第二十五話:自己紹介とみんなの腕前
「……わかったかな? これが彼女の力だ。彼女のようになれとまでは言わん。だが、彼女の知識を得れば戦場で弓が輝くこともあるだろう。お前達には彼女の技術を出来る限り吸収してもらいたい。さらなる戦力の向上を期待している」
多くの兵士があんぐりと口を開けて呆然と立ち尽くす中、しばしの間を開けてシュテファンさんが宣言した。
俺と的を交互に見る兵士達。目の前で起きたことが信じられないのか、目を擦って何度も見直してみるが、その光景は変わらない。
剣や槍の腕前ならば勝てるかもしれない。しかし、少なくとも弓においては自分など足元にも及ばないということは理解したようだ。
明らかに俺を見る目が変わっている。シュテファンさんの思惑通り、多少は認めてもらえたようだ。
「今後、訓練の際には彼女が指示を出す。しっかり励めよ」
「「「おおー!」」」
兵士達から歓声が上がる。自分でもあれができるようになる、そんなビジョンを夢見て奮起したのかもしれない。
でも、残念ながらそれは叶わないだろう。俺も教えるからには全力を尽くすつもりだが、どうあっても再現できないものというものはある。せめて、強くなったと実感できるように頑張ろう。
「ではアリス。早速指示を」
「え、あ、うん」
いざそう言われると緊張する。矢を放つ時は冷静だったが、そうでない時はその冷静さも続かないようだ。
俺の事を一心に見つめる視線にあわあわしつつも咳ばらいを一つしてごまかし、なんとか言葉を絞り出す。
「初めまして。私はアリスなの。こんな小娘に教えられるなんて不満かと思うけど、そこは頑張って教えるから我慢してほしいの」
少しでも愛想よく見えるように笑顔を作り、ペコリを一礼する。
話し方に関してはとっくに諦めている。子供と思ってスルーしてもらうしかない。
「えっと、まずはみんなの名前を教えて欲しいの。その後、弓の腕前を少し見せてもらえたら嬉しいの」
名前を聞くのはもちろんキャラシを見るためだ。流石に80人弱のキャラシを見るのは大変だけど、それぞれがどの程度の腕前なのかを把握するにはこれが一番だし、レベルがどんなものかも知っておきたい。
まあ、見るのは後でになりそうだけど。流石にこの場で見るのは時間がかかりすぎる。そもそも、80人もの顔と名前を一致させることが出来るのかどうかが疑問だ。
多分、一度でも顔と名前を把握できればキャラシを確認することはできるだろうけど、その後で忘れてしまった場合はどうなるんだろう? 見れなくなってしまうのだろうか?
だとしたら俺の記憶力にかかっている。まあ、砦の兵士達の顔と名前を忘れていない辺り、アリスの記憶力は割といい方みたいだからそこまで心配しなくても大丈夫か。
「俺はダニーって言います。いつもは畑を耕してて……」
自己紹介は順調に進んだ。シュテファンさんの教育が行き届いているのか、一気にまくしたてるということもなく綺麗に並んでいる。
やはり兵士だからその辺りはきっちりしているのだろうか? まあ、こちらとしては面倒が少ないから大歓迎だけど。
そうして自己紹介をしていると、不意に砂が巻き上げられたので一歩下がって回避した。
どうやら地面を蹴ってわざと砂を巻き上げたらしい。下がらなかったら服が砂まみれになっていたところだった。
ちっ、と舌打ちが聞こえたので見てみると、そこには真っ赤な髪が特徴的な長身の男性が立っていた。
「……俺はエルド。警備隊の隊長をしている」
こちらを睨むように鋭い視線を向けてくる。割と強面なのもあってその威圧感は半端ない。
まあ、アリスにとってはそこまででもないようで、特に動揺したりはしなかったけど。
「エルドさん、よろしくなの」
「……ちっ」
エルドさんはそのまま列を抜けていった。
まあ、そりゃいるよね。いくら俺の技術が優れていたって、だからと言ってそれを素直に認められる人ばかりではない。中にはそれを認められずに突っかかってくる人もいるだろう。
彼はそうした当たり前の一人に過ぎない。特に気にすることでもないだろう。
その後、自己紹介が終わり、弓の腕前を見ることになった。
数メートル離れた的に向かって数本ずつ撃ち、どれだけ命中するかを見る。
大体の人はそもそも的に当たらないという結果になった。そりゃ、いつもは剣や槍を使っているのだから弓の扱いに慣れていないのは当然だろう。
だが、いつもは狩猟を手掛けている猟師達の中にはそこそこ弓を扱える者もいた。
主に使うであろう砦の兵士達は半々といったところで、そこそこ使える者もいれば全く使えない者もいるという風に分かれた。
うーん、まあ、割とできた方なのか? ついでに剣や槍の腕前も見せてもらったが、そちらに関しては結構動きが良かったし、シュテファンさんの言う通り技術はあるのだろう。
単純に戦力を上げるなら、そちらを伸ばしていってもいいような気はするが、そっちに関しては俺は教えることが出来ない。
いや、教える方法もなくはないけど、今は無理だ。
当初の予定通り、まずは基礎を教えていって、ある程度使えるようになってきたら実戦に、って感じになりそうだな。
単純に腕前を見るだけとは言っても、80人もいればかなり時間がかかるもので、粗方見終わる頃には日が傾いてしまっていた。
ひとまず、本格的な訓練は明日からということでその日は解散となり、俺はシュテファンさんの屋敷へと帰ることになった。
「部屋はこの部屋を使うといい。息子の部屋ではあるが、今は王都で暮らしているのでな」
案内されたのは割と広い一室。調度品も粗方揃っているようで、俺にはもったいないくらいの部屋だった。
部屋の隅には本棚もあり、数冊の本が収められている。そういえば結局図書館には行けていないし、ちょうどいいかもしれない。
「夕食まで少し待っていてくれ。それとも、先に風呂に入るか?」
「え、お風呂あるの?」
「ああ。そう珍しくもないだろう?」
お風呂は高級宿とか貴族の邸宅にしかないと聞いてはいたけど、よく考えたらこの人貴族なんだからあっても不思議ではないか。
これはついにチャンスが来たのでは? お風呂のある宿に泊まったとしてもどちらにはいればいいのかわからないということで悩んでいたが、家のお風呂であれば一人で入れるだろうしその辺りを気にする必要はないだろう。
地味に夢だったお風呂に入るが実現できそうで少し嬉しい。俺は迷わず入ると宣言し、湯の用意をしてもらうことになった。
「ふふ、楽しみなの」
ようやくお風呂に入れる。そんな想いでうきうきと待っていたのだが、俺は貴族の風呂というものを舐めていた。
準備ができたというので行ってみれば、そこには無数のメイドの姿が。どうやら俺の湯の世話をしてくれるらしい。当たり前のように服を脱がしにかかってきた。
中身が男の俺が女性の裸を見てしまうからと敬遠して入らなかったのに、女性に湯の世話をされては意味がない。
俺は必死に断ったが、主人から言い付けられているとの一点張りで全く引かず、むしろ早く観念しろとばかりに迫ってくる。
結局抵抗は無駄に終わり、俺は服を剥ぎ取られて体中を隅々まで洗われることになった。
敏感な場所を撫でられたり擦られたり、いつも以上の刺激に声を上げてしまったのは言うまでもない。
メイドさん達はまったく気にしていない様子だったけど、俺は精神的に大ダメージを負った。
もうやだ、この体……。
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