第二十四話:顔合わせ
この町にある戦力としては、警備兵が30人、砦への交代戦力が30人、そして有事の際に駆り出される待機兵が40人と、砦に常駐している兵が15人で計115人程度。しかも、その多くは兵士が専門ではなく、町で別の家業をしながらの通いであるらしい。
純粋な兵士は半数にも満たなく、もしこれで隣の国が攻めてきたなんて事態になればあっという間に制圧されそうな貧弱さだった。
とはいえ、個人個人の練度は比較的高いらしく、レベルの割にスキルレベルは高いらしい。レベルによる力の差こそあれど、技術だけならば騎士にも引けは取らないと自慢していた。
砦にいた兵士を基準に考えると、スキルレベルは大体4~6くらいだったはず。シュテファンさんの言葉を信じるなら、スキルの技量的にはこのくらいが国の騎士レベルということか。
だが、それは【剣術】や【槍術】に限っての話であり、今回の要である【弓術】に関してはほぼ見習いレベルらしい。
俺の使命は、初心者ばかりの兵士達に【弓術】の使い方を叩き込み、スキルレベルを上げることだ。
さて、どうやったものかね。
「訓練場とかはあるの?」
「ああ。隣に兵舎があって、そこに訓練場も設置されている。……とは言っても、ただの広場なんだがな」
この庭も一応訓練場っぽくはあるけど、流石に兵士が訓練するには狭すぎる。ちゃんとそういう場所があるのはよかった。
しかし、口ぶりからすると特に特別な設備とかはないみたいだけど、特別な訓練って何をしたんだろう?
訓練することによってスキルレベルが上がっていく、って言うのは何となくわかるけど、ただ漠然と素振りを繰り返しているだけでも上がったりするのだろうか。
「特別な訓練って言うのはなんなの?」
「そんなに難しいことじゃない。ただ私が直々に訓練しているだけだ」
シュテファンさんは武術においては割と優秀らしく、昔は戦場で何度も功績を上げてきた実績があるらしい。その知識と技術を直接指導することで叩き込み、また実戦に近い形式の訓練をすることによって練度を高めているようだ。
教える人が凄ければ成長も早くなるということだろうか。領主自ら兵士の訓練とは中々に凄いと思う。
「シュテファンさんは弓は使えないの?」
「使えないことはないが、得意ではないな。知識として知っているだけだ」
流石に知識で知っているだけではそこまで経験にならないということか。単純に素振りをしているだけでスキルレベルが上がるってことはなさそうだ。
恐らく、それぞれの行動によって手に入る経験値が違うのだろう。同じことを何度も繰り返す単純な訓練では経験値が低く、模擬戦のようにその場その場で対応を考えなくてはならないような訓練では経験値が高い。
もちろん、基礎は大事だから素振りが悪いこととは言わないけど、効率は悪そうだ。
となると弓も実戦に近い訓練をするべきなのだろうが、流石にほぼ見習いをいきなり実戦に投入したところで当たらないだろうし、ある程度の基礎は必要か。
まずは実際の戦力がどの程度かを見て、それからどう訓練していくかを考えるべきかもしれないな。
「今、兵士達の様子を見ることはできるの?」
「招集をかければすぐにでも集まるだろう。さっそくやってくれるのか?」
「とりあえず、現状がどうなのか確認しておきたいの」
「なるほど、確かにそうだ。わかった、すぐに招集をかけよう。少し待っていてくれ」
シュテファンさんは老執事に目配せをすると、老執事は一礼してその場を去っていった。
訓練場の方に集まってもらうとのことなので、俺もそっちに移動する。
すぐ隣ということもあり、ものの数分で辿り着いた。
目の前には広大な敷地が広がっている。高々100人ちょっとの兵士のための訓練場にしては少し広すぎる気もするが、それだけ力を入れたかったということだろうか。
実際には兵舎に近い一定の範囲以外は草が生え、足場はガタガタになっている。ほとんど使っていない証拠だ。
まあ、シュテファンさん直々に訓練しているというのだし、さぼっているわけではないだろう。その他に使い道もないからただ放置しているだけなのかもしれない。
「ところで、いきなり呼びつけて大丈夫なの?」
「兵舎にいる連中は指示があればすぐに動けるように準備している。通いの連中もよほど忙しくない限りは来るはずだ。心配ない」
いや、すぐに来るかどうかを心配してるんじゃなくて、家業が忙しい中呼び出して大丈夫なのかということなんだけど……まあ、兵士として雇われている以上はそういう呼び出しも仕事のうちだろうし、そこまで気にすることでもないのかな?
