第三十話:実地訓練
この町は周囲を左右を山に囲まれた裾野に存在している。山以外の方角は片や魔物蔓延る未開拓地域、片やクリング王国中央部に続く街道と、実質移動できる場所は一方向しかなく、かなり交通が制限されている。
山の麓には広大な森が存在しており、この町で消費されている肉や衣服などはこの森の魔物や動物を狩って入手しているようだ。
猟師の話では、魔物は基本的に雑魚ばかりだが、たまに強力な個体が出ることがあるらしい。特に冬場は目撃例が多く、時たま町の人々が被害に遭うこともあるらしい。
猟師の見立てでは、彼らは山の高所から降りてきた魔物だとのこと。この山々が険しいとされる理由は道のりもそうだが、そうした危険な魔物が蔓延ることからもそう言われているようだ。
幸い、今の季節はあまり報告例がないらしい。多分、現れるのは食糧不足のためではないだろうか。
今は夏で、森には動物や森の実りが溢れている。山の高所がどうなっているかは知らないが、恐らく同じような条件なのだろう。しかし、冬になると動物達は冬眠し、森の恵みも少なくなる。だから、食料を求めて麓に降りてきているんじゃないかな。
まあ、魔物に関しては襲うのは基本的に動物ばかりで、人が襲われるのはたまたま遭遇してしまった場合だけみたいだから冬場はあまり森に立ち入らないことで被害は抑えられているようだしあまり気にしなくてもいいだろう。
今注目すべきなのは、元から麓の森を住処にしている低級な魔物の存在だ。
「出てくるのはゴブリン、コボルト、スライム……多分、ホーンウルフと同じくらい、なの?」
『スターダストファンタジー』においてもそれらの魔物は存在していて、草原で出会ったホーンウルフと同等の雑魚モンスターだ。
ただ、それでも種類によっては強力な個体もおり、詳しいことがわからないことには油断はできない。でも、猟師の人達もたまに倒しているくらいには弱いようだし、恐らく序盤に出てくる雑魚と同等だろう。
経験値的にはあまりおいしくはないが、この町の近くにある狩場と言えばここくらいしかないらしく、後は未開拓地域に踏み込むくらいしか魔物と戦える機会はない。
未開拓地域の魔物は調査が進んでいないこともあって未知数だ。シャドウウルフのように兵士でも苦戦する魔物もたまに出てくることがある。流石に、【弓術】の練習を目的としているのにそんな安全が不確かな場所に連れていくのはちょっと怖い。
ここは大人しく森に入り、ゴブリンなどの魔物を練習台に熟練度を稼いでいくべきだろう。そうと決まれば、早速シュテファンさんに報告だね。
「……というわけで、兵士達を森に連れていきたいの」
「なるほど、実地訓練というわけか」
この町の兵士の練度ならば森に入って魔物の相手をするくらいはどうってことない。俺が教えなくても対処できていたのだから、不意打ちでもされない限りは怪我をする心配も少ないだろう。
しかし、それでも常駐戦力を連れ出すことに変わりはなく、訓練している間は町の守りは薄くなる。
町から森までは一時間ほど。町に何かあって、その伝令が森に辿り着きそれから町に戻るとなればそれ以上の時間がかかる。
もちろん、そうそう町が危機に陥ることはないだろう。砦までは馬車で一週間ほどかかるが、早馬ならば三日ほどで移動することが出来るから砦の方で何かあれば早々に察知できるだろうし、森に関しても常に見張りが立てられているから異変に気付くのも早い。町に危害が及ぶよりも先に戻ることは十分に可能だ。
俺も同行するし、万が一の時は全力で守るつもりである。だから、そこまで心配する必要はない。
「わかった。そちらの指揮はアリスに任せる。手の空いている者から順に編成していこう」
というようなことを説明しようと思ったのだが、シュテファンさんはあっさりと許可を出してくれた。
なんか拍子抜けなんだけど……まあ、危険だなんだと言われてごねられるよりはよっぽどましか。
