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雷と狼娘  作者: 花千歳
9/12

初めての…

「よし、じゃあに買い物に行こうか」

「はい」

「しゅっぱーつ」

「しゅっぱつ」

 

 宗司達は服屋に向けて歩く。この世界で服屋と言ったら基本的に古着屋だ。新品は自分たちで糸や布を買って作る。

 例外などは貴族や豪商などだが、そういった富裕層はお抱えの職人がおり、新しく作る場合はその職人を呼びつけてオーダーメイドするため既製品を買うことはない。

 つまり新品の服を売る店がないのだ。

 

「あそこかな?」

 

 宗司の目線の先には真っ赤な看板。そこに白い文字で「ク・ベ・ジュール」と書かれている。聞いていた通り分かりやすい。店先には女性服が数多く飾られている。

 宗司が何故こんな店を知っているのか。それは先程お薦めを聞いたからだ。クールさんに聞いたが詳しくないようなので、周りの受付嬢の人たちにも聞いてくれたのだ。

 さすが出来る女である。

 

「ソウジさん、あそこ、今人気のお店ですよ。よく知ってましたね。ただ少し高いみたいで私は入ったこともないですけど」

「そうなの?じゃあ1着買いなよ。僕が払うからさ」

 

 こうして連れてきた時点で宗司は一着プレゼントしようと思っていた。ただそれを言うのが恥ずかしかった。

 とは言うもののいくらするのか宗司は知らない。

 

「え、そんな悪いですよ」

「いいのいいの。こうやって付き合ってくれたわけだしさ」

「お姉ちゃん、ソージお兄ちゃん、早く早くー。可愛いよ」

 

 中に入るとふんわりとしたスカートを履いた普人族の女性が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ。あら、可愛いお客さん」

 

 女性は両手を合わせてキラキラした目で女性陣を見ている。

 

「こちらはカップルさんかしら。お姉さん嬉しいわ~」

「あ、いや、その」

「あらあら。うふふ、いいのよ、お姉さん、ちゃんとわかってるから。あっ、自己紹介がまだだったわね。私、店長のマリアと言います。店長と言っても従業員は私だけなんですけど」

 

 おかしな風に理解されている気がしたがこの手合いは突っ込むと墓穴を掘らされる可能性が高い。その上掘った墓穴を重機で更に掘ろうとしてくるため話題を変える。

 セリナとの話を聞くと、この店は古着をマリアがアレンジしているようだ。

 宗司がウル達を案内するように頼むと、マリアはウルとカリナを連れて子供服のエリアへと向かっていった。

 「お嬢さん達は任せてください。ちなみに女性ものは大体銀貨10~20枚ですよ」という言葉を残して。

 宗司は魔女なのではないかと疑ってしまった。

 だが、それくらいの値段であれば問題はない。

 宗司はセリナに頼んで自分の分を見繕ってもらった。セリナが選んだのは紺色のシャツだ。

 

「あの、ソウジさん、私の分選んでくれますか?」

「え、でも僕、女の人の服なんて選んだことなんてないよ?」

「いいんです。ソウジさんが選んでくれたものなら」


 そう言われてしまっては宗司に返す言葉はない。

 

(そう言って貰えるのは嬉しいけど…困ったなぁ。こういうときネットが使えれば。って目の前ネットで調べられたら嫌だよね。まぁないんだけど。ほんとにどれにすればいいのか…街ではワンピースの子が多かったからワンピースが無難かな。それで色は…今来てるのが白だから、落ち着いた色も見たい。でも黒はなんかロックな感じに見えちゃうな。あっこれなんかいいんじゃないか?裾に金色の刺繍が入ってるし。確か髪の色をワンポイントで拾うといいって昔見た気が…)

 

 そうして見つけたワンピースを手に取るとセリナに合わせてみる。

 落ち着いた色だと大人びた雰囲気が増し、白とは違う綺麗さだった。

 

