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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第四章 うねり狂うビート
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 肌が夜の冷気を感じ取り、僕は現実の世界に戻って来たことを理解する。しかし、視覚が捉える色は、依然ワームホールのそれと同様、黒のままだった、

「ペペさん?」僕はここに訪れた時と同じように彼女の名前を口にする。情報の皆無による不安を取り除くためにはこの方法しかない。

「ん、ここに居るよ?」トンネル内にとぼけた声が響くと同時に、彼女の手の温もりが僕の左手を包み込む。

「……綱介は居ないんですか?」

「奴の意識は今頃寝床だろう」きっとまた彼女の頭部に留まっているのだろうハサガワさんの声が響く。

「アイツ、霊域内での記憶は残らないんですか?」

「心配はいらない。もし記憶が残っていればとっくに世界は消えているよ」

「なんでそんなリスクのあることしたんですか……。起きた時に夢の内容を憶えていることもあるでしょう?」

「憶えていたとしてなんだというのだ。君は自分の見た夢の内容を憶えていたら、それを逐一現実の出来事として受け取るのか?」

 ハセガワさんの言葉に揺らぎは無い。そうか、だから彼らは綱介と何の気兼ねも無くお喋りをしていたのか。

「未来のことや霊域の説明をしても別に良かったんだけど、どっちにしたって変わらないしね」

「……そうですか。ところで霊域はほっといていいんですか?」確か先日の霊域は、目標の駆逐が完了すると同時に消滅したはずだったが……。今回僕らはワームホールで脱出しているのだ。

「昨日みたいに一人なら問題ないけど、今回はね」

「世界は常に多数決が中心だ。この霊域は自然消滅が正しい」

「つまり、大量のゴーストがいた霊域を一気に消すのはマズいと?」

「バランスの調整は重要だ。それに今回は電車の中に札があった。この時代の人間は霊域の存在を理解し、彼らと共存している。世界に対してだけでなく、人間側に対してもこの方が良い」

「つまり、この霊域を急に消したら、マサカドより先にこの時代の人間にバレちゃうかもってことだよ」


「もうバレてるけどね」


 トンネルの中。人工の闇の中に、突如として聞き覚えの無い若い男の声がひとつ響く。

 ペペさんは慌てて僕の背中に隠れる。依然闇の中だが、ボディタッチの移動で彼女の移動は容易に理解出来た。

 この反応は当然だ。ここでこの時代の人間と彼らを接触させるわけにはいかない。世界を消す訳にはいかない。

「だ、誰ですか! どこから見てるんです!」僕は叫ぶ。僕しか彼らと話すことが出来ないから。

「あれ? 未来人の方じゃないんだ」

 バレている。未来がこの時代にやって来られることを相手は知っている。

「あなたが何を言っているのか僕にはわかりません!」

「えぇ? あ、そっか。情報開示がゼロじゃあそういう反応になるのも無理ないか……。ティアラ! あっちの未来人との会話は問題ないの?」少年は誰かに何かを問うているようだった。

 あっちの、と言ったか? ということはあちらにも……?

「こっちの未来人は喋ってもいいって言ってるよ。僕は『能動的生命体(モーター)』だ。『受動的生命体(ギア)』じゃない。ここが人っ子一人寄り付かない森の中だってのも知ってるだろう?」未来人しか知らないはずの言葉を少年は次々と口にする。

「アンタ、ビートはなにさ!」ペペさんが叫ぶ。彼女の発声に世界の崩壊を感じ、僕は一瞬ゾワッとしたが、彼女の声が世界に認められた時点でその心配は杞憂となる。

「僕はソウルだよ。連れの二人もソウルだ。一人と一匹、と言った方が良いのかな?」

「ソウルだぁ? 相手を暗闇に閉じ込めたまま話し掛ける奴のどこに優しさが、愛があるっていうのさ」ペペさんの声にストレスが混じる。

「おうおう、なるほどファンクだ。口が悪い」

「アンタの方が意地が悪いと思うけど」

「申し訳ないね。僕は明晴くんと違ってフリーじゃないんだ。ありのままにビートを振るえない」少年は僕の名前を平然と口にする。

「な、なんで僕の名前を知ってる!」

「フリーじゃないと言ったろう? 僕は組織の人間だ」

「組織ってのはなにさ」ペペさんが僕に代わって問い詰める。

「正義の味方さ。町のバランスを整える為のね。君たちみたいに勝手にバランスを崩す奴らがいると僕らは困るわけ」

「ならばそちらの未来人は君に何を依頼したのだ?」ハセガワさんが的確に相手の底を探る。

「君らと同じだよ。将門の討伐だろう?」

「なら、それを承諾した君も、バランスを崩す側の人間になって然るべきでは無いのか?」

「おや、向こうの未来人は優秀なようだね。ティアラも見習って欲しいものだ」

「答えになっていないが?」

「チャンスを伺っているのさ。急いては事を仕損じる」

「なるほど優秀だ」ハセガワさんは笑う。「ならばそのチャンスは我々が作ってやろう。その時になれば手を貸せ。『能動的生命体(モーター)』は使い勝手がいい」

「そうかい。構わないよ。僕らの方も君たちをどうこうしようってんじゃないからね」

「じゃあ何しに来たのさ」

「興味と警告だよ。でも警告の必要は無かったみたいだ。そちらには一人優秀な男がいるようだから」

「お褒めに預かり光栄だよ。ならば最後にもう一つ質問だ。貴様、その組織ではどのくらいの地位なのだ?」

「なぁに、下っ端だよ。だからこうやってフットワークが軽い」

「なるほど。それでは組織への圧力の要求は出来なさそうだ」

 一瞬の沈黙が走る。恐らくお互いにもう訊きたいことは無い。

「それじゃあ僕は帰るよ。ただ、警告が一つ無くなった代わりに、警告が二つ増えたから言っておく。一つ目は明晴くんの近くに厄介なのが一つ居るらしいことだ」

 厄介なの? 厄介なものばかりでどれを指しているのか解らない。

「なんだその厄介なのって!」

「さぁね、ティアラの『ビート占い』の結果だ。ビートの振動から対象の身辺の問題を導き出すらしいぜ?」

 占い。向こうのパートナーもあながち無能という訳では無いらしい。それが当たるかどうかは定かではないが。

「それじゃあ二つ目。電車、きてるぜ? そんじゃな」

「ふえ?」ペペさんの声が漏れる。

 線路が揺れ、電車の雄叫びが聞こえてくる。強い光が僕らを照らし、途端に危険の信号が体中を伝播する。

「うわああああ! ペペさん! ワームホールワームホールッ!」

「はいはいはいはい!」ペペさんは急いでビーヅで空間を切り裂き、僕の背中を押す。「入って入って! 早く! 私が轢かれちゃう!」

「はい!」僕は急いで頭から穴の中に飛び込むと、その視界には僕の部屋のベッドがあった。

 ベッドの感触に一息付く間もなく、背中にペペさんとハセガワさんが落ちてくる。若干の落下も相まって、息が止まる程の重量だった。

「ぐげえ~……、もう! 何なんだよアイツ!」ペペさんは僕の背中に乗ったまま怒りを露わにする。

 頭がフラフラする。今回は色々と厄介だった。霊域での疲労が凄まじく、僕はそのまま気絶するような形で眠りに就いた。

「ありゃ、明晴寝ちゃってる」

 薄れゆく意識の中で聞こえた気がした彼女のその声は、今となっては夢か現か判らない。


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