すでに呼び出しはかけてしまっているし、今更騒いだところでってこともあるし、あまり気にしないようにしよう。
しばらくして、ぞろぞろと兵士達が集まってきた。
集まったのは80人くらい。集まらなかったのは狩猟に出ていたり病気で動けなかったりしている人達らしいので動ける人はほとんどが集まってくれたようだ。
訓練場にずらりと並ぶ兵士達は緊張した面持ちでシュテファンさんを見つめると共に、俺に訝しげな視線を向けている。
今更だけど、これ俺が教えるなんて言ったら反発されるんじゃなかろうか。
アリスは13歳ではあるけど、見た目は10歳程度だし、戦いとは無縁のイメージがある兎族だ。そんな俺が今から弓の扱いを伝授しますと言って受け入れてもらえるのだろうか?
シュテファンさんは納得してくれたけど、兵士まで納得してくれるかはわからない。やばい、ちょっと緊張してきた……。
「よく集まってくれた。今日は我々の戦力を見直すために急ぎ集まってもらった」
シュテファンさんが高らかに話し出す。
砦でシャドウウルフが現れ、あわや全滅しかけたこと。一人の冒険者が助力して事なきを得たこと。そしてそれに伴い、【弓術】の重要性が高まったことなどを説明していく。
そして、一通り説明し終えると、私の背中を押して一歩前に立たせた。
「そして、今回【弓術】の指南役に、砦の兵士達を救った【弓術】のスペシャリストに助力を乞うことにした。それが彼女、アリスである」
兵士達の視線が一斉にこちらに向く。ざわざわとざわめきが走り、訓練場は一気に騒がしくなった。
驚きに目を丸くする者、首を傾げる者、見下す者などその視線は様々だ。純粋に指導者として尊敬する目線は一つもなく、やはり見た目的に信用を得るのは難しいのではないかと思えた。
「まずは今一度アリスの技術を見てもらおう。そうすれば、彼女がいかに常識はずれの実力者かがわかるだろう」
大きめの声で兵士達を静まらせると、シュテファンさんはこちらに向かって目配せをする。
ああ、なるほど、見た目がだめなら実力でってことね。
シュテファンさんとて、俺の見た目が指導者として受け入れられないであろうことは予測していたらしい。だが、俺には【アローレイン】というこの世界では他に見ない技術を持っている。
あれを見せれば多少は俺のことを認めてくれる人も出てくるだろう。まあ、それでも全員が聞いてくれるかはわからないけど……。
「アリス、あの的が見えるか?」
シュテファンさんが指さす先には庭で見たような的がいくつか並んでいる。
俺は理解したと頷くと、背中に背負っていた弓を取り、矢筒から一本の矢を取り出した。
兵士達がじっと見つめる中、俺は一度深呼吸をしてから矢を弦につがえる。
このような大勢の前で技を披露するなんて以前の俺だったら緊張してミスの一つもしそうなものだが、アリスは至って冷静だった。
天に向かってひゅっと放たれた矢は瞬時にその姿を消し、次の瞬間には大量の矢の雨となって的に降り注ぐ。
しばしの間を置き目の前に広がるのは、大量の矢で串刺しにされた的達だった。
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