表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

モニター

 笑った顔が、弟に似てるな、と思った。

 彼は、私のカレシで、そうなってからももう半年以上はたつ。誰かに似ているな、とずっと思っていた。いつものように、居酒屋のテーブルを挟んで、まるで意味のない、そして大切な雑談を繰り返している。

 いや、弟ではなく父だ。父に似ている。

 最後に父に会ったのはいつだったかな、と思った。うちの両親は小さい頃に離婚している。私たち兄弟は母親に引き取られた。父はすぐに再婚したが、近くに住んでいる頃は時々遊びに行った。その後、遠くへ一度引っ越して、また離婚して近くに帰ってきて……たぶん最後に会ったのはその頃だと思う。

 多分、五十を少し過ぎていたと思うが、好き勝手に生きてきた父は、ひどく若く見えた。一人になり、自由になったから、お金をためては中国あたりへ山登りに行く、というような放蕩生活をしていた。中学の英語の教科書を欲しいといわれてあげた覚えがあるから、中学校は卒業していたように思う。

 彼は仕事の話を一生懸命にしている。意見をすると、むきになるから、うん、うんと聞いておく。時々、笑う。歯茎がちらりと見えて、眉間というか、鼻の付け根に皺がよる。やっぱり、似ている。

 小さかったせいか、父の記憶のほとんどが、離婚してから遠くへ引っ越すまでの数年間だ。夏休みにはよくキャンプやつりに連れて行かれた。ちょっと長めの髪。小柄だけれど引き締まった身体。肌の色はいつも、夏でなくても黒かった気がする。今考えれば、ジーンズとTシャツの似合う、おしゃれな人だった。

 父の悪口は、あまり聞いたことがない気がする。父方の祖母とは私が上京するまで付き合いがあったので、小さい頃は祖母の口から母の悪口のほうが聞かされていたのではないか。

「ん?なんだ?」

 急にあたりが少し暗くなって、私たちは店内を見回した。どうやら、大きなモニターが故障したらしく、そこに映し出されていたはずの高校野球の結果が真っ黒に変わっていた。店員さんが、周りにあやまるようにお辞儀している。彼はビールを追加して、また仕事の話を始めた。


 あれは、いつだっただろう。

 二段ベッドのしたの段で、弟が寝ていたから、もう四歳か五歳。ということは離婚間近だったのか。

 ベッドの向かい側に押入れがあって、そこの上の段に、持ち運び用のテレビが置いてあった。私たち姉弟は、電気の消えた部屋でそのモニターを見ていた。父と母が言い争っている。

「別にたまにはいいだろう」

「だめだよ」言い合う声。父が、母を殴る映像。母は無言でテレビを消し、私たちは暗い部屋に取り残された。

 無言、だったと思う。何か弟と声を掛けたかもしれない。ベランダのほうから、街灯の明かりだけが、部屋の中を照らしている。やけに白い灯り。網戸に張り付いた蝉の陰が、不気味に巨大化して部屋の中に広がっている。鼓膜が破れそうなくらい、心臓の音がする。

「お父さんがお母さんをぶった」

 多分、私たちのせいだ。私たちが、テレビを見たいなんていわなければ、お母さんはぶたれることはなかった。お母さんのいうことを聞かないと大変なことになる。

 あの出来事があったからかどうか、定かではないが、私たち姉弟は、大人になっても母には従順だ。お山の大将の母の相手をするのは結構大変だ。

 二人はどんな恋をしたんだろう。たった五年でだめになってしまったけれど、確かに恋をしたはずだ。いや、そう信じていたい。

「どうしたの?」

 ぼんやりしていた私に彼がきく。

「ん……もしも、結婚して、だいぶ時が流れて、例えば何かで喧嘩したとき、あなたは私をぶつのかなって」

「ぶつわけないだろ」

 父に似た笑顔を浮かべていう。『ぶつ』という言葉よりも『結婚』のほうが心に響いたようで、どこかうれしそうだ。

「俺は絶対にぶったりしないよ」

 父もはじめから、ぶつ予定で結婚したのではないだろうな、と思う。どこで、どんなふうに歯車が狂っていったのだろう。

 私はかるく頭を振った。

 私は多分、母に似ている。彼の笑顔は明らかに、父に似ている。

 でも私たちは父たちとは違う。私は母ほどお山の大将ではないし、彼は父ほどおしゃれでもなければ、山登りをするわけでもない。当てはめて考えてもしかたない。

「なんでそんなこと突然いいだすの?」

「ん?ちょっと思い出したことがあってね。その話はもういいから、カラオケにでもいかない?」

「うん、もうお腹はいっぱいになった?」

「うん」

 彼は伝票を持って、席をたつ。私は後ろからついていく。

 もしも、この人が私をぶったら、私はどうするんだろう。

 会計をする彼の後ろで消えてしまったモニターを見ながら、そんなことを思った。

 モニターは完全に消えていたけれど、鏡になり、見上げる私と彼の背中を映し出していた。何十年も前に繰り返された同じ光景を描いた絵のように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「この作品」が気に入ったらクリックして「ネット小説ランキングに投票する」を押し、投票してください。(月1回) ネット小説ランキング>短編集部門>「誰かに似た人」に投票
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