第二十九話:瞬殺
合図と同時に矢を射かける。
間合いはわずかに数メートル。弓にとっては至近距離とも言える距離だが、剣にとっては数歩必要な距離だ。
エルドさんも流石に場数を踏んでいるのか、俺が放った矢をいとも簡単に回避してくる。
これだけ近ければ弾道は簡単に予想できるし、俺の手の動きを見れば攻撃のタイミングはすぐにわかるだろう。
エルドさんの口がにやりと吊り上がる。もう勝負は決したと思っているのだろう、駆け込んでくる軌道はとても単調で隙の多いものだった。
もちろん、俺にとって初撃が躱されるのは予測済み。むしろわざと外したまである。
走り込んでくる無防備な体に向かって、俺は即座に第二射を放った。
【ラピッドショット】
通常、弓は次の矢を準備するまでに数秒を要する。もしこの隙があれば、あんな隙だらけの突進でも瞬く間に接近され、剣を打ち据えられていたことだろう。
しかし、その隙をなくしてしまうのがこのスキルだ。
本来は通常の攻撃に加えてスキルを乗せずにもう一度攻撃することが出来るというスキルだが、目にもとまらぬ速さで矢を射かけるというフレーバーテキストがある。
その速度はコンマ数秒。俺自身どうやってこんなに早く矢をつがえているのかわからないほど速い。
「なっ!?」
当然、第二射など予測していなかっただろうエルドさんは矢を避けることが出来ず、顔面に矢を受けることになる。
もちろん、今使っている矢は支給された矢尻のない練習用の矢だ。そして、もちろんめちゃくちゃ手加減した。だからめっちゃ痛いだろうけど死ぬことはない。いや、流石に目に入ったら失明するかもしれないからその辺は調整してるけどね。
顔面に矢を射かけられる。それはすなわち、実戦だったら即死していたことを意味する。
まあ、実際には即死というわけではないだろうが、俺が本気で矢を放ったら即死するのは間違いないだろう。即死でなくても致命傷であることに変わりはないし、行動不能になるのは必至。つまり、俺の勝ちだ。
「私の勝ちでいいよね?」
「……ま、まだだ! 油断さえしなければ剣の方が強いに決まってる!」
「そう。ならもう一度やってあげるの」
意外と往生際が悪い。だけど、俺はあえて指摘はせずにもう一度仕切り直して勝負する。
いくら理詰めで説得したところで、結局この人は納得しない。あの時避けれていれば、油断さえしなければと何かと理由を付けて結局取り合わないのが目に見えている。
だから、ここは完膚なきまでに叩きのめして心を折る。俺には勝てないんだと心の底から思えるように体に叩き込む。
そうすれば、間違っても弓より剣が強いなんて思わないだろう。いや、実際には弓より剣の方が強い場面の方が多いと思うが、少しでも弓の有用性に気が付いてくれれば幸いだ。
何度やったところでエルドさんに勝ち目はない。いくら油断なく攻め込もうが死角というものは存在する。意識外からの攻撃というものはとっさに判断しにくいものだ。ましてやたった数メートルの距離で躱すか往なすか判断するのは至難の業だ。
時には剣の軌道をそらし、時には足元に放って躓かせ、時には真正面から狙いに行く。
そんなことを数戦繰り返し、エルドさんはすっかり満身創痍となっていた。
体中に痣が出来ていて痛々しい。だが、そこまでやった甲斐はあったようだ。
「これで満足なの?」
「……ああ。お前の勝ちだよ」
吐き捨てるようにそう言い、地面に大の字になって転がる。
ここまで傷ついても戦い続けられるだけのタフネスは賞賛に値するが、出来ればもう少し早く勝ち目はないと気づいてほしかったものだ。
俺は倒れているエルドさんに近づき、治癒魔法を行使する。
【ヒールライト】
暖かな光がエルドさんを包み込み、体に刻まれた痣を消していく。
これにはエルドさんも驚いたようで、信じられないと言った面持ちで俺の事を見つめていた。
「お前、治癒魔法が使えるのか」
「割と得意なの」
以前は本当に齧った程度の知識だったが、今では事回復においてはほぼすべてのスキルを取得している。
この世界の治癒魔法の精度がどのくらいかは知らないが、恐らく並み以上はあるんじゃないだろうか。
「……何者なんだ、お前は」
「私はただのアリスなの」
ただの、と言ってもこの世界では全然ただの、ではない気がする。
でも、冒険者バッジが機能していない以上冒険者と名乗るのはおかしいし、先生と名乗るのもちょっと違う気がするから他に表現のしようがない。
まあ、つまりあまり気にしないで欲しいということだ。
「……もうこんな時間なの。今日の訓練はここまで、みんな暇な時にしっかりと復習しておくの」
「「「はい!」」」
そうしてその日の訓練は終わりになった。
俺が去っていく時もエルドさんはずっと俺の方を見つめていたが、放心していたというわけではなさそうだし心を折るまでには至らなかったってところだろうか?
