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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第四章 うねり狂うビート
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 苦しむ彼女を部屋に残し、僕らはワームホールへと潜る。

 穴を抜けると、そこは昨日のものとはまるで違う夜だった。

 通り抜ける夜風は優しく、月明かりのおかげで辺りの状況をまるで昼のように観測できた。

「素敵な月夜ですね……」僕は言葉を夜に落す。

「あぁ、嵐の前の静けさ、というやつだな」彼は僕の頭に留まる。

「えぇ、酷く美しい……」僕は両手を大きく広げ、月明かりを全身に浴びる。目を瞑り、夜を肺の中いっぱいに入れる。

 ここは商店街の末端。つまりこの先には夕方の橋。子供の頃からいつも何気なく使ってきた橋がある。そしてそこには悪が居る。

 それはわかっている。しかしこの夜はあまりにも……。

「さぁ、みんなを助けにいくぞ」ハセガワさんは頭上で翼をばさりとはためかせ、僕の目の前には羽根がひらひらと舞い落ちる。

「えぇ……」二つの瞳に力を込め、僕はその一歩目を踏み出す。


 コン……、コン……、コン……。

 

 橋に近づくにつれ、その音は確かなものとなっていく。

 この音の正体は一つしかない。最早考えるまでも無い。

「毎日ご苦労なことだ……」ハセガワさんの声色にストレスが籠る。

 僕は返事が出来なかった。その正体が彼女だと思うと、言葉がなにも形にならなかった。

「悪を恐れるな明晴」彼は言う。僕の歩くスピードへの文句だろう。

「悪……」僕は言葉を吐き出す。「それが、相手が悪でなければ、退治しなくてもいいんですか?」無理矢理に繋いだ言葉の意味は僕にも解らなかった。僕の頭の中は既に彼女の顔で一杯だった。

「明晴に任せる。退治以外に、問題を解決する方法があるのならば」

「……大丈夫です。きっと解ってくれますから」

 そうだ。彼女は利口な人間だ。話せば、解ってくれる。

「さぁ、歩くのだ。人間に歩みを止めている暇は無い」

「……はい」

 僕の目から力が無くなっていることに気が付いた。

 大丈夫。僕には奇跡を起こす力があるのだ。

 再び瞳に力を込め、今度はズンズンと勢いよく歩みを進めた。


 コン……、コン……、コン……。


 僕は橋の前に立っていた。人形のあった場所が見えない角度を意図して選んで。

 音にはもはや揺らぎは無い。それは確かなもの。既に音を超える程にその存在を顕在化させている。居る。そこに居るのが解る。

「いいビートだ。やれば出来るじゃないか」ハセガワさんは嬉しそうにそう言う。その言葉の向かう先は僕には解らなかったけれど。

「目を逸らすな明晴。もうそんな時ではない。決断は一瞬。拒むな、受け入れろ」

「……わかりましたよ」あぁ、迷っている時間に意味は無い。

 夕方そうしたように、僕は橋脚の方に目を向ける。


 コン……、コン……、コン……。


 彼女は叩く。スウェット姿でひたすらに、小さなハンマーを振り下ろす。

「ハッ、やはりあの女じゃないか。見ろ明晴、当たっただろう?」

「えぇ、大当たりのようですね」まったくの出来レース。こんなもの既に驚く価値も無い。 


 コン……。……。 音が止まる。


「さぁ、見付かったぞ? 何とかしてみろ少年」瞬間、頭の上から重みが無くなる。                 

 ――右のポケットだ。検討を祈るぞ―― 彼の意識が飛ぶ。

 僕は右のポケットから彼のバッジを取り出し、パジャマにそれを装着する。

 彼女は俯き、その表情は髪に隠れて見えなかった。ハンマーは釘の頭に添えられたまま動かない。

 何かを考えているのだろうか。いや、彼女はずっと考えていたのだ。僕がそれにいつも届かなかっただけ。

 だから今日は。今日、僕はお前を見つけてやる……。

「あれぇ? 明晴~?」彼女の首が奇怪な動きでこちらを向く。まるで酒に酔っているかのような口調。しかしその表情はとても穏やかだった。

「よう織媛。どうしたんだ? こんな夜遅くに……」いつも通りに話し掛けてみる。まだ彼女は彼女かもしれない。それに一縷の望みをかけて。

 彼女の満面の笑みを前に、僕の声は震えていた。

 まったく何がいつも通りか。


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