第二十六話:現状把握
お風呂の騒動の後、俺は夕食を食べることになった。
夕食の席にはシュテファンさんの他に奥さんもいて、シュテファンさんは少し自慢げに紹介していた。
見た感じの印象としては、儚げな少女だろうか。シュテファンさんと結婚している以上は成人しているんだろうけど、とても華奢で身長も低く、少女と言われても納得できるほどの容姿だった。
まあ、少女とは言ってもアリスほどではないけど、それでも幼いことに変わりはなく、妻だというシュテファンさんを少し軽蔑と期待の籠った目で見つめてしまった。
シュテファンさんも領主にしては若い方ではあると思うけど、いかんせんガタイが良すぎる。奥さん、ミラさんというらしいけど、二人が並ぶと余計に差が出てあまりに似合わない。
これでシュテファンさんが獣人だったら美女と野獣とか言えるのかもしれない。
でも、そんな儚げな奥さんだけど、以前は王宮の魔術騎士団の団長として活躍していた時期もあるらしい。その時の年齢が二十歳過ぎだと言っていたので、見た目より年齢は上なのかもしれない。
武術のシュテファンさんに魔術のミラさん。全く毛色が違う二人だけど、見た感じは幸せそうだった。
「さて、と」
夕食が終わり、部屋に戻ると俺は早速キャラシの確認作業に入った。
【キャラクターシート閲覧】の機能だが、どうやらキーワード検索のようなことが出来るらしい。例えば、『マリクス』と指定してやればマリクスの町に関係する人のキャラシだけが表示される。
その他にも『マリクスの警備隊』だったり『コクロン砦の兵士』だったり色々細かく指定することが出来るので、案外まとめるのは簡単だった。
ざっと目を通してみた限り、レベルは思ったよりも高かった。
大体10~15くらいで、たまに一桁台がいる程度。割合を考えると、10~13程度が普通で、14以上あれば精鋭ってところだろうか。
いや、シュテファンさんに言わせれば全員が精鋭であるんだろうけど、その中でも突出して高いのはそれくらいってことになる。
強いとやはり重要な役職を任せられるのか、あのエルドという警備隊長はレベル15だった。
で、肝心の【弓術】のレベルに関しては、これは予想通り。
ほとんどの人が取得すらしておらず、取得している人も1か2程度。高くても3だった。
それでも、1でも取得している人と取得すらしていない人では結構な差があったように思えるからそのスキルを持っているということは結構重要なのかもしれない。
逆にレベルが1と2ではそこまでの差はなく、3でようやく少しうまいんじゃない? って思える程度だったから1と2で見習い、3でようやく一般的な腕前と言ったところだろうか。
戦闘で使えるようにするなら少なくとも3、出来れば5以上は欲しいだろうか?
スキルレベルは訓練で上げることが出来るようだからそれは予定通り行えばいいとして、ただ少し問題がある。
「これ、スキルレベルを上げた程度でどうにかなるの?」
以前、砦で遭遇したシャドウウルフ戦。あれを見る限り、多少弓の扱いがうまくなったところで撃退できるとは到底思えなかった。
そりゃ、弓が使えれば高所からの攻撃ができるだろうし、相手の知能が低ければ一方的な戦いを仕掛けることも可能だろう。だけど、シャドウウルフレベルとなるとそれも怪しくなってくる。
シャドウウルフは門を破壊しようとしていた。つまり、あそこを破ればここを抜けられると理解していたのだ。
なぜシャドウウルフがそんな知識を持っているのかはわからないけど、完全に門に取り付かれてしまえば高所からではもはや狙うのは難しいし、そうなるとあの時と同じように地面に降りての接近戦を仕掛けるしかなくなる。
得意な武器を手にしてあれだけの被害が出ていたのだから、弓を鍛えた程度ではシャドウウルフの群れを退けることは困難だろう。
確実な戦力の強化を期待するなら、弓もそうだが剣も槍も鍛える必要がある。しかしそれよりも重要なことは、レベルを上げることだ。
この世界の住人はレベルアップ時に得られるボーナスが著しく低い、というよりない。だから、レベルが上がったところで突然強くなるということはない。しかし、上げないよりは強くなるのは確実だ。
経験値量を見る限り、全員1か2レベル分成長するだけの経験値を持っている。焼け石に水ではあるが、レベルアップしないよりはましだろう。
というか、そもそもなんでレベルアップできるだけの経験値があるのにしないのだろうか?
レベルという概念は理解しているように思える。俺にレベルはいくつだと聞いてきたし、他人のレベルを把握していたりしたからな。だから、何かしらの方法でレベルを知る方法があるはずだ。
しかし、自由にレベルアップできるかと言われたらそういうわけでもなさそうだ。もし、個人個人で自由にレベルアップできるなら、せっかく溜めた経験値を残しておくのはもったいないし、戦力の強化を望んでいるシュテファンさんなら優先的に兵士のレベルは上げていきそうな気がする。
何かアイテムが必要とか? それとも俺のようにレベルアップさせることが出来る人が他にもいて、その人でなければレベルアップできないのだろうか。
この辺りはシュテファンさんに聞いた方がいいかもしれない。法律とかで勝手にレベルアップしてはいけないみたいなものがあったら困るし。
逆にそういうのがないなら俺の方でレベルアップさせてあげるのもいいだろう。相手の了承を得る必要があるけど、強くなれるというなら拒絶する人はあまりいないはずだ。
「まずは全員が【弓術】を取得できるように頑張るの」
なんにせよ、俺に期待されているのは弓の扱いだし、まずはそこをしっかりと教え込んでいかなければならない。
俺はどういう風に教えようかと頭の中でシミュレーションしつつ、ベッドに横になった。
翌日、シュテファンさんと共に訓練場を訪れると、十数人の兵士が待っていた。
昨日は緊急招集ということでほぼ全員が集合したが、流石に毎日全員が集合することはできない。皆普段は別の仕事をしている通いの兵だし、警備隊も見回りなどの仕事があるのだからいつまでも訓練というわけにもいかないだろう。
ここに集まったは兵舎に常駐している正規の兵士と手が空いている通いの兵士達。まあ、100人近くの人に一気に教えろと言われても無理だから、こうして少なくなってくれるのはありがたい。
シュテファンさんの話では今後はなるべく教えが行き届くように交代のシフトを考えると言っていたし、気長にやっていけばいいだろう。
もし訓練量の差で実力に差が出てきてしまったら、その時はシュテファンさんに文句を言って欲しい。俺はただ、目の前の兵士に弓の扱いを伝授するだけなのだから。
「みんな、おはようなの。早速だけど、基礎から練習していくの」
教えると言っても、俺自身は弓の経験はない。子供の頃に少しアーチェリーをやっていた程度だ。
しかし、アリスとしての知識は体に叩き込まれているようで、基本的な構えや力の入れ方、狙いの付け方などはするすると言葉にすることが出来た。
わかりやすいように兵士達が使っているのと同じ弓を使って実践したり、直接体を触って体幹を直してやったり、そんなことをしているとあっという間に時間は過ぎ、午前の訓練は終わりとなった。
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