06
「ミカエル様、どうかされましたか」
ミカエルは、青い顔で座していた。声を出さずに頷いて見せたのでおそらく大丈夫だろう。今のグレゴリオの仕事はミカエルの補佐をすることだ。名簿を見て最後まで報告する義務がある。
「引き続き報告します。罪人番号2,000番、ジャンヌはほかに生きるすべがなく、仕方なく罪を犯したようです。酌量の余地があるといえるでしょう。」
「そうか……罪人ジャンヌよ、何か思い残したことはあるか?」
ジャンヌと呼ばれた青年は顔を上げてゆっくりと話し始めた。
「この世に残してきた家族と友人が気になります。」
それについて、ミカエルはそれ以上尋ねようとはしなかった。だが、最後にひとつと言って、本当にひとつだけ尋ねた。
「ジャンヌ、何故そこまでして生に執着した?」
ジャンヌは目を見開くとミカエルを凝視した。そして、少しだけ落ち着いた表情になってこう言った。
「それは難しい話ですね。敢えて言うなら、生きたいから、執着するのです。」
ミカエルは悲しそうに笑って頷くと審判を下すべく立ち上がった。」
『何をしているんだラファエル!!』
『ミカエル、私はもう我慢ならない』
『ラファエル……』
『これから私は聖戦に赴く。ただ、もう私はここには帰ってこれないだろう。』
『ならどうして、』
『行かなければならいのだ。……ミカエル、後のことは頼んだ。』
『そんな……』
『時にミカエル、大天使の審判は、望めば自分の肉親を裁けるそうだな』
『何を言って…』
『良いか?何かあったらミカエル、お前が私を裁いてくれ。これが私の願いだ。お前に裁かれるなら納得していける。』
『嫌に決まってるだろ!』
『いいか?私だからといって罪を軽くするのはやめろ。むしろ重く見てくれ。』
ミカエルは頭を振ると、あの日の光景を振り払った。
「罪人番号2,000番、ジャンヌを獄界最上層に落とす。」
「地獄までの道はこちらです。」
グレゴリオが道を示した。ジャンヌは最後にミカエルの方を振り向くと笑っていった。
「相変わらず楽観視しすぎで困ったものだ、ミシェルよ。顔と立場が変わってもお前のその性格は変わらないようだな」
「え?」ジャンヌは後手を振りながら消えていった。
少し後にガブリエルとウリエルが来て、2,000人の審判を終えたことを確認すると、調整の必要があるといってミカエルに半年の休養を与えた。
そして、グレゴリオは最後の審判を終えたミカエルのところに行った。
「彼はミカエル様だとわかっていたのですね」
「ああ、ジャンヌといいラファエルといい……皆私に優しすぎやしないか?」
ミカエルは困ったように笑った。グレゴリオは重ねて尋ねた。
「…あれで本当によろしかったのですか、ミカエル様…彼はあなたの…」
「……いいのだよ、グレッグ。どの道私にはジャンヌを助けてやれなかっただろう。仮に私が彼を天国行きにしていたら、この私が情に流され誤った審判をしたと彼は思うだろうしね。それに……」
ミカエルは最後に、寂しげに笑って見せた。
「私は大天使。大天使ミカエルなのだ」
「それではミカエル様……」
「仕方の無い話だ。それに、私がここまで来て断ってしまえば彼らに申し訳がつかないからね。」
ふたりは審判の間を出ると、お互いの家へと帰っていった。
翌日、ミカエルは正式に大天使の名を受け継ぐべく、グレゴリオをつれて神殿へと向かった。
「このような場所があったとは知りませんでした。」
「私も昔はよくここで遊んだものだ。あ、気をつけたまえ、その辺りには変な穴が開いている。」
「え?……うわっ!」
「ほら、いわんこっちゃない」
「何なんですか、この穴は!」
「私が子供のころにあけた穴だ。」
「犯人はあんたですか」
「そういえば、下界でそういう娯楽物が流行っていたな。…ええと、たしか…犯人は、お前だ!だったかな?」
「今のところ、犯人はミカエル様ですけどね」
「まあまあ」
ふたりは茂みを抜けて神殿へと辿り着いた。
「ここが神殿…」
「ここで戴冠式をすればいいらしい」
「誰が冠をかぶせるのですか?」
「まあ状況的に考えて、君しか居ないだろうね、グレッグ。戴冠の儀については勉強済みだろう?」
にっこり笑ってミカエルはガブリエルから預かってきた柊の冠を手渡した。グレゴリオは、居住まいを正して咳払いをすると、神殿の壇に登り言った。
「汝、ミカエルは大天使になることを誓うか?」
「誓おうじゃないか。」
「汝、何時如何なる時でも公平に判断をし、公平な生き方をすると誓うか?」
「ああ」
そこまで言ってからグレゴリオは柊の冠をミカエルに被せた。
これが、最後の大天使、ミカエルが誕生した瞬間のことなのである。
THE END.
2019/10/20 転載