「うん、これがいいよ。よく似合ってる」

「紺ですか?」

「あ、ご、ごめん、色が被っちゃったね。ちょっと待って、他のにするから」


 宗司が紺のワンピースを戻そうとするとセリナはそれを宗司の手から奪い取った。

 

「いえ、これでいいんです。ソウジさんが選んでくれたから。私、マリアさんを呼んできますね」

 

 そういってセリナは店の奥へ消えていった。

 宗司はぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。

 

(あれ、この感じ…いいのかな…元の世界では絶対にタブーなんだけど)

 

「にーた…口…開いてる…どうした?」

「お姉ちゃんも顔真っ赤~。変なの~」

 

 子供達のからかう声で宗司は現実に戻った。

 内心を隠すように皆の服を纏めるとマリアに会計を頼む。

 

「全部で銀貨38枚、って言いたいところですけど、30枚にしちゃう。あれだけ可愛い子たちに来てもらえればいい宣伝にもなりますしね」

「はぁ、それはどうも」

「是非今度は"二人"で来てくださいね」

「あ、いや、それはどうでしょう。それじゃ、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 宗司は逃げるようにして店を出る。

 マリアは店頭で一行を見送った。

 

「うふふ、面白い子。楽しみだわ~…さてっと、仕事仕事。インスピレーションが湧いてきたわよ~」

 

 


 そのまま宗司とセリナは街をぷらぷらと歩く。

 ウルとカリナは早く服を着たいからと先に帰っていった。

 忘れずに「汚れないように家の中で」と言い含めておいた。

 

「それにしてもダーマさんって何を売ってるの?」

「何か変な食べ物です。見た目は木の根っこ?のような硬い物だったり、白くて乾燥した果物みたいですけど口に入れると辛くて臭いものだったり。お父さんはいつか絶対売れるって言うんですけど…」

「ふーん。今度見せてもらおうかな」

 

 話しながら歩いているといつの間にか冒険者ギルドの近くまで来ていた。

 

「だから、冒険者の方の個人情報はお教え出来ませんと言っています」

「だから、こうして頭を下げてるじゃねぇか!俺は一刻も早くあの人のところに行きてぇんだ!」

 

 外まではっきりと聞こえるほど大きな声がふたつ。

 片方はいつもの…じゃない。

 

「なんだか騒がしいですね」

「…そうだね」

 

 宗司は嫌な予感がしたが、既にセリナが扉を開けてしまっている。

 仕方なく扉をくぐる。

 カウンターの前には人だかりが出来ていた。どうみても順番を待っているわけではない。

 

「あ、ソウジさん!」

 

(勘弁してくれよ…なんで君は野次馬に混じってんの…)

 

 野次馬に混じっていたラージが叫ぶと人々が一斉に宗司達を見る。

 何か玩具を見るような者や、セリナをにたにたと見る者など様々だ。

 ソウジはセリナを庇うように前に出る。

 そんな人だかりを掻き分けるように一人の青年が進み出てきた。青年は人だかりを抜けると早足で宗司に近付いてくる。

 宗司はセリナを後ろに隠すように構える。

 

(ん?でも、あの顔どこかで見たことあるようなないような)

 

 青年は宗司の目の前まで来ると膝をつき、宗司を見上げる。

 

「兄貴!」

「は?」

 

 宗司はわけのわからない展開に思わず本日二度目のぽかん顔をしてしまった。

 一応辺りを後ろを確認するが、そこには誰もいない。

 

「え、あの、兄貴って僕のこと?」

「もちろんです、ソウジの兄貴!その声は間違いないっす」

「いや、あの、ごめん、僕、君と会ったことあるかな?」

「何を言ってるんですか!俺ですよ、俺!兄貴に助けて頂いたナガトですよ!」

「ナガト?あ~」

 

(確かにこんな顔だった…気がする。暗くてよく見えなかったけど。声は潰れてたから全然違うし)

 

