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千年少女  作者: 長沢紅音
篠崎陽名莉
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篠崎陽名莉 15


 父が我々姉妹を見る目をどう表現したらいいのだろう。無関心というのではない。すでに食事時ですら顔を合わせなくなっていた。時折廊下で出くわしてしまったときなどは、目は合わせないながらも警戒するように視界の隅でこちらを観察している。酔いどれが駅で管を巻いている場面に遭遇してしまった女学生の態度に近い。そして粗暴な態度はなりをひそめ、口調は丁寧になり、娘に対し敬語を使った。


「乙女の恥じらいだよ」と香月は軽口を叩く。「今までごめんね、って言いたいんじゃない?」


「大人の恥じらいに敬語を使うのはいいとして、あの態度は解せないわ」


「パンツを一緒に洗わないでよ、なんて言い出すかもね」


 香月のおでこを指で弾いて、居間の畳に寝そべった。点けっぱなしのテレビではジュード・ロウが叫んでいた。


「これ言いたい。”イグジステンズ、ポーズ!”」香月は何度目かになるデイヴィッド・クローネンバーグの傑作を飽きることなく鑑賞している。


「私は巻き戻しがしたいよ」欠伸をかみ殺して言いながら、これはデリケートな話題だったかと内心びくついた。香月の感情には砂糖が多く含まれている。未だ昔の甘い記憶に縋り、周囲の苦味に対してときに断固とした態度をとる。教室で暴れたときのことを思い出した。


「どこのシーンが見たいの?」


「目玉が空中に浮いているところ」


 それは”ミスター・スティッチ”、と香月は投げやりに言った後に「できるよ。何度でも」と呟いた。


 それからしばらくイグイジステンズ遊びが二人の間だけで流行った。ポーズの掛け声を聞いた者はたとえバスに乗り遅れそうなときでも静止しなければならない。一日一度だけ、効果持続は一分間という決まりで、香月は主に食事時を狙って叫んだ。おかずを残らず攫われた私はフリカケご飯がつづいた。テレビのチャンネル権争いが起きそうな時間に私は叫んだ。お互い、意趣返しにトイレに急ぐときを狙うようになって、体を壊すからやめようという話になった。


 




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