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この小説は完全なフィクションです


(どうしよう……)

 なんともいえない嫌悪感に、ドキドキしていた。日陰が恋しくなる季節になり、配属されてきた新人の教育係になった。私に任せられたのは三人。

 一人は男の子で、事前研修での成績は中くらい。元気はいいけれど、早とちりで少々遅刻癖がある。

 二人目は女の子。朝は一番に来て、まじめだけれど、どうにも覚えも作業も遅い。新人らしくういういしい。

 三人目も女の子。彼女は、事前研修の成績はトップで、頭もよく、返事もすこぶるいい。作業を覚えるのも、効率化するのもとても上手だ。

 最初の二人はともかく、三人目の彼女は、同僚にもうらやましがられるくらい、出来がよかった。正直、彼女のおかげで他の二人に手を掛けられて、私のチームはどこよりもうまくことが運んでいる。

 だが、その彼女が私をいらいらさせていた。

 特に、なにが悪いということはない。他の二人に時間を割いても、彼女は文句のひとつも言わないし、ひとりで予習や復習をしている。わからないことも、率先して質問するし、理解できたことは他の二人にも教えてくれて、楽をさせてもらっている。

 生理的に気に入らない。

 そんなことは、仕事上の理由にはならないが、まさにそうなのだ。

 強いていえば、優等生然とした、新人らしからぬ貫禄。まず気に入らない。教えていないことでも、私の作業をみて覚えてしまう頭のよさ。これも気に障る。

 どこか。

 どこか、他人を見下しているように思えて仕方ない。まるで根拠のないイメージで、本人には悪いとは思うが、そういう感覚がどうしても離れない。

(この子、誰かに似ているんだわ)だが、誰に似ているのか、まったく思い出せない。

(いけない)

 せっかく預かった新人さんを、自分の好き嫌いで判断するなんて、いけないことと考え直し、彼女のことについて、なるべく関心をよせるのをやめた。それでも、彼女は何事も率なくこなし、やっていく。私も、だんだんと気にならなくなり、私がついての新人教育も残り少なくなっていった。

 新人教育も今日が最後だというのに、その日はとても気が重かった。

 違う部署の何人かが、会議のためにやってくる。その中に、私を教育した人がいた。すこぶる優秀な先輩で、私をいっぱしに育ててくれた。その先輩が移動するときにこういった。

「あなたは仕事がよくできるから、いつかとんでもなく大きな失敗をしそうね」

 その呪いの言葉は的中した。あわや取引先を失うような失敗をやらかしたのだ。大抜擢とまではいかないが、信用されてまかされた仕事に穴を開けた私の落ち込みは激しかった。

 やっと立ち直り、そしてやっと教育も終わろうという今日、その先輩に会う羽目になるとは。

 できるなら、顔を合わせないでいたい……

「!!」

 そう思った矢先だったのに、先輩の後姿を見つけた。それも、なぜか私の隣の席に座っている。後姿で顔は見えないが、先輩のあの雰囲気は間違えるはずがない。私はパニックで、もっていた資料を取り落とした。

「大丈夫?」

 近くにいた同僚が、声を掛けてくれる。先輩が振り向く……

 と、それは先輩ではなかった。できのよい新人の彼女だった。そう、あそこは彼女の席。部署がうつって先輩はもう制服を着ていないはず。よく考えればすぐにわかることなのに。

「なんだ、そうか……」

 彼女は先輩に似ていたのだ。だから、苦手意識がでたのだろう。

 私はすべてのなぞが解けた気がして、ほっとした。資料を拾うのを手伝ってくれようとした同僚の手を断り、机の影でのんびりと、資料を拾っていた。

「久しぶり。元気だった?」

 また心臓がどきりとする。まぎれもなく、先輩の声だ。だが、机の向こう側で、聞こえる。あきらかに私に言っているのではないが、私に話しかけるときの口調と全く同じだ。誰かと、間違えている?まさか。首筋に浮かぶ汗が、冷房に冷やされて寒気がする。

「はい?」返事をしたのは彼女だった。

「あら?ごめんなさい。間違えちゃったわ」

 私は、資料を集める手をとめてじっとしていた。奥の会議室から先輩を呼ぶ声がする。

「私が教えた一番優秀だった後輩と間違えちゃった。きっとあなたも優秀なのね」そういい残して、先輩は会議室に消えた。

 私は先輩がいなくなったのを確かめてから、ゆっくりと立ち上がり、新人さんのところへ行った。最終の資料を手渡す。なるべく平静を装い、いっぺんとおりの教育終了のねぎらいの言葉を言って、席につく。

 資料に目を通している彼女をぼんやりと眺めて思う。

 そういえば、教育中も先輩のことを苦手だった気がする。頭がよくて、それが普通のレベルだといわんばかりに話す話し方が嫌いだった。私はついていけたけれど、四苦八苦している同僚たちにまるで子供に話すように教える姿が嫌いだった。

 彼女はすばやく資料を読み終えると、私をふと振り向いてこう言った。

「さっきの方、先輩に似てらっしゃいますね」

 先輩も、私のことが苦手だったのだろうか。彼女も私のことが苦手なのだろうか。わからない。私は自分が頭がいいなんて思っていないはず。馬鹿にするように教えたりしていないはず。私は誰にも似てなんていない……

 いろんなことが渦巻いている空っぽの頭が、警告する。何か返事を返さなくては。冷房が効きすぎて寒い。指先から血の気が引いていく。何も考えられない。心が警告する。言ってはいけない。それだけは言ってはいけない。その警告を無視してからからに乾いた私の口は動いた。

「あなたは優秀だから、いつか大きな失敗をしないように気をつけてね」

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