「思い出してもらえましたか?」

「うん。まぁね」

「アリザマース!」

「あの、とりあえず立ったら?」

「いえ、兄貴の前でそんな恐れ多いことは出来ないっす」


(やめてくれ~。痛い。視線が痛いよ)

 

「いや、立ってくれ、頼むから」

「ソウジさん!」

 

 飛んできた声に宗司の体がぴくっと震える。

 声の主が歩き出すと人だかりは勝手に道を作る。

 顔は笑っているが目が笑っていない。

 近くまで来るとナガトを一瞥して宗司に向き直る。

 

「変な人を引き付ける魔法でも使えるのかしら?」

「いや、僕も困ってま」

「これ、カード、お渡ししますから、この不良もどきを連れて今日はおかえりください。いいですね?」

「このアマ、てめぇ、兄貴に」

「今すぐ出ていきます!失礼します」

 

 宗司はナガトの襟を掴んでギルドを飛び出した。

 セリナは宗司に代わって頭を下げる。

 どうやらクールの怒りは収まらず矛先はいつもの方向に向かったようだ。

 

「あなたたちも用がないならさっさと帰りなさい!見せ物じゃないんですよ!それにラージさん!あなたはなんでそこに混じっているの!いいからこっちに来なさい」

 

 以降冒険者ギルドバーバラ支部内ではトラブルが激減したという。粗野で短期な者も多い冒険者達が、互いに順番を譲り合い、喧嘩が起きそうな場合も野次を飛ばさずに誰かが仲裁に入る様は街の外から来た者達を驚かせた。

 理由を聞いても恐怖に震え、頑なに口を開かなかった。

 


 

 宗司は家に着くと勢いよく扉を閉める。恥ずかしさが限界を突破し、道のど真ん中を歩いてきてしまった。


「お姉ちゃん、ソージお兄ちゃん、おかえり~。見て見てぇ~。あれ、その人誰?」

「ん…この匂い…知ってる」


 宗司は二人に遊んでるように言うと寝室向かっていった。ナガトより新しい服のほうが興味があるようで助かった。

 宗司は深呼吸すると口を開いた。

 

「それでナガト君なんでここに?それに兄貴って…」

「目が覚めた後、俺より強い奴がいるんだってわかって、もっと強くなりてぇと思ったっす。でも、俺馬鹿なんで、どうしたらいいかわからなくて…そんときに兄貴の言葉を思い出して。俺、今までは自分が1番強いって思い込んでたんで、他に強い奴がいるなんて認められなかったんす。だから、あんなこと本当に強い奴じゃないと言えないんじゃないかって、そう思ったっす。それで兄貴に付いていけば強くなれるんじゃないかと思って。じいさんに聞いたら兄貴達はバーバラから来た冒険者だって言ってたんで、夜通し歩いて来たっす」

 

(あのポーション使ったから起きたのは体はすぐ回復しただろうけど。普通、そんな勢いで村出たりする?思い立ったが吉日ってこと?しかも、歩いてきたって…ここまで100km近くあるからほぼ休みなしじゃん)

 

「いや、それなら僕以外にもたくさん強い人はいると思うけど…」


 するとナガトは椅子から飛び降りて床に手を着く。

 DOGEZAだ。

 

「いえ、会って改めて兄貴みたいになりたいって思ったっす!助けてもらってこんなこと言うなんて厚かましいのは百も承知してるっす。でも、俺どうしても強くなりたんです!出来ることならパシりでもなんでもやるんで、この通り!お願いします!」


(さすがに土下座されると…弱ったな。でも、ウルに聞いてみないことにはなぁ)

 

「そこまで言うなら…って言ってもウル次第だけど」

「ウル?」

「さっき出てきた銀髪の子。僕の妹で相棒」

「じゃあ、あの時兄貴と一緒に助けてくれた…俺、頼んでくるっす」

 

 そういうとナガトは居間を飛び出していった。

 丁度セリナがお茶を持ってくるのと入れ替わりだ。

 

「ありがとう。ごめんね、セリナちゃん。なんだか変なことになっちゃって」

「いえ、いいんです。私、賑やかなのは好きですから。それに宗司さんを慕ってくれる人がいるとなんだか嬉しいです」


(なんて出来た子なんだ…なんか僕より大人じゃない?)

