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「これはねぇ、夜遅くにやらないと意味ないんだよ~?」彼女の滑舌はおぼつかない。あれだけ口角が上がっていれば当然だ。
「……それを夜遅くにやるとどうなるんだ?」
「変な外国人が一人、死ぬんだよ~」
――対象を認識しているのか―― ハセガワさんは言う。
「その外国人を殺したら、何かいいことでもあるのか?」彼の言葉を無視し、僕は続ける。
「明晴が私のところに戻ってきてくれるんだぁ~」乳飲み子のように無邪気な笑顔だった。
「僕はお前から離れてないだろ。離れたのはお前だ」
「いいや明晴だよ。私見てたんだよ? 明晴が公園で、外国人のお姉さんとエッチなことしてるとこ」
「エッチなこと?」ペペさんと?
僕は頭の中で彼女とのファーストコンタクトの記憶を引き出す。
「ギューって、してたよね?」記憶の再構築の完了と同時に、彼女は答えを投げかける。
そうか、ワイシャツが砂埃で汚されたあの件か。
「あれはあの人が強引に……」
「主導権に関してはなんにも聞く気はないよ。だってアプローチを掛けたのがあの人だろうと明晴だろうと、私は同じことをするもの。明晴が私以外の女の人とあそこまで親密になった時点で私の行動は決定してるんだから」
彼女は彼女なりの理論を並べ立てる。理解はできないが、構文自体は実に明瞭なものだった。
そうか、意識はしっかりしているんだな。僕は落胆した。
「なあ織媛」
「なあに?」
きっと彼女の行動は独占欲の先に芽生えたものなのだろう。だが、それを容認したとしても、理解できない行動を彼女はしている。
「なんで無関係の小学生を巻き込んだ?」僕は彼女に問いかける。
「小学生? 何言ってるの? 私は明晴とあの人しか巻き込んでるつもりはないんだけど」
「とぼけるのはやめろ。その藁人形の中に閉じ込めただろ」
「閉じ込める? この中に? 何言ってるの?」彼女は呆気にとられたような表情を見せる。
理解していない? しかしよく考えたら理解していなくて当然だ。その行為はこの時代の人間に理解できるレベルのものではない筈。
――ハセガワさん。これはどういうことでしょうか……―― 僕は彼に意見を求める。この手の問題は彼ら未来人に聞くのが一番だ。
――自らの行為を全て支配していない……。憑依? いや、しかしそれにしてはあまりにも……―― 彼の意識は困惑の様を見せる。
またイレギュラーなのか。僕はそう思った。
「意味わかんないこと言わないでよ明晴。もしかして行方不明の小学生の話?」
「いや……、まぁ、そうなんだけど……」
僕はすかさず彼に意識を飛ばす。
――ハセガワさん、今の織媛は正常なんですか? 憑依の形だとすればそれだけ取り除けばいいんじゃ……?――
――わからない。憑依の形にしては彼女の意識が体を支配し過ぎているし、仮に怨念の延長だとすると冷静過ぎる。不気味なほどに静かなのだ――
――静か? ビートが聴こえない、とか?――
――いいや、ビートはしっかり掻き鳴らしている。ブルースだ。ただあまりにも音に歪みが無さ過ぎるのだ。平常時の人間に出来ることじゃあない――
「ねぇねぇ、さっきからなんでちょくちょく黙っちゃうの? そこから全然降りてきてくれないし……。やっぱり私のこと避けてるんだ……」
「避けてる人と動物園になんか行くかよ」
「行くよ。明晴はそういう人だもん」
…………。
「もういいや、要件を言ってよ。私はあの人を殺すので大変なんだから」
「解るだろ。それを止めろって言うことぐらい」
「……付き合ってるんだ」
「付き合ってない。僕は人を殺すのを止めろって言ってるんだ」
「なんでもいいよ。私、続けるから」彼女はそう言うと藁人形の釘にハンマーを下ろし始める。
――明晴!――
「わかってますよ……!」僕は彼女の居る橋脚に向かって、石橋の脇の土手を勢いよく降りていく。体勢を崩し転びそうになったが、そんなことに意識を回している場合では無かった。これ以上彼女にあれを続けさせたくなかった。ペペさんの為というのも勿論だが、それ以上に彼女の為に。
「織媛!」名前を呼んだ時には彼女との距離は目と鼻の先だった。しかし彼女はこちらを見ない。
無計画に捻りだした推力を十分に殺すことが出来ず、僕は彼女の体にしがみつく格好になり、やっとの思いでその勢いを殺す。
体勢を低くしていた為、彼女の柔らかい腹が僕の顔を包み込んだ。
「織媛……?」ゆっくりと彼女の表情を見上げると、彼女は笑顔でこちらを見下ろしていた。
「私は『それ』じゃないよ?」
そう言ったかと思えば、途端に彼女の顔面は熱したチーズのように溶け始めた。眼球がぬるりと零れ落ち、鼻や口がその形を保てなくなっていく。そのドロドロの粘液は僕の視界を次第に埋め尽くしていった。
両手を回していた彼女の腰からも肉感が消失し、それはスライムのように指先の間に纏わりつき始める。どうやら溶けているのは頭部だけでは無いらしい。
グロテスクな変化を見せる彼女を全身で感じつつも、僕は言葉を発さなかった。
叫ぶ気力を失うほど心地良かったのだ。
彼女に呑まれている間、ただひたすらに彼女の温もりだけを感じていた。