自分の中で折り合いをつけ、俺のことを認める方針にシフトしたのか、それともいつかリベンジしてやろうと闘志を燃やしていたのか。どちらなのかはわからないけど、これで真面目に訓練に参加してくれればいいな。
その日以降、エルドさんは真面目に弓の訓練をしてくれるようになった。むしろ誰よりも積極的で、あっという間に【弓術】を取得してしまったから最初から真面目にやってればよかったのにと思う。
エルドさんが靡いた影響でエルドさんに触発されてボイコットしていた兵士達も弓の訓練に混ざるようになり、怪我人や病人を除けばようやく全員に弓の指導を行き渡らせることが出来るようになった。
ここまで長かった。今なら学校の先生の気持ちがよくわかる。人にものを教えるというのは本当に大変だ。
ともかく、全員に【弓術】を覚えさせるという点はクリアした。となると次はスキルレベル上げである。
現状は数人がレベル3、三分の一ほどがレベル2で、残りがレベル1。
なるべく偏らないように上げていきたいところだが、これに関してはその人のセンスも重要になってくるようなのでそううまくはいかないだろう。
目標はスキルレベル5。砦で一番強いと言われていたゼフトさんの槍術スキルがレベル6だったのだから、それくらいあれば十分強いと言えることだろう。
問題はどれだけの時間がかかるかだ。
レベル1から2に上がるのは割とすぐだったけど、レベル2から3に上がった者はいない。今いるレベル3の人達は元々からレベル3だった人達だ。
熟練度システムのようなものだとするならば、スキルレベルが低いうちは上りが早く、レベルが上がっていくにつれて上がりにくくなっていくというのが普通だ。
もし短期間でレベルを上げたいのなら効率的な稼ぎ方をしないと無理な気がする。
今やっているのは的に向かって矢を放つ至ってシンプルな訓練。もちろん、弓を引く力を鍛えるために筋トレをしたり、矢をつがえる動作を何度も繰り返したりと言った訓練もしているけど、正直それだけではダメな気がする。
経験値と同じだ。この世界では経験値は修行によって稼ぐか、魔物などを倒して得るという二つの方法がある。そして、そのどちらが経験値を手に入れやすいかと言ったら後者だ。
だから、スキルレベルも同じように訓練だけでなく、実戦も取り入れた方が成長が早いのではないかと考えた。
ただ、弓で模擬戦は正直難しい。エルドさんとやったような剣対弓は今の兵士達じゃ難しいと思うし、弓対弓をやるにしても何にもない訓練場でただ撃ち合うだけでは的当てとあまり変わらない気がする。
やはり、実戦をするなら魔物を相手にするのが一番だろう。それならば経験値も入って一石二鳥だしな。
今度シュテファンさんに進言してみよう。ついでに狩場も教えてもらわないとな。
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