 

「ただ…」

「ただ?」

「さすがに人前でああいうのは恥ずかしいですけどね」

「ははは」

 

 やがて、三人が居間に戻ってきた。

 何故かナガトがウルを肩車している。

 

「えっ、あれ、どういうこと?」

「ナガト…舎弟(おとうと)…ウル…お姉ちゃん…ね?」

「その通りっす、ウルの姉御」

 

(そのお姉ちゃんじゃないんだけど…さては姉御って言葉が気に入ったな。まぁウルが気に入ったんじゃしょうがないか)

 

 結局は認めることにした宗司。土下座してまで強くなりたいという気持ちは伝わっていた。やはり、日本人にとって、土下座とは特別だ。もちろんナガトがそれを理解していたわけではないだろうが。

 とにかく、宗司には舎弟が出来た。もちろん初めてである。

 

「ところでそちらのお嬢さんは兄貴のこれっすか?」

 

 ナガトはニヤニヤと笑いながら小指を立てる。それを見るとセリナの顔が真っ赤になった。どうやら意味するところは日本と同じらしい。

 宗司からすると少し古臭いが。

 

「あ、いや、その」

「いやいや、いいんすよ。俺、わかってますから」

 

 宗司もまさか同じやり取りを日に2回もするなんて思わなかった。

 

 

「…というわけなんですけど」

「ははは、いいじゃないか、こんな狭いところで良ければ、なぁサリナ」

「ええ、ご飯の作りがいがあるわ」

「アリザマース!」

 

 宗司が事情を説明するとダーマ夫妻は快くナガトを受け入れた。

 ダーマとナガトは宗司に救われた者同士ということで話が弾んでいた。

 ダーマが昔ナガトのいた村を行商で訪れた話をしている。

 その日の夕食は巨腕熊の肉でパーティーだった。

 

「そういえばナガト君、勝手に出てきて大丈夫なの?親御さん心配してるんじゃ…」

「君なんてやめてくださいよ、兄貴。自分、子供の頃から親がいないんで…ってそんな顔しなくていいんすよ。ずっとそうなんで、慣れたっす。でもこうやって大勢で食べるのは楽しいっすね」


(それはわかるなぁ…僕も、ウルも、同じだったから)

 

 宗司は急にナガトに親近感が湧いてきた。威張り散らしていたというのも無意識に寂しさを紛らわせるためなのかもしれない。

 

「お金は大丈夫なのかい?冒険者をやるなら装備とか買わないといけないんじゃない?」

「そうっすね、正直それはこうしてダーマの親父さんが泊めてくれなければ野宿だったかもしれないっす。じいさんに畑預ける代わりに金を借りたんすけど、街に入るのに取られちゃって。そもそも村ではほとんど金なんて使わないっすから」

「それならカードを作れば戻ってくるよ」

「ほんとっすか。それなら明日さっそく…」

「あれ、でも統一試験じゃなくてもカード作れるのかな?ダーマさん、知ってます?」

「あぁ、カードは作れるよ。でも統一試験みたいにランク試験を一緒に受けれるかはわからないなぁ。あれは試験官がいないと出来ないからね」

「なるほどっす」

 

 宗司の冒険者のランク試験は各ランクの人とのなんでもありの組手だった。15分間戦闘を継続するか、1本取れれば合格という仕組みだった。つまり、それぞれのランクの人をギルド側は用意しなければならないということだ。

 確かにそんなにいつも暇な人がいるわけがない。

 

「じゃあ、明日さっそく作りにいこうか。ナガトく…いや、ナガト、今日みたいにギルドで騒がないでよ。クールさんにもちゃんと謝ってね」

「了解っす」


初めての舎弟。

二度目はあるかわかりません

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