一応、理由は【弓術】の訓練のためとしているが、本当にこれでスキルレベルが上がるかはわからない。でも、理屈としてはそういうことだろうし、仮にあまり効率的でないにしても経験値が手に入るから全く無駄というわけでもない。
実際に魔物の動きを見て矢を射かける。この経験は必ず生きるはずだ。だから、この訓練はちゃんと意味があると思う。
それから数日後、森に訓練に行く編成が決まったので早速出発することになった。
編成には必ず猟師の人を一人入れるようにし、それから【弓術】のレベルが二以上の人を三人以上入れるようにして戦力のバランスを整えた。
【弓術】のスキル上げなので基本的には弓での攻撃以外を許可しないが、いざという時は剣や槍による攻撃も許可することにしている。万が一の時は俺が速攻で射抜くし、兵士達に危険が及ぶことはないはずだ。
「それじゃあ、これから森での実地訓練なの。みんな、今まで教えてきたことを思い出して真剣に取り組むように、なの」
「「「はい!」」」
総勢15人。全体の割合からしたら少ないが、あまり多すぎても俺の目が行き届かなくなるのでこのくらいがちょうどいい。どうせ何度も森へ行くことになるだろうしな。
初回である今回はなぜかシュテファンさんも入っている。
仕事はいいのかと思ったが、森へ潜る時間は本来訓練に当てている時間だし、シュテファンさんは自ら訓練の指揮をするような人なのでそこまで問題はないか。
「アリス、動物は狩らないのか?」
「少しは狩るつもりなの。せっかく森に来たわけだし、わざわざ逃すのはもったいないの」
森の動物達は町の食料源だ。狩りすぎるのはよくないが、向かってきた奴を狩って持ち帰るくらいはしてもいいだろう。
だが、あくまでこれは弓の訓練だ。動物を相手にしても熟練度は上がるだろうが、やはり魔物の方が都合がいい。
「各自、周囲を警戒しながら進むの。魔物が出てきたら連携を意識して集団で狩るようにするの」
「「「了解です!」」」
当初は少女だと舐められたりもしたが、今ではすっかり俺の言うことを聞くようになってくれた。
あんまり依存しすぎて指示待ち人間になるのは困るが、ある程度言うことを聞いてくれるのは教える側にとってはありがたい。理想はいざという時に自分で選択できる判断力のある人間に育ってくれることだ。
油断なく周りを見回しながら歩く兵士達の背を見て、そんなことを思っていた。
森での訓練は割と好調だった。
訓練時間の関係上、森にいられる時間はせいぜい一、二時間程度しかないが、そんな短時間でもそこそこの魔物を狩ることが出来た。
弓限定の戦いということで多少苦戦したところもあったが、概ね善戦でき、相手に気付かれる前に射貫くという場面も少なくなかった。
まだまだ命中精度などの問題は残るが、動く敵を相手に練習を続ければいずれ向上していくことだろう。
経験値に関してはパーティとみなされたらしく、全員に同程度の経験値が入っていた。ほとんど見ているだけで何もしていなかった俺にも経験値が入っていたから、パーティであればわざわざ攻撃する必要はないのかもしれない。
ただ、やはり一人あたりに入る経験値は少なくなっているようで、レベルアップするほどの経験値を得ることはできなかった。
大体『スターダストファンタジー』の時と同じくらいの経験値量だろうか? これだけの大人数で経験値を分配してその量ってことは、この世界の魔物の経験値はやはり多い。そりゃ1レベル上がるのに数千とか言う経験値を要求されるわけだ。
今日はレベルアップこそしなかったが、塵も積もれば山となる。これからも森にはどんどん潜っていくつもりだし、その内レベルアップできるだけの量が溜まることだろう。
兵士達の成長を喜ぶとともに、次はどんなスキルを取ろうかと期待に胸を膨らませた。
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