて、次第に毒と麻痺によって体の自由が利かなくなり、床に伏せった、という形になったのだと思われる。
エミリオ様の話を聞く限り、王様のこの状態は病気と判断されているようだし、少しずつ飲ませていったとしたら計画的な犯行だ。
これは、思ったよりも面倒な依頼かもしれない。
「……王様はいつからこの状態なの?」
「一年ほど前だ。最初は日ごろの仕事の疲れが溜まっているのだろうと特に気に留めていなかったようだったが、次第に起き上がれなくなり、しばらくして寝たきりの状態になった」
「セレンがお医者様を呼んでくれたけど、原因不明の奇病だと言って匙を投げてしまったわ。城勤めの治癒術師でも治せなくて、それで各地から治癒術師や医者を探していたの」
一年もこの状態なのか。それだけ毒を飲まされて、むしろ良く生きている方だと感心してしまう。
しかし、普通毒が原因なら医者なら原因がわかりそうなものだけど……この世界の医療技術ではそこまで診断できないとか? あるいは見たこともない毒とか。
入手経路とかも気になるな。
「セレンって誰なの?」
「宰相だ。謁見の間で俺の傍に来た奴がいただろう。あいつだ」
俺の言うことなんて聞かずにさっさと処刑してしまえと唆したあの人か。
この国の政策がどうだかは知らないけど、呼びつけておいて処刑するとか普通に外交問題になりそうだけど、そんなんでいいんだろうか。
もし俺が獣人の国とかから来たとしたら、国の方から抗議の声が上がりそうだ。
「セレンも陛下のために色々苦心してはくれているんだがな。どうにもうまくいかない」
「昔は医者として活動していたこともあるらしくて、わざわざ調理場まで出向いてお父様に出す食事についてアドバイスしたり、時には自ら食事を運んで食べさせてあげることもあるわ。でも、お父様の具合は悪くなる一方で……」
宰相が自ら食事の世話をねぇ。身内であるフローラ様とかはともかく、宰相がそこまでやるだろうか。
見たところ注射みたいな跡はないし、毒を飲まされたとしたら食べ物とか飲み物に混ぜられてってことだと思うんだけど、その食事にわざわざ干渉してるってことはその宰相かなり怪しいぞ。
「それで、なにかわかったのか?」
「……まあ、一応原因はわかったの」
「本当か!? どんな病気なんだ? ちゃんと治るんだろうな!?」
エミリオ様が捲し立ててくる。なんだかんだ言って、エミリオ様もただ王様を助けたい一心だったのだろう。父親のために自らを律していたとすればあの行動もまだ許せる。
さて、ここで原因が毒というのは簡単だが、言ってしまっていいものか。
この症状は周りには病気と思われているらしい。それがいきなり毒が原因だとなったら、じゃあ誰が飲ませたんだって話になるだろう。
そうなったら犯人は慌てて動く可能性が高い。
証拠を消しに動かれても困るし、仮にここで毒を治せたとしても、その後またほとぼりが冷めた後にまた毒を盛られてしまったら何の意味もない。だから、まずは犯人を捕まえる必要がある。
だけど、ここでエミリオ様達に話してしまうとどこからか話が漏れてしまう可能性もある。万全を期すのなら、伝えない方がいいのではないか。
とはいえ、そうなると犯人捜しを俺一人でやる羽目になってしまう。王様を毒殺しようとしてるってことは、王様が死んで得をする人物の犯行。目的は恐らく王位継承の関係だろうか。
まあ、第一王子であるエミリオ様が何もされていないところを見ると、王位継承権を持つエミリオ様を王の座に座らせて、それを裏から操ることで疑似的に国を乗っ取ろうとしているという可能性もあるかな。
あるいは、エミリオ様に罪を着せて王位継承権を剥奪させ、いるかはわからないけど、自分が支持する別の王位継承者を王座に据える、とかもあるかもしれない。
いずれにしろ、国の要人に深く関わってくる話だ。治癒術師という肩書があったとしても、流石にそんな国の内情に一人で関われるはずもない。少なくとも、城関係者の協力が必要だ。
この二人であれば、協力者として申し分ない。なにせ国の王子と王女だからな。この二人が毒を盛ったの犯人である可能性もあるけど、恐らくそれはない。二人の目を見れば、本気で王様の心配をしているということくらいわかる。
とはいえ、ここでは場所が悪い。外には騎士が二人いるからな、話を聞かれる可能性がある。
さて、どうやって伝えたものか。俺は頭を悩ませた。
感想、誤字報告ありがとうございます。
 




