第3話 巻き煙草と過去話。
「こっちの煙草はさぁ~アッチの煙草と違うんだよ。」
揺れる馬車内で、レイトは紫紙を肘掛けに広げる。
「まず巻紙だ。ゴワゴワとして、原料となった植物の色素が抜けてない雑な作りの紙が使われてる。」
シガレットケースから小さな鋏を出すと、紫紙を小さな長方形に切り出す。
「製紙技術うんぬんって話じゃなくな、巻紙自体にもフレーバーが存在してだな・・・余計な加工をしすぎると・・・・味が・・・味が落ちちまうんだ。」
揺れる肘掛けの上で器用に煙草の葉を包みながらレイトは話を続ける。
「よし・・・・で、巻紙も葉も数種類存在してだな、組み合わせがいくつもあんだよ。」
次にシガレットケースから出てきたのは、白く濁った半透明の糊棒だ。
それを指先にに集めた水球で湿らせ、紫紙の端に薄く塗り止めると、吸い口を紙縒りの様にくるくるっと捩る。
「俺の使ってる巻紙は、ただ甘い香りがするだけでこれといった効能は無いんだけどなぁ~モノによっては空にダイヤモンドを散りばめながら去って逝きそうになるようなのもある、葉も同じだ。俺は健康に気を付けて100%オーガニックの自然にも身体にも優しいビブラの葉を使っているがな。」
「この世界にオーガニックじゃないものがあるのか?」
「ねぇーな、食べ物全部健康食品だ。」
食生活には気を付けろとよく説教されるのだが・・・
「煙草は奥深い。自分好みの味を追求するのも楽しいだろう・・・・だが、組み合わせによっては泡吹いてお陀仏って事もありうるのさぁ~」
レイトはそう言いながら煙草に火を点け、甘い紫煙を吐き出した。
「ルード様の前で煙草はご遠慮下さい。」
俺の補佐官として就いてきたイアスさんがレイトの手から煙草をヒョイと摘み上げると、そのまま窓の外に捨ててしまう。
「あぁ、そんなあからさまに嫉妬しなくてもいいじゃないか。」
「何の事でしょう?私は嫉妬なんてしておりませんが。」
「ルード、お前には嫉妬する価値もないとよ。酷い補佐官様だよ。」
「わ、私はそのような事を言ってるわけでは!!」
「はいはい、二人とも仲良くね~」
どうやらイアスさんはレイトの事を快く思ってないらしい。
「っと、話が逸れたな。俺が言いたいのはだ、お前が手渡された葉も、そして巻紙も・・・・泡吹いちまいそうなヤバイやつなんじゃねぇ~のか?って事だ。」
危険なら危険と、ストレートに言えばいいのだが、どうもレイトはこういう回りくどい言い方を楽しんでいるふしがある。
「ドールソン領はここより北に7日ほどかかる。まだ雪が降る時期ではなにしろ、あちらの気温の低下は、ただでさえ長距離移動で消耗している兵士達の体力も士気も問答無用で奪っていくだろう。加えて、我らの戦力が必要になっているほど戦況が悪化していた場合、前線に送られる可能性は極めて高い、戦闘が長引く事で味方の兵士も消耗しているだろうからな。」
それを聞いてレイトは、イアスさんに捨てられたはずの煙草を吸い、紫煙を窓の外に吐き出す。
「そもそもお前の兄貴は、何故こんな危険な任務にお前を送り込むような真似をする?継承権を放棄したのだろう?死地に向かわせる理由が思い付かないなぁ~」
それを聞いたイアスさんの目が鋭くなる。
『子供の頃に、ちっとばかしやり過ぎてしまったんだよ。』
これ以上は流石にイアスさんには聞かせられないので、日本語で話すことにする。
『あ~前世の記憶ってやつか?』
『よちよち歩きの頃から親父の書斎に入り浸り、歴史に戦術に魔法に図鑑に・・・・地球には存在しなかった知識に夢中になった。剣術や魔法をを理論的に考え学び、独自の解釈や方法で新たな道を切り拓いた。魔力は高いのに使い方が分からない根暗な又従妹に魔力の使い方や物理法則、魔法を発動させるロジックを教え込み、今じゃ押しも押されぬ魔導士様だ。家庭教師を論破し、剣術指南役にお墨付きをもらい、領地経営について親父と熱い議論を交わした・・・・・・・・親父が死ぬまではな。』
『親父さんが亡くなったのは確か、6年ほど前だったか?』
『あぁ、俺が15の頃だな。親父は鹿狩りに行ってて大熊に襲われた。問題はその後、俺と兄上、どちらが領主になるかで揉めに揉めた・・・周りの連中がな。俺が継承権を放棄し、奥庭に籠って心の病と偽らなければ、俺か兄上のいずれかが死ぬまで争いは続いただろうよ。』
あの頃は酷いもんだった・・・・長男が跡を継ぐべきだと主張するレインガー派と、優秀な方が跡を継ぐべきだと主張するルード派で家臣が対立し、ヴァイデン領は真っ二つに割れた。
『兄上は俺の事を完璧超人か何かだと思ってる。自分より4つも年下の弟が、大人たちを唸らせていたのを昔から傍で見ていたからだ・・・・跡継ぎの話が出た時も、兄上は俺に任せると言っていた・・・。』
『それは・・・・・お兄さんは辛かっただろうな・・・。』
『・・・・・・・・・・・・・・・・兄上には、悪いことをしたと思ってるよ。』
『だから受けたのか?こんな危険な任務、普段のお前なら絶対に断るだろう?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
秋の収穫祭より少し早く、ヴァイデン領からドールソン領に向けて1500名余りの兵が出発した。
領主補佐官ルード・ハー・ヴァイデン率いるこの大隊は、7日間かけてドールソン領へ軍行の後、戦闘に参加する事となる。