第二十八話:問題児
それから二週間。ひとまずレベルアップのことは保留にして、【弓術】の取得とその他のスキルレベル上げを重点的に行っていった。
精鋭というのはあながち間違っていないようで、教えれば教えるだけ技術を吸収していってくれるので凄く教えがいがある。
おかげで今では八割ほどが【弓術】を取得し、スキルレベルも1から2へ上がっている。
ただ、やはり個人差はあるようで、何度教えてもなかなか【弓術】を取得しなかったり、スキルレベルの上がり方に明らかな差があったりで均一に上げるというのは難しい。
まあ、それに関しては予想通りではあるし、今すぐ強くならなくてはならないというわけでもないので、気長にやっていけばいいだろう。
教えられても理解できずに覚えられないというのなら全然問題ない。それなら何とかわかるように説明を噛み砕いたり、別の方面からアプローチすることも可能だから。それよりも問題なのは、そもそも話を聞かない人物だろう。
「……」
俺が弓の扱いについて教えている横で剣の素振りをしているのは警備隊長のエルドさんだ。
俺が話しかけても無視するばかりで全く聞く耳を持たない問題児。しかも、警備隊長というある程度高い地位にいるせいか、エルドさんに触発されて話を聞かずに勝手に練習を始める兵士達が数人出てきている。
シュテファンさんがいる時はちゃんと真面目に聞いてくれるんだけど、シフト調整をしたせいで仕事が増えたのか、シュテファンさんが毎日出ることが難しくなったらしく、こうしていない日は好き勝手にやっているのだ。
おかげで彼らは【弓術】を取得できていない。
もちろん、全員が【弓術】を必要としているわけではないだろう。【弓術】が役に立つのは主に砦に勤める兵士達で、警備隊長であるエルドさんが街中で弓を使う場面なんて少ないだろうし、習う必要はないと考えるのはわかる。
ただ、今後配置換えがないとも限らないし、もしかしたら弓を使う場面が出てくるかもしれない。先生を任された以上、少なくとも並程度に扱えるくらいには覚えてもらわないと困るのだ。
俺が子供の見た目だから舐めてるって言うのもあるんだろうけど、もし俺が言うこと聞かない人がいるってシュテファンさんに報告したらどうするつもりなんだろうか。下手したら警備隊長という職を辞さなければならなくなるかもしれないのに。
シュテファンさんを説得できる自信があるのか、それとも単なる反抗心からで何も考えてないのか。流石に前者だと思うけど、後者だとしたらただの悪ガキだよなぁ。
元の俺の年齢を踏まえてもエルドさんは年上だけど、こうした態度を見ていると子供っぽいなと思えた。
「エルドさん、ちょっとこっち向くの」
「……」
ともかく、このままではいけない。今までは見逃してきたが、他の兵士達の教育が軌道に乗り始めた今、問題は早期解決するべきだ。
俺が話しかけてもエルドさんは素振りをやめない。警備隊長という役職を持つだけあってフォームはかなり綺麗だ。そこそこ実力があることもわかる。
だけど、今はそれは関係ない。俺は無理矢理剣の間に潜り込み、親指と人差し指で剣を挟んで止める。
ダメージを上げるために筋力には相当振ってある。この世界基準でレベル15程度の筋力では振り払うことは困難だ。
エルドさんはしばらく剣を抜こうと躍起になっていたけど、やがて無駄だと悟ったのかぶっきらぼうに話しかけてきた。
「……なんだ」
「今は弓の勉強中なの。素振りは後でやって欲しいの」
パッと剣を放すと、勢いでエルドさんがよろける。
ちょっと強く摘まみすぎたのか、剣がわずかにひしゃげていた。
そんなに強く摘まんだ覚えはないんだけどな……。力加減に注意しないといろんなものを破壊してしまいそうだ。
「俺には必要ない。剣があれば十分だ」
「剣では不足だから弓を教えるようにと言ったのはシュテファンさんなの。あなたはシュテファンさんの考えに賛同できないの?」
「……それでも、剣より弓が強いなんてことはありえない。砦の連中が窮地に陥ったのは訓練が足りなかったからだ」
なるほどね。まあ、確かに間違ってはいないだろう。
砦の防衛において弓が有利とは言っても、普通に戦うよりは有利というだけであって絶対の必勝法ではない。
弓なんてなくても剣の腕が立てば善戦できただろうし、今まで習ったことのない弓に頼るより使い慣れている剣を使った方がよほど活躍ができる。そう考えるのも無理はないだろう。
だけど、それは個としての戦いにおいてだ。他の仲間と連携することを考えると、剣ばかりでは都合が悪い。
何事にも相性というものはある。例えば、空を飛ぶ魔物が来た時、剣だけでは太刀打ちできないだろう。そんな時に剣が得意だからと剣しか使えないようでは魔物にやられることになる。
弓を使えるようになるというのは決して無駄なことではない。
それにそもそもエルドさんは一つ勘違いをしている。
「じゃあ、弓が剣より強いと証明すればちゃんと聞いてくれるの?」
「……そうだな。それなら少しは学ぶ価値もあるかもしれない」
弓は連射が利かない。剣士と一対一で相対した時、一発外してしまえばその間に剣士に間合いを詰められて敗北してしまうだろう。
しかし、それは一般的な弓使いの話であって、例外は存在する。
エルドさんも俺が何を言いたいのか理解したのだろう。きっと俺の方を睨みつけて剣を構えた。
「それじゃあ、模擬戦をするの。私が勝ったらちゃんと話を聞いてなの」
「いいだろう。俺が勝ったらお前にはこの町を出て行ってもらおうか」
俺の条件にかこつけて俺を排除しにかかってきたか。
もちろん、多くの兵士達は俺の言うことを素直に聞いてくれている。ここ数日の練習で割と話せるようになってきたし、俺のことを慕ってくれている人もちらほらいる。だから、俺が町を出て言うとなれば少しは惜しむ声もあるだろう。
シュテファンさんに依頼されたこともまだ達成できていないし、まだ町を出ていくわけにはいかない。これは負けられない戦いになったな。
「わかったの。それじゃあ、他の人達は一旦練習は切り上げて休憩しててなの」
弓の練習に明け暮れる兵士達にそう言うと、俺は少し離れた場所に陣取る。
コートのようなものはないが、踏み均されている場所に限れば簡易的なコートに見えなくもない。模擬戦をするには十分なスペースだろう。
他の兵士達は何事かと俺とエルドさんの事を見つめている。さて、それでは始めようか。
「ダニーさん、ちょっと開始の合図をしてほしいの」
「は、はい!」
審判がいなければ模擬戦はできない。ちょうど近くにいた兵士に話しかけると、すぐに俺達の間に入って開始の宣言をしてくれた。
「それじゃあ、始め!」
試合の火蓋が切られる。
片や近接不利の弓、片や近接特化の剣。普通ならば勝敗は目に見えているが、生憎と俺は普通ではない。
遠距離ではとても強く、近接でもなんだかんだ強いのがアリスだ。
弓の神髄、とくと味わうがいい。
感想、誤字報告ありがとうございます。
 




